シン・一級魔法少女✭ユーリィ3
異性に交際を申し込まれたことは何度かある。すべて断ったけど。
腹いせに「顔がいいだけで性格は最悪」だとか悪口を言われもした。好意って簡単に覆る。
だから、ちょっとしたトラウマ。恋とか、そういうの。同性にも妬まれるし、やっぱり同じような悪口ばかり言われるし。
「他人の恋愛に興味ないんだけど……」
「ううっ、後生ですわん! 事件はリアルタイムに起こっていますの!」
「はいはい」
膝の上で催促する仔猫に頷き、大阪で一人暮らししている兄さんが置いていったのパソコンを起動させる。最近ネネコが夢中になってるブログを開くために。
きっかけは偶然。例の妖精ネットに接続するとき、たまたまそれを見かけた。アイポンという人が書いてる、なんてことない日記。
「一方通行だった初恋の殿方との運命的な再会……」
うっとりとした声。私たちの世界で異性と出会う機会のない妖精たちにとって、他人の恋愛話は麻薬のようなものらしい。
「しかも学生時代より素敵になった想い人……! ああ、なんてロマンチックなんですの……!?」
「ニートになってたのはスルーしちゃいけないと思うけど」
「……それはそれ、ですわん」
アイポン初恋の人、オッギー。高校での同級生で、無口・無愛想・無表情の三拍子が揃った一匹狼。
人付き合いは悪いけどお人好し。何を考えているのかわからないタイプ。……ってとこ。彼に関する記述をまとめると。
「私は好きになれない。むしろ気持ち悪い。しかも今はニートとか論外」
「同族嫌……。蓼食う虫も好き好きですわん。誤解されやすい子でも、見ている人はちゃんと見てくれているのですわん!」
「……何ムキになってんの?」
でも、彼の他人の目を気にしない自由気儘な生き方が、小さな頃から優等生をやってきたアイポンには眩しかったそうだ。
そのオッギーが六年振りに突然現れた。
小太りだった体はスマートに。無愛想だったのが少しだけ社交的に。ほとんど別人みたいだけど、好きになった根っ子の部分は変わっていない。
理想の男性になっての再会……だって。できすぎた話。都合よすぎ。嘘っぽい。
「面白おかしく嘘ばっかり書く人もいるらしいけど、こういうの」
「はう!? 無粋ですわん! ……ネネコの知り合いにも少年時代のオッギーさんみたいな子がいますの」
「へえ?」
「ですから、大人になった彼がどんな風に変わったのか、どうして変われたのか興味があるのですわん」
「ふう……ん」
ネネコが故郷で好きだった人なんだろうか。変に感情移入してるのもそのせい?
遂に連絡先を渡すことができたという最新記事に盛り上がるネネコを見下ろし、そんなことをぼんやり考えた。
近畿の山の中ですれ違う、その顔には見覚えがあった。山下美鈴。私の同級生で、いつぞや彼氏を奪ったの何だのと言いがかりをつけてきた女。
中一にしては発育がいいし、美人で男好きのするタイプ。そういう女が連休中に大人の男と逢引きして、その……。
「嘆かわしいことですわん」
ネネコが、腕の中で憮然とした声を上げる。
「世には25歳で純粋な恋をしている女性だっていますのに……」
「だから、あれは大なり小なり脚色してるんだってば」
ここ数日で私が実在を疑っている人物は二人。アイポンの初恋の人、オッギー。彼女がメアドを教えた真意に全く気づいていない天然ニート。
そして、もう一人が……たった今、過去形になった。
「昆虫採集っスかね」
と、相方の妖精にとぼけた返答をしているのが、その人物。
淡い桃色のセミロング、紫色の大きな瞳。黒を基調としたフリルつきのドレスに、赤いマフラーと手袋のコーディネイト。人形みたいな女の子。
二級魔法少女マサキ。架空の人物だと噂されていた彼女が、例の悪評高い「獲物の横取り」を完遂し、どこかへと飛び去っていった。
ゴールデンウィークということで、一人暮らしをしている兄さんのところに遊びにきてた。だから、これはすごい偶然。本当に。
魔法少女の義務を果たすべく家族の目を盗んで駆けつけたら、全ては終わっていた。そして……。
「死んじまえーっ!」
という山下の叫び声が、逃げる彼女とすれ違い、慌てて変身を解除していたことを思い出させた。腕の中で、ネネコが呆れた声を出す。
「殿方の方は一人で逃げたようですわん」
「うわ最低。そういう男に引っ掛かる彼女も彼女だけど」
「こんな山の中に置いて行かれた学友を放っておきますの?」
「……助ける義理はない」
「でも助ける。それがネネコの知ってるジュリアんですわん☆」
上目遣いに顔を覗き込むネネコに閉口していると、頭上に何者かの気配。
顔を上げようとしたら、飛び去ったはずのマサキとその妖精が眼前に立っていた。びっくりして、思わず硬直する。
「おや、先の小娘とは別人ではないか?」
「そうスね。もっと出るとこ出てまし……コホン、髪の色! 黒髪だったっス! 黒髪の子! ……を、見なかったスか?」
「え?」
最後の言葉は、私に向けられたもの。私がそれに気づくと同時に、ネネコが「にゃあ」と普通の猫の振りをして鳴いた。
誤魔化せってことか。この得体の知れない二級魔法少女に、私の正体を気取られないように。
「あ、ああ……あの子、私の連れなの」
「ちょっと待って」
私の返答に、二級魔法少女マサキが眉をひそめた。小さな子供――多分、二つか三つは年下なのに、不思議と大人びた印象を受ける。
小柄で童顔なだけで、見た目より実年齢は上なのかもしれない。
「その子と、あー……その、親しげだった男の人の他にもまだ誰か一緒かな?」
見たんだ、この子。まだ中一の山下美鈴が、夜の闇の中で何をしてたのか。何故か私の顔が熱い。多分、耳まで真っ赤になってる。
「ううん。三人だけ。いつの間にか、二人だけでどこかに隠れてたみたい」
「うわ……いや、心配だね、お友達」
友達。そう呼べる関係じゃないけど。本当のところは。むしろ逆恨みされてるし、関わり合いたくないというのが本音。
幸か不幸か、その山下美鈴は耳障りな罵詈雑言を辿っていくとすぐに見つかったんだけど。車道の前でヒステリックに暴れてる姿が。
「センジュピンチだ! 彼女は既に、少し錯乱している!」
「……それなりに甲斐性を見せたらどうじゃ?」
「こいうとき、どんな顔をすればいいのかわからないの……」
私には存在を知覚されていない(と思いこんでいる)妖精への返答を兼ね、マサキが縋るような視線を向けてきた。
まあ、無理もないけど。思わず溜め息をつき、ネネコを放す。軽く深呼吸して、喚きながら木を殴り続ける山下の肩を叩いた。
「いつまでそうやってるつもり?」
「あ……?」
振り向いた。目が据わってる。一気に顔が歪んだ。私がここにいることへの困惑と、醜態を見られたことへの羞恥心。そして日頃からの憎悪。
やっぱり放っておけばよかったと後悔した瞬間、いきなり突き飛ばされた。不意を突かれたこともあって尻餅をつく。見下ろす山下の目が怖い。
「道明寺……なぁんで、ここにいんのよ……」
「なんでって……」
立ち上がり、慌てて山下を背交い締めにするマサキとその妖精の視線を意識しながら、辻褄の合う返答を考える。
「あんたを心配してたんでしょ」
「心配……? アタシから達也を奪っといてふざけんじゃないわよ!」
この山中で逢引きしていた男ではなく、小学生の頃から交際していたという同級生の柳井達也のことだ。
彼が私に一目惚れしたと称して交際を申し込んだのは事実。それは気の毒だと思う。散々、中傷を受けたのは腹が立つけど。
「あんたが私を嫌っているほど、私はあんたを嫌ってない」
「ハッ……! そりゃそうよ、アンタは加害者でアタシは被害者だもん! ねえ、楽しい? アタシをいじめてそんなに楽しい!?」
どこまで身勝手になれるんだろう、この女。思わず殴ろうとすると、その手をマサキに掴まれた。完全にヒいてる。
その困惑顔に落ち着きを取り戻しかけた瞬間、逆に私が山下に殴られた。
……さすがに、もうキレてもいいと思った。
「痛っ!?」
カッとなって、打った右拳に激痛。まるで岩でも殴ったような、そんな感触だった。拳の先に、マサキの頭。
いつの間にか山下の前に立ち塞がっていたらしい。ていうか、何なの、このとんでもない石頭は。
「お姉さん、やめよう!」
「やめるのはその女を黙らせてから」
「ちょ、待てよ! やめて!」
そんな感じで私とマサキが揉み合ってるうちにマサキの石頭が後ろの山下に直撃。
激痛に山下が泣き出したせいで、私は振り上げた拳の行き先を失った。
「女に……泣かれた……」
「貴様が悪いのじゃ! このヘタレ甲斐性なしが!」
「いや、この年頃で痴話喧嘩とかオレには未知の世界っスよ」
ぺしっと後頭部をはたく妖精に小声で応えつつ、マサキががりがりと頭をかく。
そりゃそうだ。私も何でこういう状況になってるのかわけがわからない。
「……ここで待っててくれるかな? 人を呼んでくるから」
「え!?」
二人っきりにしないで。そう主張する間もなく、マサキが妖精を連れて車道を駆け出す。
背を向けて泣き続ける山下を横目にネネコを抱き上げ、顔を見合わせ、何度目かの溜め息をついた。
気が遠くなるほど長い時間だった。実際はそうでもないんだろうけど、体感時間が。
ネネコが近づいてくるエンジン音に反応して聞き耳を立てる。タクシーが私たちの前で停車したのは、その数分後。
後部座席のドアが開いた。中から男の人が出てくる。
二十代の半ばくらいかな。兄さんよりは年上っぽい。肩まで伸びた長髪が鬱陶しい。
真っ赤なTシャツにサラリーマンみたいな黒い長ズボン。その上にダボダボの青いYシャツを上着代わりに羽織ってるのもダサイ。
「えっと……妹に聞いて、迎えに来たんだ。街中まで送るよ」
いや怪しすぎるでしょ。無言で見詰めると、彼が気まずそうに頭をかいた。
気のせいか、誰かに似ているような気がした。
「ピンク色の髪の変な女の子に会ったよね?」
「……ああ」
そうか。よく見たら顔のパーツとか髪型はマサキに似ている。
躊躇している間に、山下が無言で助手席に座った。
いやそういう無警戒なところがこの事態を招いたんじゃないのか。
それに私とも彼とも隣に座りたくないって意味か、私に押しつけるってか。
本当に腹立つ。
「君も信用してくれると助かるんだけど……」
私の顔を覗き込み、男が困ったような笑みを浮かべた。
……まあ、いざとなったら変身すればいいか。観念して頷き、後部座席に座る。
何と無く私たちの関係を察したようで、男が気まずそうに頭をかいた。
最寄りの電車の駅前でタクシーを降りた。
「もう、悪い大人に関わっちゃ駄目だよ。いや本当に。絶対だよ!」
そんな言葉で締めくくり、男が逃げるように去っていくのを見届け。
東京までの切符を買う山下の背に続く。
「道明寺」
「え!? な、何!?」
小走りに横に並び、山下の横顔を覗き込む。ほんのりと頬が赤い。
「今までごめん、ひどいこと言って」
「は?」
「好きになるなら、ああいう人にしなきゃダメだよね……」
「……そうね。相手は選ばなきゃね」
そうか。性格が悪いんじゃなくて、こういう思い込みの激しい、自己完結型の女なんだ、こいつは。
もじもじと連絡先の交換を申し出る山下に、ネネコが「にゃあ」と鳴いた。何故か、嬉しそうに。
――平成20年5月3日。人間の友達と呼べる存在らしきものが、初めてできた日。




