シン・二級魔法少女☆荻ノ花真咲3
女の花は夜ひらく。都合が良いのか悪いのか、デビュー戦はこけしに出会ったその日の夜だった。展開早い。なお、こけしが昼間に安アパートの僕の部屋で散々暴れたことは、この際もう描写しなくていいんじゃないかと思う。雪が降ると、わけもなく悲しくなりません……?
「むうん! キタキタキタキター! 事件にょ! 変身するにゃ、この超ハイパーミラクル不潔なエロニート!」
「もうエロ本の件は赦してください……」
ぎゃあぎゃあ喚くこけし人形を尻目に、深呼吸。「変身しちゃうぞ」という明確な意思をもって合言葉的なものを適当にシャウトしちゃえば変身完了――というシステムなのだが、なんか、やっぱり気恥ずかしくて緊張するのね? こう……本気で理性を振り切ってなりきる必要があって、そのためにそれっぽいフレーズをノリノリで叫んだりポーズを決めたりしてトランス状態にならなきゃあいけないんだ。僕、もう24歳なんで本当にきついんです……。
「マ……! んんっ、マ、マジカル☆ミラクル★トランスフォームっ!」
こっ恥ずかしい合言葉とポーズを決めて、無事に変身完了。なお、変身シーンについて詳細を描写する気はない。おまえは自堕落な生活でやや肥満気味の24歳男子の裸なんて見苦しいものを見たらキチッとスレッド一覧に戻ってからスルーするだろう? 誰だってそーする。おれもそーする。同じく変身したこけしに促され、僕はがらっと窓を開けてベランダに躍り出る。
説明しよう! 風属性の魔法少女は地球の危機に「どげんかせんといかん」と立ち上がった風精霊さん達の力を借りて、この大空に翼を広げ飛んでいけるのだッ! いけるらしいのだッ! さあ、無限の大空へ! ここは二階だけど多分大丈夫! 落ちたところで死にはしない! 死にはしないだろうけど怖い! 本当に飛べるの!? 信じていいのかッ!?
「……って、なにを引き返しておるのじゃ!」
「いや、やっぱ戸締りしとかないと不安……」
「こんな豚小屋みたいな部屋に盗むものなんぞあるのか?」
「プーのオレには貯金がまさに命っス! 生命線っス! これが盗まれたらマジのマジに人生終わりなんです?」
「うん……まあ、わらわがこの道に誘った以上は真っ当に就職せよとも強く言えぬからな……うん」
なんか気まずい空気になったが、とりあえず窓を閉めた。鍵を閉める手の小ささに確かな違和感を覚えつつ、「体重はどこにいったんだろう」などと考えながら家の鍵を探す。身長170cm、体重70kgというオーバースペックをどんな理屈でこの小さな体に押し込んだんだろうか。閉め出されて外から窓を叩くこけしに玄関から出ると伝え、脱ぎ捨てたパンツの下からサルマタケよろしく「こんにちわ」と顔を出す家の鍵を拾った。フリフリのアイドル衣装を揺らして玄関に到着すると、ドアノブの位置がやたらと高い。自然、手足も短くなってるわけだと分析しつつドアを開けると、こけしが淡い緑の長髪を揺らして回り込んできた。うん、ちょっといらいらしてるな。
「す、すこしのしんぼうじゃ……鍵を閉めたら疾風のように勇者特急するっスから!」
背中に刺さる視線を気にしてせわしなく鍵を閉め、ふと気づく。気づいたんだよ!! アイドル衣装さんにはポケットがないという事実に!! どうにか納める場所がないかと衣装のあちこちをいじくり回していると、こけしがスパーンと後頭部を殴った。本気だったんだろう、素で痛い。
「き……き、き、貴様は何をやっておるのじゃ! このっ、げっ、下劣な……!」
「誤解っス! オレはただ、鍵を仕舞う場所を探していただけで……」
「そんなものはないし衣も脱げぬ! 中に手を入れようとするな!」
「だから違いますって!」
ああ、脱げないのねと密かに考えたことは伏せ、また鍵を開けて、靴箱の上に置いていたウエストポーチをたすき掛けし、また鍵を閉め、ポーチにインする。随分もたついたなあ。こけしに左手を差し出し、掌の上に座らせる。そして廊下から身を乗り出し、思い切って夜空へと飛翔した。あ〜い、きゃ〜ん、ふら〜い!
風よさけべ。風ようなれ。ぼくのからだの中でうずをまけ。嵐になれ。大自然のエネルギーがこのぼくの力だ!! 月の光を浴びながら、風を切る感覚は悪くなかった。見慣れた福岡の街並みを見下ろし、僕は感慨深く息を吐き出す。故郷のお父さん、お母さん、心配ばかりかける息子は何の因果か性転換して北を目指しております! ちくしょう、玉ねぎ目に染みても涙こらえていくぞ。てか風圧で目が痛くて物理的に辛い。息も苦しい。ちゃんとした風よけのゴーグルとかマフラーとか欲しいな……。
収入のない無職には痛い出費だなとか脳内会議が最高潮に達しようとした頃、こけしが「あれじゃ!」と上ずった声を上げた。指さされた方向に目を凝らすと、小山を包む森の中に白いもこもこした獣らしき物体を見た。上空からではよくわからないが、結構大きいんじゃないかと思える。
「コーボルトじゃ」
コーボルト。通称コボルド。ドイツの邪悪な妖精さん。D&DをはじめとするRPGにおいては二足歩行するデカイ犬畜生、キング・オブ・ザコとして描かれる。ソード・ワールドで覚えた。
「初陣を飾るには手頃な妖魔じゃな。討ち滅ぼすぞ、我が半身よ!」
「世界観がカオス! ここは日本っス! イレブンじゃない、日本人だ! コボルドを退治すんのは冒険者の仕事!」
「四の五の言うでない! この世に在る限り人に害を為すものは祓うのじゃ!」
「……ま、それはそうっスね」
今更SF厨があらゆるロボアニを「そもそも二足歩行する時点でおかしい」としつこく叩くような真似をしたところで何も始まらない。戦場で足を止める奴があるかよ、ってことだ。こけしを放し、僕は白いもこもこを見下ろす。
「……ところで武器とかないんスか? なんかこう、魔法が使えるステッキとか。あれですか? オレは魔法少女じゃなくてキュアグレーゾーン的なあれなんです?」
「おや? そういえば発現しなかったのう。変身すると同時に手元に現れるものなのじゃが……」
生温い風が吹いた。こけしが小さな額に汗を浮かべ、その大きな瞳を見開く。
「そ‥‥そうか。わかったぞ! この現象の真実が!」
「まっ‥‥まさか‥‥」
「そう。やはり無理があったのじゃ。貴様の肉体変化に費やすエネルギーが膨大すぎて‥‥武器を顕現できなんだ」
「アクシデント!!」
「それは素手で戦えということだったんじゃよ!!」
「な‥なんですって―――!!」
いきなりケチがついた。でも負けない、ウォーカーギャリアは男の子。まあ、なんていうか、トンデモな展開は今に始まったわけじゃないし? こけしが引きつった顔で説明した内容を反芻しながら、徐々に高度を下げていく。
『彼奴らはわらわと同様に、神の世と人の世の挟間に生きる者じゃ。本来あらざる場所への干渉力を失わば、あるべき場所へと帰される……つまり、死せずとも生命力が弱まればこの世界からは消滅するわけじゃ』
つまり、どの程度かはまだわからないが痛めつけてやればいいわけだ。殺さなくていい、というのは正直ありがたい。木々の隙間で動き回る白を目で追いつつ、奇襲の方法を考えるが妙案はない。何をするにも、この欝蒼とした木々が邪魔だ。
『貴様に与えられた力は風じゃ。この地まで天空を駆けたように、具体的なイメージを強く思い浮かべれば風が応えてくれる』
風を使って何ができるのか、ここに辿り着く前から考えていた。その結論は、多分、間違っていないと思う。コーボルトを真下に捉え、すうっと大きく息を吸った。
『じゃが、思念を増幅する媒体がないのでは戦う術とは成り得ぬじゃろう。すまぬ……貧乏クジを引かされたのは、わらわでなく貴様の方であったな』
「そうでも……ないけどなっ!」
風のコントロールを解き、頭から自由落下する。こちらの気配を察知し、コーボルトが犬の顔を向け威嚇の咆哮を浴びせてくる。その鼻面に、コンパクトに縮小された小さな拳を、全力で叩きつけた。きゃいんという悲鳴を聞くと同時に、右手に激痛が走る。魔法で浮遊し直すつもりが、痛みで集中し損ねて失敗し、熊ほどの大きさの白いもこもこを下敷きに落下した。
「わあ、ふかふかしてる~♪」とか「こいつはくせえッー! 野良犬のにおいがプンプンするぜッ――――ッ!!」とか考える暇もなく、尋常ではない膂力に跳ね飛ばされ、木に叩きつけられる。その衝撃に呼吸が止まり、意識が飛びかけた。「ヤバイ」と背筋に冷たいものが走った瞬間、腐葉土の上に崩れ落ちた自分に気づく。激しく咳きこみながら、慌てて敵の姿を探した。
「――逃げよ! 無理をするな!!」
上空から追いかけてきたこけしの悲鳴。数メートル先に白い塊。鮮血に染まった犬の顔の上で、どんなKYであってもそれとわかるだろう怒りの眼差しが満々たる殺意を放っている。あれからすぐに追撃できなかったということは、それなりにこちらの第一撃が効いていたってことだろう。やれる、という感触が、忍び寄ろうとする恐怖をはねのけた。柔らかい腐葉土を両手で団子状に丸め、震える足でゆっくりと立ち上がる。
「ビビってねえで来いよベネット……動物愛護団体が顔を真っ青にするお仕置きの時間だぞ……」
挑発というよりは単なる独り言だが、人語を解するのか偶然なのかコーボルトが上半身を屈め、こちらに向かう姿勢を取る。緊迫と高揚が入り混じり、鼓動が加速した。そしてコーボルトが突進を開始する。熊のスピードは人間のそれを遙かに凌駕するとは知識として知っていたが、そこから導いた予想以上に素早い。すかさず泥団子を投げ、コーボルトを指さす。闇夜に光る、その瞳を。
「そこっ!」
空中の泥団子を風の力でコントロールし、加速させ、突撃してくるコーボルトの双眸に直撃させる。それと同時に風の補助を受け跳躍し、間一髪で犬の頭を飛び越えた。着地すると同時にどうんという大きな衝突音。振り返ると視界を塞がれたコーボルトが大木に頭部を打ちつけ、うずくまっている。その尻尾が、力なく垂れているのが見てとれた。
……ずっと考えていた。風の力で、僕ができること。その答がこれだ。物体の物理的加速による射撃、そして――。
「男の最大の武器は……」
仮説を立てていた。この作り物の小さな体であろうと、その体重は僕本体のそれと変わらないのではないかと。であれば、体が小さくなった分だけ密度は高くなっているはずなのだ。この拳は、打撃は、鈍器のように重い。これを更に風で超加速して、叩きつける!
「この肉体そのものだってなあああああ!!」
全力で駆け出し、即座に風の力で加速。突風を全身に受けながら跳躍し、両足でコーボルトの背中を蹴り飛ばした。その衝撃に大木がへし折れ、白い巨体が吹き飛ぶ。なおも追撃しようと目を凝らした瞬間、閃光。コーボルトの姿が掻き消え、再び森が闇に包まれる。見失った敵の姿を上空から探すことを思い立ち、空を見上げると、木々の隙間から覗く月を背にこけしが降りてきた。 彼女が泣き笑いを浮かべていたことに、僕は戦いの終わりを悟って深い安堵の息を漏らす。ぺたんと座りこむ僕の胸に抱きつき、すすり泣きながら「よくやった」と何度も呟くこけしの小さな頭を撫でつつ、月を見上げた。九死に一生を得たせいか? 何かをやり遂げられたからか? ――こんなに月が美しく見えたのは、生まれて初めての経験だった。
「み…水…」
単刀直入に言うと、喉が渇いていた。文字通り死にかけた緊張が解けたせいか死ぬほど渇く。ジュースでも飲もうと下山し、ようやく見つけ出した自販機の前で、財布がないことに気づいたが。落胆していると、僕の左肩に腰かけていたこけしが「おや?」と呟いた。
「耳元でいきなり喋らないで……びっくりするから、ホントに」
「認定証が発行されるようじゃぞ」
「はい?」
ぱたぱたと飛んで正面に回り込み、こけしがミニマムな白い頬を紅潮させ、興奮した様子でまくし立てる。
「貴様を魔法少女として正式に認める認定証じゃ! 普通は一定の仮登録期間を設けるものなのじゃぞ!」
「えーと?」
「魔法少女協会が貴様の実力を高く評価し、即戦力として期待をかけているということじゃ! 異例の栄誉なのじゃ!」
「なんスかそのクソ怪しげな団体……」
「誇りに思うぞ、我が半身よ!」
「……ども」
子供のようにはしゃぐ小妖精に曖昧な笑みを浮かべてみせた。よくわからないが、彼女にとってこれは本当に名誉であり喜ばしいことなのだろう。こけしの「初めて出会うた時はどうなるかと思ったが」というところから始まる、やまだかつてなく長い話に相槌を打っていると、辺りが光に包まれた。
「来たのじゃ! ベントラベントラファンタジックピープル! ベントラベントラファンタジックピープルなのじゃ!」
「未確認空想物体(Unidentified Fantasic Object)召喚!?」
これはSFはSFでもサイエンスフィクションではなくスペースファンタジーです。やたらとカオスな展開に「スペースラナウェイ!」と現実逃避していると、手元にレトロな羽根ペンと羊皮紙がどこからともなく出現した。日本語――しかも昔のギャル達の間で大流行した丸文字で「魔法少女登録許可申請書」と書いてある。ご丁寧に平仮名でルビまで振ってくれている優しさに全米が泣いた。
「……ああ、これに記入するの小学生の女の子が中心ですもんね……サービスが行き届いてるんだか何なんだか……」
嫌な世の中だ。本当に嫌な世の中だ。絶望した!! そこまでして子供を戦いの海に投じる世の中に絶望した!! ……もういい。もうこの混沌に満ちた糞設定について深く考えるのはやめよう。無駄に鮮やかな桃色のインクがしたたる羽根ペンを手に、僕はこの茶番をさっさと終わらせて家に帰ってクソして寝ようと、空中に浮かぶ羊皮紙への記入を開始するのだった。 早く帰りたい。




