戦後どこにでもあったろうありふれた話。
警察官であった父方の祖父アキオは終戦直後にマッカーサー元帥の暗殺を企て、同僚に「こんなことをしたら今度こそ徹底的に日本国が滅ぼされる」と説得され未遂に終わった。この同僚が――大物政治家の手駒としてスパイ活動のため警察官になった――母方の祖父ソウジだとしたら出来過ぎた話のように思えるが、まあ、その出来過ぎた話だったのかなという気はする。当時は日本中のいたるところで似たような事件が起きていたんじゃなかろうか。
アキオは黒田藩に仕えたそこそこの名家の遠い分家に産まれた。手のつけられない不良で、実の親に「頼むから兵隊さんになってお国のために死んでくれ」と泣きながら懇願され、これを実践しようとしたが色弱のため徴兵検査に失格した。共に軍人を志した悪友たちは、後に軒並み命を落としたと言う。国家のために働くことで、戦死した彼らに報いるため、アキオは警察官になった。
父によれば、本家筋に陸軍の将官だか佐官だかがいたらしい。彼が戦死し、終戦を迎えた直後、アキオはその元部下たちを集めて蜂起したのである。止める方も命懸けだったろう。行動の是非を現在の価値観で論ずるのはさて置き、アキオはこれで「やらかした奴」という確固たる実績を得た。
それから少し時が流れて、警察官が何者かに殺害される事件が起き、その容疑者が逮捕された。そして、当時の人権など無視した「取り調べ」という名の拷問により、容疑者は亡くなった。その罪は「やらかした奴」であるアキオが一人で負うことになり、アキオは警察官を辞めた。不幸と言えば不幸だが、まあ、別に無実というわけでもあるまい。なお、アキオに全ての罪を擦り付けた元上司は後に罪悪感に耐えきれず自殺したそうで、祖母は未だに彼を恨んでいる。
その後、アキオはしばらく職を転々とし、彼とその妻子――私の祖母と父と叔父だ――は生活の安定しない日々を過ごした。漂泊の人であったアキオに手を差し伸べたのが、警察官を辞めて起業したばかりのソウジである。母によればこの頃のソウジは反社会的勢力からの嫌がらせに手を焼いており――家を襲撃された際は日本刀で応戦したという。昭和30年代やばいな――その対策として警察から荒事に長けた人材を引き抜くことを思いついたということだ。
――で、白羽の矢が立ったわけである。ちょうどいい具合に警察をクビになったお墨付きの武闘派に。
アキオという右腕を得たソウジは事業を拡大し、好景気にも乗ってちょっとした富と名声を掴んだ。アキオもソウジの力添えで――違法すれすれの手段に訴えたらしいが――本家の当主となり、一族が代々受け継いできた財産を我が物にした。
ソウジのアキオに対する信頼は絶大だったらしく、文字通りの政略結婚をする予定であった長女を、土壇場も土壇場で変心して、アキオの長男に嫁がせている。そんなこんなでアキオとソウジの蜜月は死ぬまで続いた…となれば美談に終わったのだが、まあ、現実はそう美しくない。
アキオの息子たちとソウジの息子たちが口にするのは、故人のいい思い出と一種の武勇伝めいたヤンチャなエピソードだけだ。それがあるべき形であろう。人は死ねばみな仏とも言う。
ソウジに人生をめちゃくちゃにされた長女だけが、故人の最も醜い部分を、愛憎が複雑に入り混じったドス黒い感情を込めて、我が子にぶち撒けた。その子孫の中で最もソウジに似た私に。
――私が墓場まで持っていけば、それで祖父たちの後ろ暗い記憶はこの世からきれいに消えてしまうだろう。
それでいいのだ。




