シン・二級魔法少女☆荻ノ花真咲2
「そこにょしけた顔したアナタ。正義の味方に興味はないですかにょ」
こいつ頭おかしい、とか、キ○ガイさんだぜ、とか好きに感じてくれていいよ! 考えるな、感じるんだ! ああああああああああああ、僕だって自分で何を書いているのか意味がわからない! しかしあいつは、その舌足らずな声で、確かにそう言ったのだ――(僕が幻覚を見ている、というオチでない限りは)。
「ニートにょアナタでも世界平和に貢献できるんですにょー☆」
ニート。Not in Education, Employment or Training。つまり、教育も職業訓練も受けていないプー太郎という意味だ。迫水王! 僕は大卒で就職もしていたんです! 思いこまないで下さい! と、半端なプライドを元気モリモリ勇気100%でぶちまけるほどに、幸か不幸か僕は子供じゃない。いや、子供だった方がマシな気は十分にするが気にしたら負けだ。負けたらあかん。
というか、そいつと会話しようという気になれというのがおかしな話なのだ。俺はとうとう幻覚が見えるようになったんだろうか、そんなに仕事辞めたのショックでもなかったけどなあ……と首を傾げつつ、僕はその舌足らずな声の主を凝視する。無人の公園のベンチに鎮座かします、無意味に色鮮やかな塗装をほどこされた、身長15cm定規ほどの悪趣味なこけし人形を。
「発言内容もアレならトリップ映像もひどすぎる……とうとう精神病院に通う日がきてしまったのか……」
「にゃ!? ちょいとお待ちよニートちゃん!」
「きれいなお姉ちゃんならともかく、ここまで無益な幻覚を消し去ることに躊躇いはない! ナッシング! さよなら、僕のサンドロック!」
「サンドバックが何にゃ! このニートニートニートニートニートニートニートニートニートニートニートニートニートニートニートニート!」
「あー聞こえない! 聞こえないね! 聞こえませんから! もっといいものに変身して出直してください!」
「だから変身するのはお前にゃニート!」
オチを言う前に言っておくッ! おれはその時やつのマジカルパウアーをほんのちょっぴりだが体験した。い…いや…体験したというよりはまったく理解を超えていたのだが………あ…ありのまま起こった事を話すぜ! 『おれは奴を見下ろしていたと思ったらいつのまにか頭突きを喰らっていた』 な…何を言ってるのかわからねーと思うがおれも何をされたのかわからなかった…頭がどうにかなり……というか素で痛い。
あらあら、こけしさんが空を飛び、僕に激しい頭突きをかましてくれやがられましたのねという衝撃に、今! 「頭」じゃなくて「心」で理解できた! さすがに痛覚を伴うということは、僕がどうしようもないレベルまで壊れてしまっているか、これは紛れもない現実なのか、という認めたくない二択だというちょっとどうしようもない事実がね……。
「……仮にこれが現実だと仮定しちゃったりしないでもないですよ? 僕、大人なんで」
「現実にゃ! 今まで何だと思ってたのにゃ!」
「夢だろ常識的に考えて……夢なら痛くないって誰が決めたんだろうね。知ってる? 夢見る人と書いて儚いっていうんだ……」
「錯乱するにゃー! ストップ・ザ・現実逃避!」
「日本語でおkってヤツですかあー? 三歩譲ってこれは現実として、そういう宗教みたいなのはノーサンキューです! コジマさんのしつこい勧誘を断るためにも仕事を辞めたのに、どこまで追っかけてくんの!?」
「一体、何があったにゃ……」
呆れたような声を上げ(どこから発声しているのかはもう考えるのをやめた……)、こけしがふわふわ飛んで上着の胸ポケットに潜り込む。軽い重量感が、僕の逃げ出したい気持ちを力いっぱいにプッシュしまくった。僕のハートに今すぐアクセス!
「忠告しておくと、ウチの声はお前以外の誰にも聞こえてないにょー☆ 変人扱いされたくなかったら、落ち着くにょー♪」
「……」
無表情のまま陽気に騒ぐそいつを力なく無言で見下ろし、僕はトボトボと歩き出す。仕事を辞めた瞬間以上の脱力感が、その足取りを重くしていた。
「はにゃー? ここはどこなにょ? どこなにょな~? ど~こ~? どこに行くにょ~?」
わざとやっているとしか思えない、魔法こけしの「みんな上がれ! ふらのなだれ攻撃だ!」と言わんばかりの質問責めを華麗にスルーし、僕は黙々と歩く。ふふん、焦っているだと……? 私は冷静だ! 頭の中は未だに混沌状態ではあったが、「行かなくちゃ! 人が絶対にこない場所に行かなくちゃ! でも傘がない!」と思考できるほどには落ち着いているのだ。落ち着いているのだったら。
まあ「バカが、そんな見え見えの釣り野伏に釣られるものかよ」と内心で毒づきつつ、大の大人が胸ポケットからこけしの顔を覗かせているという珍妙な姿を晒していることには全く思い至らなかったわけですがね。ともかく小山の中にあるさびれっちまった神社に到着し、両手を打ち鳴らして「お邪魔しますよ」と忘れられた神様に挨拶。汚れた社にこけしを鎮座させ、携帯電話を取り出す。
「なぜにケータイ? 掲示板サイトで実況するつもりにゃのかにゃ? これだから今時の若者は困るにょ」
「変に俗っぽい化け物だな……これは万が一にも人が来たときのために、通話中だと見せかけるためのマジックアイテムですから」
「バっ! ババババ、バケモノとは失敬にゃ!」
「違うなら違うと、それなりの説明をしていただきたいわけなんですが」
「にふふん、聞いて驚けニート野郎。ウチはコッコクェドゥースイナクシャータリア。風属性の妖精だにょ!」
「は……?」
Yo! Say! 夏が胸を刺激する。何がひどいって風属性とかいう単語を自信満々に使っちゃうのがひどい。あんまりだ。これが流行の厨二病ってやつですか? ダメですよマンモスさん、鼻からうどん垂らしてちゃ。思わず現実逃避しかけ、これはいかんと自称妖精の電波こけしに正面から向き合う。ちくしょう、無表情なのに自信に満ち溢れたその姿が神経をざわつかせる。
「聞くにょー! ウチはコッコケドゥースイナクシャータリアー! 風属性の妖精だにょ~!」
「大事なことだから二回言いましたってヤツ? どんだけ俗っぽいんスか」
「ふにゃー!」
風属性の妖精様コッコクェドゥースイナクシャータリア、略してこけしは激怒した。想像してみてほしい、無表情なこけし人形がflying in the sky 高くはばたいてガツガツ頭突きをかましてくるというこのシュールな状況。怖いぜ、怖すぎるぜコッコクェドゥースイナクシャータリア! こいつはとんだ妖精事件だ!
「にゅああー! やっと見つけたパートナーがこんにゃクズだにゃんてー!」
youはshock! 散々人を痛めつけた挙句、ニートからクズへとランクダウン。酷くない? 何故こんなヤツに関わってしまったんだろうかと……。
「……んん? パートナー?」
「不本意だけどにょ! 日本を救う魔法少女に、お前をスカウトしにきたにゅ!」
一瞬、何を言われているのか本気で理解できなかった。いや、我に帰ったところで理解不能なわけだが。よっこいしょういち、と社に戻ったこけしを正面から見詰め、次の言葉を待つ。口を開くとかいうアクションなしで、唐突に地雷が爆発した。
「ウチと一緒に、魔法少女になって戦うにょ!」
世界がやけに大きく見え、思わず「妖風が目にしみる」と呟き、風属性の妖精様に素でキョトンとされた。再び公園に戻り、まだ誰もいないことを確認する。さすが無職だ、人が働いてる時間帯だろうと何ともないぜ! 公衆便所の前に立って一瞬「ど~ち~ら~に~し~よ~お~か~なっ」と迷ったのだが、取り敢えず男子便所に早足で侵入し、鏡に自分の姿を映し……。
「は、ははははは……本当に変身してる……」
もう笑うしかなかった。鏡の中で、小学生くらいの女の子が「こんな時、どんな顔をすればいいのかわからないの……」という感じに苦々しい笑みを浮かべている。パッチリとした大きな瞳が印象的な……まあ陳腐な表現だが、いわゆる美少女の部類に属する容貌ではある。黒を基調とした昔のアイドルみたいな衣装と、淡い桃色のふわっとしたセミロングヘアーと紫色の瞳がいかにも作り物めいていて、僕は思わず自分でもわかるロリ声で「これ何のコスプレ?」と風属性の妖精様に問いかけた。
「コスプレではないわ!」
と僕のアニメヘアーをぺしっと叩くのが、かつてこけしであったもの――風属性の妖精様コッコクェドゥースイナクシャータリアだ。彼女は色々とそれっぽい理屈を並べ立ててはいたが、要点をまとめれば「僕が変身している間は彼女も変身するというか元の姿に戻る」ということらしい。現象自体は女児向けアニメのそれだ。
15cmサイズ童女の背中にトンボのような透き通った翅が生えた、極々ありふれた「妖精さん」の姿で、元こけし、略してもこけしが文字通りの上から目線で喚き立てる。見た目にかわいいことはかわいいんだけど。
「くそ……魔法少女に変身できるのは“恋を知らない、正義を愛し、勇気に満ち溢れた、純真な女の子”のはずじゃぞ……! 何故こうなった!?」
「うん……それはオレの方が困惑してますけど?」
「ようやく見つかった適格者がこれとは不本意じゃ不本意じゃ不本意じゃ!」
「ならコンビ解消してくださいよ、早急に」
「背に腹は代えられんというでな……何事も陽転思考じゃ。考えようによっては相棒が貴様のような暇人であることは僥倖やも知れぬ」
「暇人て……いや、まあ、暇人ですけど」
人形の姿をしている時に比べると、この状態ではいくらか精神が成熟しているらしい。こけしがコホンと咳払いをする。
「幸か不幸か、貴様はおなごであるという条件以外は満たしておるようじゃ。その歳で恋も知らぬという人生には触れぬことにするがのう」
「……はあ」
「電脳世界の巫女の中身は八割がた男じゃから、なりきりはお手のものなのじゃろう?」
「オタクがみんなネカマやってるとか酷い偏見っスね!?」
「まあ、それは捨て置くとして。わらわと貴様に縁が結ばれたということには、それなりの意味があろうよ」
僕の作り物のロリ顔を覗き込み、こけしが微笑を浮かべる。
「貴様は無自覚に、世のため人のために生きたいと願うておった。それを果たせぬ自分に苛立っておった。その想いがわらわを呼んだのだと思うのじゃ」
とくん、と心臓が鳴った。湧き上がる熱い衝動に応えるかのように。
「魂の契約じゃ。わらわとともに正義を行おうぞ」
こけしが小さな、本当に小さな右手を差し出す。僕が躊躇いがちに右手を差し出すと、彼女は小指をきゅっと抱きしめ、心底嬉しそうに笑った。




