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鈴羽サイド-11-

 ところで……鈴羽は、幼少期から今に至るまで、基本的に深い人間関係を築いた者は花蓮をのぞいてわずかしかいない。


 スキル保有者、ダブルホルダー、西条家の養子にして花蓮の代行人、A級冒険者……。


 それらの事情は鈴羽を特異なものにし、周りは彼女を特別扱いし、どこかよそよそしいものがあった。


 鈴羽も自身が幼少期から周囲からそういう扱いをされることに慣れていたから、終始周りと距離を置いていた。


 だから、鈴羽には一部の例外を除いて友人はいなかったし、当然恋人もいなかった。


 何が言いたいかというと……要は、鈴羽は人間関係に慣れていない。


 つまるところ、人と深く付き合うとおのずと生じるような感情をほとんど経験したことがない。


 そこに鈴羽にとってある意味はじめてと言ってよいほどの強烈な感情が飛び込んできた。


 鈴羽のことを負かした男は今の今までいなかったし、彼女は常に自分自身の力で成功をおさめてきた。


 それが、二見に完膚なきまでに敗北し、さらに敗者であるはずの自分を助けてくれた。


 これは鈴羽のある意味で単純で未熟な価値観では整理がつかない。


 整理がつかない中、彼女の感情は混乱したが、ただ二見に対する恩義だけは残った。


 そう……それは最初は二見に対する恩義という感情であった。


 が……人間関係……特に男女関係が希薄な彼女にとっては、それはすぐに別の感情へと移行、混同してしまい……。


 いわゆる羽化したばかりの雛に対するすり込みのようなものである。


 そういう訳では鈴羽はすっかり——このざまである……。


 鈴羽はさきほどからずっとトロ~ンとした目つきで脳内で想像する二見の顔に思いをはせらしていた。


 二見……様。


 花蓮様が、ああなってしまうのも……よくわかるわ。


 結局、鈴羽はただ部屋の中でひたすら二見のことを想い、煩悶としていた。


 その姿は、傍目から見ればまるで初恋に悩む思春期の少女のように見えただろう。

 

 実際のところ、鈴羽にとっては確かにそれは初恋であったし、遅すぎる思春期のようなものではあるのだが……。

 

 そんな訳で、花蓮が一時間後に部屋を訪れた時、鈴羽はまるで身支度ができていなかった。


 鈴羽は、未だにカーテンを素肌に巻いているだけ……という有様で、床にペタリと座り込み、頬を紅潮させて、宙をぼおっと見ていた。


 花蓮はすこし呆れたように、


「鈴羽……えっと……とりあえず着替えなさい」

 

 と、言われて、鈴羽はようやく我にかえって、


「は、はい……も、申し訳ありません……」


 と、部屋に備え付けてられているローブにそそくさと着替えるのであった。


 鈴羽が、おずおずと花蓮の顔を見る。

 

 いったい花蓮がどのような表情をしているのか、鈴羽は怖くてたまらなかった。

 

 怒り、失望……そんな表情に違いない……。

 

 が……花蓮の顔にはそのような影はなく、ただ心配そうな顔をしている。


「……よかったですわ。鈴羽。あなたが無事で……。前からそのブレスレットは危険だと思っていたけれど……」


「あ、あの……花蓮様……」


「敬三様から聞きましたわ。ブレスレットが暴走したのでしょう?」


「え……」


「それにしても……敬三様がいてくださってよかったですわ。わたくしばかりではなく、あなたも敬三様に助けて頂いたのですわね」


 鈴羽は、花蓮の話しを驚きをもって聞いていた。


 二見は、どうやら『鈴羽が彼を襲ったこと』については話していないらしい。

 

 花蓮の話しを聞く限り、単に鈴羽が『炎龍のブレスレット』の暴走に巻き込まれた……ということになっているらしい。


 このことは鈴羽の頭をさらに混乱させた。

 

 どうして……どうして……あの方は、無礼にも襲ってきた私などをかばってくれるの……。

 

 わたしの傷を治して、その上わたしをかばって、その失態までご自身の手で解決してくださるなんて……。

 

 ああ……二見様……なんという方なの……。


「……羽……鈴羽……聞いているの?」


「え? は、はい! も、もちろんです」

 

 鈴羽は、完全にほおけてしまっていて、花蓮の声でようやく我に返る。



「その……花蓮様。それで……二見様は今……」


「とりあえず別室で待機してもらっていますわ。ですが……本来ならば御礼として、大変お忙しい中、敬三様を招いたのにこんな騒ぎに巻き込んでしまって……」

 

 花蓮がそう顔を曇らせる。


「花蓮様……こうなってしまったのはわたしのせいです! ですので、この失態の償いは私が必ずあの方……いえ二見様にいたします!」

 

 鈴羽はそう力強く言う。

 

 花蓮は鈴羽のその意気込みようにやや圧倒されながら、


「そ、それは心強いのだけれど……。鈴羽、何か考えがあって?」


「はい、花蓮様。二見様を花蓮様の屋敷にお招きするというのはいかがでしょうか? あそこなら二見様ほどの方であっても十分もてなせるかと……」


「わたくしの屋敷に? 確かにあそこなら……ですが……敬三様は大変お忙しい身の上ですわ。これ以上お時間を取らせるのは——」


「花蓮様! ご安心ください! そのことも考えております。二見様の時間を無駄にさせないための方策……。ダンジョン協会の会長……二条院麻耶まや様も一緒にお招きするのです。二見様も冒険者である以上、日本支部の協会会長と懇意になって頂くことは、二見様にとっても益になります」

 

 混乱を抜け出した鈴羽の脳はようやく本調子に戻っていた。

 

 そして、ただ一つの目的……二見に奉仕する……に向かって、目覚ましくその頭を恐ろしい速度で回転させる。

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