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陰気なリア充おやじのチラ裏。  作者: おぎん
隙あらば自分語り。
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ノーマルエンドしか選べない。

 結婚が決まった頃、父は無職だった。教員の資格は持っていたものの採用がなく、どこかの高校で空きができるのを待ちながら予備校でバイトをしていたらしい。ぎりぎりで就職できてほっとした、とは父の言。とは言え新人の給料は安いので、父と母は教職員住宅で暮らすことにした。


 やがて母は第一子を妊娠したが、その子供が無事に産まれることはできなかった。女の子だったという。私と弟の姉にあたるが、彼女が無事に産まれていたとすれば、私と弟はこの世に存在すらしていない。姉の不幸のおかげで産まれてくることができた、という事実は未だに私への呪いだ。


 数年後、私が産まれた。姉の死を経ての出産だったから、殊更に祝福されたそうだ。私は祖父母たちに甘やかされ、ぶくぶくに肥え、過剰に自尊心の高い、心身ともに醜い子供に育った。妻は逆説的に長男の自閉症は私から遺伝したものと疑っているがどうかな? 私が育てにくい子供だったのは事実だが。母は、人付き合いが苦手な私が生きていくには、いい大学を出て、事務職だとか研究職だとか、コミュニケーション能力が低くても困らないところに就職するしかないと思い詰めていたものである。まあ、事務職も事務職でそれなりにコミュニケーション能力いるけどね。今まさに実感してる。


 その2年後に弟が産まれた。生まれつき心臓に小さな穴が空いており、難しい手術を受けなければ成人する前に絶命すると診断された。母が「世の中にはもっと不幸な人がいっぱいいる」という励ましの例に挙げるのが、弟の治療のため通った大学病院で知り合った難病の子供とその母親たちである。後に弟は難しい手術が成功して無事に今も生きてくれているし、その難しい手術の費用を捻出できたのは資産家の祖父がいたからだし、確かに、不幸を嘆くのは罰が当たるのかもしれないが。私も三男の白血病で母と同じ経験をし、そこで知り合った難病の子供の訃報を受けたりしたから、こういう思考で自分も周りも追い詰めてしまうのはわかる。


 父は良くも悪くも仕事に対して非常に真面目で、野球部の顧問を務めたときには夜も土日もずっと部活動につきっきりで、ほとんど家にいなかったという。母は実質ワンオペで私と心臓病の弟を育てた。悩みを相談するべき実の母親はいない。誰にも悩みを打ち明けられない。


 教職員住宅の隣人たちと母はうまくいかなかった。母の生まれ育ちそのものが妬まれたこと、私が子供同士のトラブルを起こしたこと、色々なことがあり、悪い噂を流され、私が小学2年生の時に引っ越した。私が「社宅」を嫌うのは、この幼少体験によるところが大きい。


 私が高校2年生、弟が中学3年生のとき、父方の祖父アキオの糖尿病が悪化し、程なく亡くなった。


 ――その亡くなる少し前に、母方の祖父ソウジとアキオは仲違いをしていた。体調を崩したアキオは退職をソウジに申し出たのだが、ソウジがこれを退けたためである。生活に張りをなくしたら治る病も治るまいというソウジなりの友情であったとは母の言だが、結果として仲直りをしないままアキオは亡くなり、その妻――私の祖母は、ソウジが無理をさせて死期を早めたと、強い恨みを抱いた。その間に挟まれ、祖母に責められ、母は追い詰められた。ぎりぎりのところまで。


 当時、母はその苦しみを私に打ち明けたことはない。父に対しても同様だろう。大人になった今、思い返せばその頃から鬱病を発症しはじめていたように思う。母が弁当作りをやめたのもこの頃だったり、弟の高校受験やその後の高校入学と私の大学受験によるものと思っていたぴりぴりした言動であったりとか。


 いよいよ動けなくなるまで重症化したのは、私が大学受験に失敗し、予備校に通うも勉強に身が入らず成績も上がらずという頃である。息子の将来への不安が、ぎりぎりのところで耐えていた母にとどめを刺したのだと理解したのは大人になってからだ。


 あれから二十年。現在、母の鬱病自体は落ち着いているが、神経性の手足の強い痺れとこれに起因するパニック症で、実の子である私と弟を含む他者と長時間関わることに堪えられず、しかし介助なしに生活することもできず、その大半を一人部屋に閉じこもって生活している。障害児の父親になった私と、未だに苦難が続く弟を守らなければならないという執念だけで生きている。


 私が幼少期からもう少し上手に生きてきていたら。私の代わりに姉が産まれていたら。そもそも母が祖父に縛られずに生きてこられたら。母のグッドエンドルートに、今ある私の姿はどこにもない。


 将来、息子たちが私と妻に対してこのやるせない感情を抱かぬよう、私は悔いのない人生を送ったよと、貫き通さなければいけないなとだけ思う。自分の存在そのものが罪だと思い込んでしまうのは辛く、完全に吹っ切れるのは難しいから。

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