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シン・一級魔法少女✭ユーリィ5

挿絵(By みてみん)

 何て言うか、あれだ。「親という字は、木の上に立って見ると書きます」と言ったのは誰だったっけ。

 そんなことをぼんやり考えながら、校舎の周りに植えてある桜の木の上に潜むネネコを捜す。この時期だと毛虫が多いだろうに。

 案の定、ガサガサと葉っぱが不自然に散る箇所があって、その中心で黒い仔猫がヒステリックにもがいていた。

「……」

 荻野真咲の授業を受けていると、夜神月と同じ大学に通うLの気分が少しだけ理解できた気がする。……主に、ネネコが。

 おそらく「負けず嫌いの典型だ…。7%…もしかして本当に…」なんてのを、あそこでやってるんだろう。きっと。一人で。

 ……確かに、荻野真咲がマサキを捜しているとすれば、例の“魔女狩り”の関係者である可能性も捨て切れない。

 “魔女狩り”でなくとも、マサキの名を口にした“ユーリィ”との接触は考えているだろう。

 真に咲き誇る荻の花が、偽りの救世主を黄泉に還す……という彼女の言葉を、「伝えろ」と言ったからには。

「道明寺さん」

「あ、はい」

 窓の外に向けていた視線を戻すと、黒板に書かれた数式の一つをこつんと叩き、“荻野先生”が「よろしくね」と続けた。

 昨日もそうだったが、とにかくこの人は黒板の上での演習をさせる。一人一人に丁寧な解説をしながら。

 それでも教科書自体はスムーズに消化されている辺り、教え方が上手いんだろう。学校の、というよりはむしろ、塾の先生っぽい感じ。

 白いチョークがない。代わりに黄色いチョークを手に取ると、荻野先生が肩に触れた。「遂に来た!」と身構える私に、彼女は言う。

「あんまりヨソ見しちゃダメよ?」

「……は」

 くすりと笑みを浮かべる彼女に、へなへなと力が抜けるのがわかった。無意識にチョークを砕いていたことに気づき、取り替える。

 自分では気にしていないつもりだったけど、案外そうじゃなかったみたい。とにかく、このデスノートみたいな状況は本気で心臓に悪い。

 チョーク粉にまみれた右手で計算式を書き殴りながら、ふと真鶴メイはどうしているだろうかと思った。

 マサキが地元の人間と確信し、何かを考えていたあの“委員長”は、わざわざ自分からこういう状況に飛び込んでいるのかもしれない。

 それが彼女らしいと言えば彼女らしいけど。

「道明寺さん、計算早いわねえ」

「いえ」

「手、洗って来なさいな」

「……どうも」

 やめてほしい。見透かされた、という感触がドキッとくる。単に気が利くだけなのか、やっぱり含みがあるのか……。

 ネネコがいた場所をちらりと見やり、まだ葉っぱが散っているのを確認してから教室を出る。

 左手で扉を閉めると同時に、思わず溜め息が漏れた。

 そして、どういうわけだか目の前に立つ人体模型――理科室に置いてあるはずのそれと目が合った。

「ほあああああああああああああああああああああああああああ!?!?」

 後から聞いたところによると、こんな感じで悲鳴を上げていたらしい。

 その体を縦に割って、片方が裸の男の子で、もう片方が筋肉だの内臓だのがむき出しになってるタイプ。そう言えばわかってくれるだろうか。

 関節をキリキリときしませながら、その人体模型の冷たくて硬い両手が、私の頬を撫でたときの何とも形容しがたい感覚を。

「……ぼくは人間………すきだ!! ミツコさんのやわらかくてあたたかい身体ボディー……。……好きだ!!」

 と「無駄にいい声」でささやかれた時には頭が真っ白になっていたわけで――。

「ホアー!!」

 ……と、冒頭に戻り、私は廊下を全力疾走していた。

 動く人体模型を目にして、あちこちで巻き起こる悲鳴に混じり、ガチョンガチョンという足音が確実に私を追いかけてくる。

 火事場の馬鹿力ってやつなんだろうか。無意味に五感が研ぎ澄まされて、色んな声や音を聞き分けられる。聖徳太子じゃあるまいし。

「……おれは奇怪だ!! かいだんでおなじみ……キカイなんだ!!」

「キ、キ、キ、キカイダー!?」

 なんていうやり取りを背に、階段を駆け上がっ……たところで「しまった!」と思わず叫んだ。

 校舎を出てネネコと合流すればよかったのに、何をやっているんだ私は。

 とにかく相当舞い上がってた。私は百歩譲ってもファンタジー世界の人間であって、オカルトは専門外。妖怪退治なんかしたことないんだってば!

 窓を開け、ネネコを捜す。いない。その間にも足音が近づいてくる。

 魔法少女は契約を交わしたその妖精が隣にいる状況でしか変身できない。だからって一人で戦う事はできない…。全く不便だよ魔法少女ってやつは。

 衝動的に壁を殴り、拳を痛めて悶絶していると、あの人体模型の声がした。

「いつも冷静なMEIMU版ミツコさんが逆切れか…。そうとう、きてるな…」

 声が近い。そして相変わらずその発言の意味がわからない。理性が「足を止めるな」と叫ぶ。

「……みんながぼくをこわいという…。――なぜだっ。なぜだ……!?」

 私もなぜ階段を上ってしまったんだろう。なぜ同人サイトの自己紹介には「性別は女だけど心は男(暗黒微笑)」とかいう痛いものが多いんだろう。

 ……いけない、もう何が何だかわけがわからなくなってきた。

 また階段。今度は降り……ダメだ。下は校舎から逃げ出そうとする人間で溢れ返ってる。舌打ちし、また階段を駆け上がった。

 冗談じゃない。このままでは何もできないまま追いつかれる。

「く…口笛がきこえる!! 悪魔の笛が鳴っている!! ……おまえのいるべきところへかえれと笛がうたっている……!!」

「口笛……?」

 恐怖のあまり、私はついにおかしくなった、と思った。

 幻聴が聞こえだしたのだ。

 現実にはあり得ないほど不自然な曲が、目の前の音楽室の準備室から聞こえてきたのだ。

 それは口笛であった。

 しかも、口笛にはまるで似合わない曲、美少女戦士セーラームーン の“ムーンライト伝説”なのだった。

 左右非対称の喋って動く不気味な人体模型が、いかにも苦しいというような仕草で、関節をキリキリ言わせながらのたうち回る。

 思考回路はショート寸前。その歌詞がまさに今のこの状況だ。何これ、トンチを利かせた皮肉?

「ウ…ウ!! や、やめろっ! やめて…くれっ!!」

 うめきながら、人体模型が頭上で両腕を交差させる。その両腕が光り輝き、バチバチと火花を散らせた。人体模型ごときが何をやってるんだこれは。

「デン……」

 あの「無駄にいい声」と共に両腕が交差したまま準備室の扉に押し当てられ、バリバリバリバリとけたたましい音を立てる。

 扉のガラスにビキッと亀裂が入った。そして光り輝く両腕が、互いに手刀の形で×の字を描くように振り抜かれる。

「ジ・エンド!!」

 ガラスの割れる音。木製の扉が完全に破壊され、その破片が辺りに飛び散った。

 ……なんて見入っている場合じゃない。あの向こうには(空気の読めない)口笛の主がいる。止めなければ。私が。本気で気持ち悪いけど。

 私も一人の人間として生き抜いてみせる。人間は自分が恐いと思うものに立ち向かわなきゃならない時が来るもんなんだ。

 なんて悲壮な決意を勝手に固め、その怖いと思うものに駆け寄ると――。

「……あ!!」

 人体模型が大きな声を上げ、床に散らばるガラスの破片を凝視し、硬直する。薄暗い準備室の中で、それらが鏡のように人体模型を映していた。

 ハートは万華鏡。いくつもの、左右非対称な顔が無表情にその主を見返す。

「ウ~ッ。く、くそっ。チクショウ、チクショウ。コロル・ヒジャウのいったことはほんとうだった……!!」

 ガチャッ。バリバリ。その一つ一つをヒステリックに踏み砕きながら、人体模型が完全に一人の世界に突入する。

「…みにくい………おばけ…!! コロル・ヒジャウのいったのはこのことだったんだ!! ぼ、ぼくは………みにくいおばけなんだ!!」

 今更感の強い発言をする人体模型の横を通り抜け、私は準備室に突入する。

 逃がさなきゃ。その隅っこで、おかしな口笛を吹いている――黒い犬のぬいぐるみを?

「はああ!?」

 不測の事態に動転し、すっ転んだ。ヨチヨチとぬいぐるみが歩き出し、その小さな鼻面で、うつぶせに倒れた私の顔にぽすっと触れる。

 じっ、とこいつは私を見つめてきた。

 私は訳もなくたじろぐ。それはつぶらな瞳であった。

「ぼくは自動的なんだよ。周囲に異変を察したときに、荻野真咲から浮かび上がって来るんだ。だから、名を大神オオカミという」

「……は」

 一瞬、何を言われているのかわからなかった。そして、その意味は数秒たってもわからなかった。

 荻野真咲の名前が、この「別の物語の登場人物が乱入して、一人で違うシナリオを展開している」ような感覚を……。

 そしてガラスの割れる音。奇妙な既視感に、どうしようもない疲労が押し寄せる。またや、またやこのパターン。

 彼女の、声がする。

「私の生徒達には指一本ふれさせん!」

 やっぱりと言うか、何と言うか……。例によって校舎の外から窓ガラスを破り、荻野真咲が準備室に飛び込んできた。

 動かなくなったぬいぐるみを盾にすることで、降りしきるガラスの破片をしのいだ私を背に、その右手をびしっと人体模型に突きつける。

「地獄先生、参上! 言っとくが、私は最初からクライマックスだぜ!」

「ウッ!? ――アーマゲドンX…やっぱり完成していたんだ!!」

 人体模型がよろよろと前進し、真咲に無表情な顔を向ける。彼に表情があったらどんな顔をしたのか、想像はつかないでもないけど。

「ミ…ミツコさん…た、たすけて!! …たすけてください!!」

「何だろう、この話の噛み合わなさは。……まったくもって不快だ」

 その言葉をのしつけてあなたに返したい。この人は、どの面を下げてこういうことが言えるんだか。「心に棚を作れ!」が信条なの?

 やれやれと肩をすくめる真咲に、人体模型が、おそらく怒り心頭に達して飛びかかる。

「…ミツコさんはキカイダーなどとはよばないっ!! ジローとよんでくれるんだ」

「何を言っても強引に“自分の物語”へと持って行くことしかしない。それがお前たちの習性だものな?」

 真咲が左足を軸に身体を捻り、顔に向けられた人体模型――自称ジローの拳を避けると同時に、右足を胴体に叩きこんだ。

 ジローが吹き飛び、備品のクラシックギターを下敷きに倒れこむ。

 完全に破壊されたギターを手に、彼が「ワァ………!!」と悲鳴を上げた。無駄に悲痛な声が、真咲を打つ。

「…いったい、おまえは、だれだ。…ミツコさんは…どこだ!?」

「臨時教職員、荻野真咲! 道明寺ジュリアの先生だ。きさまに命令する! ジュリアから離れて、おとなしく、ダークへ帰るんだ! お前のミツコさんは、どこにもいない!」

「まだ、うそをつくつもりか!!」

 ジローが不自然な姿勢で飛び上がり、くるりと回転して天井に“着地”した。その無表情な顔が、とてつもない殺気を放つ。

 これを見上げ、真咲がその両手に例の赤い手袋をはめながら、呟く。

「コール」

 人体模型が天井を蹴る音を知覚すると同時に、真咲が跳ねた。

「第二十一乙種プログラム!」

 空中で、二人(と表現したものだろうか)が激突。そして――。

「ファンクション!」

 次の瞬間、私の目の前は真っ白な閃光で塗りつぶされた。


 その日、その一帯で奇妙な記憶障害が引き起こされた。二時間目に起きた事件が急に思い出せなくなったり、複数の教室から備品が消えたりする怪現象がいくつも見られ、うやむやなままに臨時休校した。いくつもの調査が行われたものの、原因不明のままで、複数の証言者による「その時間、人体模型が走ってるってメールしたらしいんだけど、思い出せない。なんか、頭に霧がかかっているような、そんな感じで――」という情報も、結局なんの裏付けもとれないでただ消えていった。


 記憶の書き換え。“物語”の本筋を損なわぬ範囲内での修正。そのようなことを、彼女は事もなげに言った。

「“逃げた”という事実を覆すことはできないけれど、“何から”という要素を曖昧にすることは不可能じゃない。言葉遊びのようだけど、言霊とはそういうものではあるわね?」

「……はあ」

 魔法少女なんてけったいな身分の私が言う。あえて言うけど。……何だそりゃ。厨スペックな哲学ロジックにもほどがあるでしょ。

 扉、窓、そしてジローを名乗る人体模型……。複数の破片をホウキで一箇所に掃き集め、山積みになったそれを前に荻野真咲が呟く。

「ちょっと意外ね」

「え?」

「こんなトンデモ話、昨日今日出会ったばかりの他人が口にしても普通は信じないでしょ。『あり得なくなくな~い?』って」

「……ああ」

 それはそうだ。足元でうろうろしているネネコを抱き上げ、自分が一般人の感覚を失いつつあるのを再確認しつつ、視線で瓦礫の山を指した。

「今更、信じないなんて話もないでしょ。こんなのが暴れたのを目の当たりにしといて」

「柔軟性があるのはいいことだわ。好きよ? そういう子」

「……どういう意味です」

 含みのある言い方に、“ユーリィ”への尋問かと身構えると、真咲が自称オオカミである黒犬のぬいぐるみを拾う。

 瓦礫の山にガラスの破片を振り落としながら、「他意はないのよ」と苦笑いを浮かべた。

「老若男女に関わらず、自分の導き出した答えを大事にし過ぎて、人の言うことを素直に、客観的に受け取ることができない人っているからね」

「はあ」

「少なくとも、あなたが大人の言うことなら何でも否定するタイプの子じゃないのは助かるわ」

 ぬいぐるみを顔の前に掲げ、真咲がその表情を隠す。黒犬のてかてかした瞳が、昼下がりの陽光を受け輝いていた。

「あなたの記憶をそのままにしているのは、話の続きを聞いてもらう必要があるからだもの」


「道明寺」

「うん?」

「トイレ、付き合って」

 顔を赤くして、美鈴がぼそぼそと続ける。

「……一人じゃ怖いから」

「あー……」

 人体模型ジローが大暴れした怪事件から三日が過ぎた。

 ネネコがアイポンのブログで勃発した「祭」に参加し損ねたのと、「メールを打つ幽霊」の噂を除けば、極々平和だったと思う。

 間の悪いことに“幽霊が予言したとおり”人体模型が「謎の消失」をしており、美鈴のように怖がっている人間も少なくないみたい。

 ノストラダムスの大予言というのが流行していた昔の日本が、こんな感じだったんだろうか。

 もう半年になるんだっけ。官房長官がUFOの存在を信じていると発言して笑い物になってたの。あれ、今の私は笑えない。

 辻褄が合うと言うよりはむしろ、自ら強引に辻褄を合せていきながら、学校はほんの僅かな時間で怪談話に支配された。

 送信履歴に残る例のメールが一種の偶像崇拝みたいで、デマに踊らされる世の中の仕組みを垣間見たような気さえする。

 と言うか、人が必死に逃げ回ってた時に、「うはwww人体模型が走っとるwwwww」とかメールしてたのかって、ムカつくけど。

『01(ゼロワン)には…。イチローにいさんには『良心回路ジェミニイ』がついていないんです!! …だからぼくがついていて…そのかわりになってあげないと…!!』

 バラバラになったジローの、遺言とでもいうような最期の言葉を思い返し、やれやれと私は息をつく。

 ミツコさんとやらと同じく彼の妄想だとは思うんだけど、ともかくジローはその同類がまだ存在する可能性を示唆したのだ。

 であれば、また私が狙われる可能性も低くはないと、荻野真咲は考えている。

『何故あなたに目をつけたのかはわからないけど、彼らはその相手に固執する習性を持っているから気をつけてねってことで』

 では、それを知っているというあなたは何者なのかという問いは適当な回答でスルーされたけど、とにかく、そういうことだ。

 私だけが、彼女の記憶操作を受けずにいるのは。

 二度目の襲撃に怯えて日々を過ごす……というよりは、むしろ真咲の腹を探ることから解放されただけ気が楽ではある。

 その正体はともかく、妖怪退治の件に関しては、彼女を信じていいだろうと思うから。

「……ん?」

 トイレの扉が開かない。鍵は閉まっていないのに。変だなと首を傾げると、隣で美鈴が泣き出しそうな声を出す。

「やだ……! やめてよ道明寺! そういう冗談、シャレになんないわよ!」

「いや、本当に開かなくて……」

 ひいっと声にならない感情を吐き出す美鈴を、手洗い場の鏡の前で髪をいじっている子達が振り返った。

 恐怖と好奇心が入り混じった複数の視線を背中で受けながら、無言でその隣のトイレに移ろうとすると――。

「…なあ、おい!!」

 と、開かない扉の向こうから男の声がした。

 普通なら男子の悪ふざけだとか、変質者がいるとか、そういう発想をしたのだろうが、これは例の幽霊だと結論づけたらしい。

 ガタガタと震えて、美鈴が私にしがみつく。その場に居合わせた子達も同様だろう。空気が張り詰めてる。

 しまった。身動きが取れない。

 もしもの時は真咲に助けを求める手筈になっていたのだが、声の主が私以外の人間に手を出さないとは限らない以上は……。

「…おれはクイズはきらいだし気もみじかいん、だ!! こたえてもらうぞ…なぜ、入ってこない!?」

 男の声に苛立ちが混じる。しょうがない。恐怖のあまり、金縛りに合ってる子達を逃がさなきゃ。

 こういうのって、私のキャラじゃないんだけど。すうっと大きく息を吸い、全力で叫んだ。

「出たあああああああああああああ!!」

 堰を切ったように、って言うんだろうか。私の叫びを耳にして、反射的に悲鳴を上げながら女生徒達がトイレから飛び出していく。

 それは計算通りなわけなんだけど、決定的な誤算があった。いや本当、ここまで感じやすい子だったとは――。

「道明寺……。こっ、腰が抜けた……」

「うっわ、裏目に出た!」

 半泣きでしがみつく美鈴に眩暈を覚えながら、深呼吸をする。こうなったら、騒ぎを聞きつけた真咲が到着するまで時間を稼がなくては。

 ……なんて事を考えている間に、問題の扉が縦方向にぱかっと割れた。物の見事に真っ二つ。て言うか何故割る!?

 そして、女子トイレの中で仁王立ちする骨格標本が、無表情にこちらを見詰めていた。……ああ、あんたが兄さんですか。へぇ~。

「お…おまえは……。だれだ!?」

「…おまえこそ…なにものだ…!?」

 一体どこから声が出ているのか……。かくかくと顎を鳴らしながら、骸骨が答えを促す。

 果てしなく短気な印象を受けるのは、人体模型のジローと違い、忙しなく関節をこきこき鳴らすからだろう。正直、いらっと来る。

「わたしは……ジュリア!! 道明寺ジュリア!!」

「ジロー?」

 って、おい! ジしか合ってないだろ! かなり嫌な既視感が、あのジローの同類だろうなという仮説を後押しした。

 ……とにかく会話を続けて時間を稼ぐことだけ考えよう。何事もなかったかのように振る舞おう。

「ぼくは…イチローだ。…01(ゼロワン)ともよばれる…」

 ああ、やっぱり。十中八九、こいつもまた骨格標本にはあるまじき戦闘能力を発揮してくれちゃうんだ。

 素手で立ち向かおうものなら、間違いなくぬっ殺されるに3000点。ああ、でも「イーヤッホーッ!!」とか言いながら出てきたし。

 もう真咲に正体がバレてもいいから、ネネコが彼女より先に到着したら即座に変身しようかな、と覚悟を決めている時に限って――。

「そうはい神崎!」

 と、聞き慣れない声、かつふざけたセリフが耳を打った。そして、だんっと床を蹴る音。

 私に迫っていた骨格標本のイチローが、小さな女の子の飛び蹴りで吹き飛び、壁に叩きつけられる。

 この感覚は一体何だ? 顔だけじゃない。余りにも似過ぎている。そう。雰囲気から何から……。

「な…なんだ、きさま…!?」

 よろよろと立ち上がるイチローに、その女の子が赤い手袋に包まれた右手を、突きつける。

 手袋と同色のマフラー。黒を基調としたフリルつきのドレス。風に揺れるセミロングの下で、紫色の大きな瞳がきゅっと細められた。

「僕の名はエイジ、地球は狙われている!」

 と、明らかに嘘とわかる自己紹介を済ませ、白けきった空気を誤魔化すように、二級魔法少女マサキが髪を掻き上げる。

 顕わになった――恥ずかしかったのかほんのり赤い人形のような顔が、やはり似ていた。

 リアクションに困ったイチローの頭上にある窓ガラスを、やっぱり外から叩き割りながら飛び込んできた荻野真咲と。

 女子トイレで睨み合う、その姿は姉妹のようだ……と、当人同士は思わなかったらしい。

「……あなた、誰? ここの生徒にしては幼いけれど」

「オレに言わせりゃね、あなたは中坊にしちゃ大人っぽいし、先生にしちゃ若すぎるな?」

「質問に質問で返す気? 私は満27歳だし、その子達の先生よ」

「キカイダーに続いて、好き!すき!!魔女先生ってか……。そろそろウッドストーン先生に怒られるぞ、あんたら」

「……はぐらかそうってわけね。言い訳ばかり上手くなると、謝るのが下手な大人になるわよ?」

 すっかり先生モードの荻野真咲と、彼女を警戒している二級魔法少女マサキとが微妙に張り詰めた空気を醸し出す。

 そして完全に無視された形になった骨格標本のイチローが、真咲の背後で喚いた。

「…ふざけんなってんだ!! はじめにぶっこわしてもらいたいのはどいつだ!?」

「うるさい!」

 振り向きもせずに、真咲がイチローの頭部に蹴りつけ、黙らせる。よくわからないけど、魔女先生とは言い得て妙な気がする。

 完全にドン引きした様子で、その命名者であるマサキが顔を引きつらせた。

「……美人だとは思うけど」

「引っ掛かる言い方を……おお!?」

 イチローの左腕が、その頭部にめり込んだ右足首を掴み、軽々と持ち上げながら立ち上がる。

 無表情ながら、怒り心頭に達していることは、カタカタ言ってる顎とか何とかから容易に把握できた。

「…くそオ!! なにがビジンダーでえ!! …おまえなんか、ちっともビジンじゃねえや!! オカチメンコ!!」

「マ! なんですってえ…!?」

 逆さまに吊るし上げられ、ぎゃあぎゃあ喚きながら、真咲が私に視線で「早く逃げろ」と訴える。

 美鈴の手を引き出口を目指そうとすると、野次馬の人だかりで完全に塞がれていた。ケータイで中を撮影しまくってる奴までいる。

 呆れて物も言えないというか、もう、本当にブチ切れてもいいと思う。

 マサキの「MEIMU版かなあ」という意味不明な呟きにタイミングを外されなければ、本当にキレてた。

 人だかりの向こうで、「ふにゃあ!」とネネコが鳴いている。と思った瞬間、小さな妖精が私の傍らを通り過ぎた。

「小童めらにフライデーされておるぞ! 早々に退散じゃ!」

「これだからゆとりは……」

 コッコクェドゥースイナクシャータリアだっけ。相棒の妖精に応えつつ、マサキが床を蹴り、イチローに飛びかかる。

 そこに、新巻鮭みたいになってた真咲が投げつけられ――。

「ごめん!」

「私を踏み台にしたあ!?」

 マサキが真咲の肩に空中で触れ、そこを軸に身体を捻りながら加速し、イチローに飛び蹴りを叩きこんだ。

 閃光が女子トイレを包み、反射的に目をつむる。目を開けた時、そこにマサキと妖精の姿はなかった。


 ――平成20年5月30日。謎解きとか、複雑な人間関係とか、そういうの……。私は、好きじゃない。


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