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シン・二級魔法少女☆荻ノ花真咲7

挿絵(By みてみん)

 戦いはそれを始めるよりも終わらせるほうが遙かに難しい。皆さんもその事をもう一度思い起こしていただきたい。

「三津山の匂いがする」

「なにがニオイじゃ。変態じゃないのか」

「潔癖症はね、つらいですよ。汚れた衣服で生きていくのが」

「……」

 誰が潔癖症やねんとゴミ溜めのような部屋を見やり、こけしが無言で続きを促す。ちなみにテレビで紹介されるような、生ゴミが散乱してる「いかにも!」とか言っちゃうほどの汚染度じゃないですよ? 掃除機を三週間ばかりかけてないだけで。

「汚れたと感じたとき、わかるんです、それが」

 我々は三日待ったのだ! 「EPISODE:8  AIKO STRIKES!」から三日間ずっと干しっぱなしにしていたマフラーに顔を埋め、僕はやり切れない感情を吐き出した。

「とれないや、ゲロの匂い」

「いい加減にあきらめぬか! 買い換えよ!」

「……大阪でめちゃくちゃ出費したばかりっスよ」

 諸事情あってタクシーに乗ったのが効いてる。色々な意味できつかった。

 戸締まりを済ませ、ゴーグル(風圧から目を守る)、赤いマフラー(風圧から鼻と口を守る)、赤い手袋(力の二号)を装着し、夜空に身を躍らせる。赤いマフラーなびかせて、進め魔法少女、荻ノ花真咲。自宅を守る成人男子。(中略)赤いマフラーなびかせて、進め魔法少女、荻ノ花真咲。自宅を守る成人男子。ああ、魔法少女、セカンドクラス!


「あ…あああ、た、立ち上がったァ――ッ!!」

 俺の目にジープは走っているか? 三日に一度のペースで出動していれば、それはもう古今東西の妖怪変化を相手にしてきたわけで、純情・愛情・過剰に異常なエネミーにも慣れきっていた。もう多少のことでは驚かない――はずだった。う…うろたえるんじゃあないッ! 日本男児はうろたえないッ!

「へ…変形ロボットなんて、バ…バカな! に…二足歩行なんて、で…できるものかァァ!」

「幻覚…か。ジープの車体が人型になったのじゃ!」

「でも…へへ…へ。な…なんかカッコイイ気が、す…するなあ…」

 心の底から思った。……いくらなんでもそれはねーわ。無人の草原で僕を襲ってきたのは、無人の暴走ジープだった。ぎゃりぎゃりと器用にドリフト走行しながら僕を追尾してきた時は焦ったが、空を飛べば何てことのない相手だ――と気を抜いた瞬間である。ジープが、ほんの数秒で人の形をしたマシーンに変形し、上空の僕らを無表情に見上げているのだ。

「つーか今更トランスフォーマー!?」

「せめてあと一年早ければのう……」

「あの……これって魔法少女的にどうなんスか? 世界観とか……」

「――!! わらわは今、辻褄が合う設定についにぶちあたった!」

「なんですって!? いったい‥‥何なんですかそれは?」

「それは――“朧車”じゃよ!!」

「おぼろぐるま!?」

 ☆日本の妖怪である。平安時代、牛車にはねられた女性の怨念がのりうつった妖怪なのだ。☆牛車とは現代でいう高級車である。☆時代が平成に移ればのりうつる素材がかわってしまう。それをきょくたんにした場合を想像してほしい。

「妖怪は変わっていくのね……私達と同じように……」

「人の思念が呼び寄せたようなものじゃからな」

 おいおい、なんの冗談だ。ありえない…なんて事はありえない……か! ……つーか魔法少女が妖怪退治って設定もどうよ? トランスフォーマーバイナルテック(ジープラングラー)こと21世紀の朧車を見下ろし、僕はどう攻めたものかと考えあぐねる。刹那、朧車が身を屈め、一気に跳躍した!

「ぬわんてインチキッ!?」

 もう半年前の話だ。右から運転席を狙うように大学生の運転するワゴンが猛スピードで突っ込んでくる。これは避けられないなと他人事のようにぼんやり考えた、あの時の感触に似ていた。目の前にそいつの――ジープの前面に当たる胴体が現れた次の瞬間、その巨大な拳が頭上から僕を打ち据えた。反射的に頭部をかばった両手に激痛が走ると同時に浮力が消失し、地面に叩きつけられる。

「……っ!」

 奇妙な既視感がまるで悪い夢のようにも思えるが、この痛みは断じて夢じゃない。アニメじゃない、アニメじゃない、本当のことさ。態勢を整えようとする間もなく巨大な右手に押さえつけられ、仰向けのままその指の隙間から朧車と対面する。その無表情なはずのロボット顔が、どこか挑発的な笑みを浮かべているように見えた。

『ふ……ふふ、死に行く君に一つだけいいことを教えてやろう』

 耳を打ったのは、低くて無駄に渋い色気のある男声。人型の割に不自然にも胸のあたりから聞こえるあたり、音源は車内のステレオなのだろう。まさに腹から声を出しているというやつである。つーか、いい加減にしろトランスフォーマー!

『……飛べねえ車はただの車だ!』

「なんじゃそりゃ! それがいいこと!?」

『不服かな? それは失礼……。では、私にもコードネームをいただきたいのです。君にはさしずめ風使い、ウインドとでも名づけさせていただきましょうか……』

「それも全然いいことじゃないし無人で動いてる時点で車ですらないし!」

『テムジンと名付けたか、蒼き狼の!!』

「テ……テムジン?」

 餃子のテムジンでもなければバーチャロンのテムジンでもなく、モンゴル帝国のチンギス・ハーンの本名であるテムジンらしい。トランスフォーマーが何をインテリぶっているのか不思議だとしか言いようがないし、やっぱりバーチャロンだと言われた方がまだ納得できるのだが。

『物質界を一代で征服し、ネバーランドを築きあげろと命令されればこうもなろう!!』

「機械がしゃべることか!!」

『私は機械ではない! 任務遂行のためにエゴを強化したもののけだ!!』

 自称テムジンの21世紀朧車が、その巨大な右腕に力を込める。その強大な圧力が僕に襲いかかり、小さな身体をきしませ、僅かに地面を掘った。この状況はやばい、と背筋が凍る。

『フハハハ……怖かろう?』

「っ!」

 更に圧力が増し呼吸さえもできなくなり、僕は生死の狭間にある、あの無とも諦めともつかない境地に再び立とうとした。死を恐れる気持ちが和らいだ分だけ、何が何でも生きようという気持ちは薄れる。こけしに出会う前、無為に日々を過ごしていただけの僕はそういう状態だった。死ぬのは怖くなかったし、生きるのは億劫だった。

「マサキ!」

 でも、今は、そう簡単に死ぬわけにはいかない――!

 僕はこのまま死ぬこともできる。生と死は等価値なんだ――などと言う気はない。今は生きて為すべきことがあるし、あの高慢でそのくせ妙に涙もろい妖精を残して逝くのは不安だし、何より家には死ぬ前に処分しなければいけないアイテムが多すぎます!

「完全版じゃないゼオライマーの単行本とかっ!」

 さすがレモンピープル、あんなシーンやこんなシーンもほとんど無修正だぜ! ……まあ人間、秘められたパウアーに覚醒したり流行の二段変身なんてのをやらずとも、火事場の馬鹿力というのは瞬間的に発揮できるものらしい。僅かにテムジンの右手を持ち上げ、生じた隙間から急加速して一気に抜け出し、こけしを回収して空へと飛翔する。我ながら人智を超越した手際の良さですね。

「おおお、よくぞ!」

「自分でもシンジラレナ~イ! もう次はないスよ、こんなビギナーズラック」

 マチガイナイ。真っ赤に腫れ上がった両腕が痛くない、というのが僕の身に起きた異常を物語っている。普段は3割程度しか使われていない脳がフル活用――死ぬ直前に景色がスローモーションで見える、あの状態だ。昂った神経が痛みを忘れさせ、肉体が限界を超えた動きをさせちゃうアレ。火事場の馬鹿力。そんなのが長続きするわけがない。

「しからば、どう攻めるのじゃ?」

「オレならマジンガーを空から攻めます」

「この馬鹿者が! わらわは真剣に問うておるのじゃぞ!」

「オレもまじめに答えてるっスよ!」

 手といわず、全身がじわじわと痛み出した。そういえば交通事故の際のあちこちの捻挫も時間差で痛んだっけなあとか回想しつつ、地上からこちらを見上げ、あのSEXYなヴォイスで『降りてきたまえ』と虚しい挑発を続けるテムジンを視線でこけしに示す。

「ヤツはしょせん車っス。跳躍はできても飛行はできないから、こちらが一定の高度を保っている間は攻められない」

「……つまり、敵もチャンスが一度きりの奇襲で仕留め損のうたということじゃな?」

「そういうことっス。逃げ回りゃ、死にはしない……ってわけにもいきませんけど」

 あのロボットだか妖怪だか曖昧な存在であるテムジンが妙に人間くさい存在であり、僕に執着を見せているからこそのモラトリアムに頼るわけにはいかない。少なくとも、あれは人を殺すことのできる生き物なのだ。

「元々、人間の怨念が生んだ妖怪でしたっけ。アレは」

「わらわの仮説に過ぎぬがのう」

「……ま、少なくともオレは殺されかけましたしね。友好的な宇宙人ってことはないですよ」

 敵を見ていたんです。とても激しく、荒々しく、雄々しい敵を。ああ、私は、見続けていたのです。高度を下げてはテムジンの猛追を受け、蝶のように舞い、ゴキブリのように逃げるというやり取りが何度目に達しただろうか。

『情熱、思想、理想、思考、気品、優雅さ、勤勉さ』

「!」

『そしてなによりも、速さが足りない!』

 急上昇が間に合わず、テムジンの対空技タイガーアッパーカット(前、下、前下+パンチ)が僕を直撃し、車田正美のマンガ表現ばりに天高く吹き飛ばした。とんでとんでとんで、とんでとんでとんで、とんでとんでとんで。まわってまわって、まわってまわる。蝶になって夢の中へとんでゆきかけながら、テムジンの姿を探す。

『仕掛けにのったなフロイライン(お嬢さん)! 私が意図的に低く飛んでいたことに気付かず、限界だと決めつけたのが君のミスだ!』

 こいつは心の底から無駄に人間臭いなと思いつつ、わざわざ自分で自分を誉めて手の内と居場所を明かした間抜けの姿を捉えた。まだ、滞空したままの状態で勝ち誇っている。ならば、一本取られたことは事実だが、こちらにも打つ手がある。バカが幾度とない跳躍と着地を繰り返したことで、もはや草原ではなくただの荒地になった大地を視界に捉え、風を呼ぶ。

「大自然の、お仕置きです!」

 はからずも開墾された土という土を吹き上げ、空中の機械人形に浴びせた。直接的なダメージなど期待してはいない、が!

「精密機械なんだぜ、何ともないってことはないだろ!」

『RRRRRRYY!! フン! たしかにすさまじいトラップしかしこのテムジンが土砂ごときでけし飛ぶとでも思ったかお嬢! 次の一撃で終わらせてやるッ!』

 が、動作が鈍い。メカニックむき出しの関節に砂が入り込んだのか制御系が故障したのか緩慢な姿勢制御が間に合わず、無理な姿勢での着地が左足をへし折り、音を立てて大破させた。バランスを崩した機体は大地に崩れ落ち、装甲をべこっと陥没させる。流血しているように見えるのは、多分オイルだろう。所詮はジープ、簡単に壊れるのね。

『なっ』

「さすが実現不可のオーバーテクノロジー…ものすごい自重ッ! 不自然な二足歩行に耐えられずへし折れたか!」

 人間がちょっとぐらついたぐらいでは倒れないのは、脊髄反射によって体の傾きを察知し、全身の関節を調節して重心を移動することによってバランスを取り戻しているからだ。ロボットを立たせておくには、同じ働きをするセンサーと制御装置を取り付けなければならない――と、物の本で読んだ記憶がある。しかし、ここまで効果てき面だとは予想外だったが……。

「そうテムジン。きさまは「これも計算のうちかお嬢」…という」

『これも計算のう…』

 お嬢のはったりに気をとられた一瞬がテムジンの運命をわけた! 損傷部の火花が漏れるオイルに引火していっきにもえあがらせた!!

『RRRRRRRRREEK』

「あ……あれ……?」

 も、え、あ、が、れ、もえあがれ、燃え上がれ、テムジン。『いい夢を……見させてもらったぜ……ママ』という断末魔を最後に、テムジンこと朧車は星になった。……草を介して燃え広がった炎が呆然と座り込む僕を包み、慌てさせたのは余談。シーラ・ラパーナ……消火をーっ!


 鼻唄――よりにもよって“CMソング”で有名な創聖のアクエリオンというわかりやすいアニソンを口ずさむ小さな声がやみ、他人の振りをして歩いていた僕のシャツが後ろから引っ張られる。

「疲れた」

 くいくいと空いた左手で車道のバスを指さし、見た目に11、2歳くらいの――淡い緑の長髪が悪目立ちしている少女が、上気した頬をぷうっと膨らませた。

「バスに一緒に乗るのも駄目なのか? この法螺吹きめが」

「嘘?」

「なぁ~にが『おなごは三歩下がってついていくのが日本の常識』じゃ! そのような男女の姿なぞ一度たりとも見かけなんじゃぞ!」

「いや、それは今の日本が間違ってるんス! 俺は男女差別主義者じゃないけど平等であることと区別しないことは別モンだと思うんス!」

「それがわらわをたばかったことと何の関係があるというのじゃ!」

「コッコさんのような美しい方と肩を並べて歩くのが、純情な僕には恥ずかしくて……」

 そう。このガキは風属性の妖精様コッコクェドゥースイナクシャータリアその人である。話せば長くなるのだが、彼女はこけし人形のみならず人間の女にも化けるのだ。それも妖精の時の姿に限りなく近い状態で。昆虫みたいな翅はないにしても淡い緑の髪は何かのコスプレにしか見えないわけで、めちゃくちゃ目立ってる。で、職質でもされようもんなら身元とか我々は法に触れる関係じゃありませんよとか証明できるものが何もないんだよねえ。

「フ、フン……。とにかくわらわはもう疲れたぞ、帰り道はあれに乗りたいのじゃ」

「そうスね」

 こけしの汗だくの顔が真っ赤になっている。言葉以上に彼女が消耗しているのであれば、そうそう無理をさせるわけにもいかないだろう。軽い身体でふわふわ飛んでいただけの妖精が、重たい身体に疲労困憊しているのは僕に責任があるのだから仕方がない。相棒である彼女が苦労する分だけ僕の傷が癒えるというシステムなのだそうだが、あまり気持ちのいい治療法じゃないなと思う。

「というか日頃から車で移動したいんじゃが……。その、貴様の運転する車での? わらわは助手席で……」

「俺、年内に一点減点されるだけで免停なんスよ。できれば履歴書に普通免許と書けない事態は避けたいっス」

「……貴様というおのこは実に度し難いのう」


 深夜アニメを観るのはニートと引きこもりの義務だよ。

「ん~ふふ、んふふ、ん~ふふんふん♪」

「なんで鼻唄のチョイスが毎回アニソンなんスか……?」

「……貴様がアニメしか見ないからレパートリーが偏るのじゃろうが」

 君は誰とバスに乗る? 今日も走るよ西鉄。さすがに平日の昼間は乗客も少ないもので、お年寄りに気兼ねすることなく二人掛けの席を確保し、今に至る。こけしは上機嫌で鼻唄を口ずさみながら流れる景色を満喫し、僕は財布の中身を確認して嘆息した。人間大になったこけしの衣服を買い揃えたら、思いの外とんでもない出費になっちまったために。

「のう、マサキ。街ゆく民の目に、わらわと貴様はどのように映っておるのかのう?」

「……兄妹ってとこじゃないスかねえ」

 ネットで知り合ったロリコンオヤジと小学生じゃないかなという本音を飲み込み、新品の帽子を手にニコニコと笑うこけしに曖昧な笑みを返す。人々の視線が痛かったとか考えたら負けだ。子供服売り場で向けられた訝るような視線も、彼女が喜んでくれたならそれで……それで……。

「そうか、兄妹か……。フフ、まあそんなところかのう」

「……はあ」

 箸が転んでもおかしい年頃なのか、服を買ったのがそんなに嬉しいのか、妙に機嫌がいい。……よくわからないが、まあ、機嫌がいいに越したことはない。何気なく最近はもっぱら懐中時計と化したケータイで時刻を確認しようとすると、一通メールが届いている。珍しいこともあるもんだなと受信箱に目を通すと、大阪で働いている弟からだった。

「……」

「どうした? 渋い顔をして」

「いえ、弟からメールが来たんスけどね。実家に置いてる本やらCDやらを送ってくれないかって。両親じゃちょっとわからないだろうから」

「親元に帰るのが嫌なのか?」

「んー……。まあ帰り辛いってのはなくもないですけどね、プーのまんまですし」

 彼女には伏せたが、メールの本題はそんな用事でもない。どちらかというとそっちは口実のようなものだろう。「元気しとうと?」から始まる弟なりの叱咤激励に何度か目を通すと、胸を張って返す言葉を持たず心配ばかりかけている自分が、やっぱり情けなくて気が重たくなる。

「……まあ、近いうちに送りつけてやりますか」

「うむ。家族の絆は掛け替えのないものなのじゃ!」

 真顔で頷くこけしに苦笑し、ケータイを再びポケットに仕舞った。「無料奉仕ではあるがやり甲斐のある仕事をしている」くらいの返事をしても、罰は当たらないだろう。


 24歳、無職。ついでに彼女いない歴24年のキモオタ。そんな僕でも胸を張って生きていていいんだって、自分で自分に言い聞かせたかったために、選んだ道が僕の背中を軽く押した――。

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