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短編

転生ヒロインちゃんは死んでしまいました

作者: 猫宮蒼



 あら、彼女死んでしまったのね。

 まぁまぁお可哀そうに。

 折角ヒロインとして転生してこの世界で幸せになろうとしていたのに。


 え? 思うところはないのか、ですって?

 無い、と言い切るのはどうかと思いますけれど、特にはありませんよ。えぇ、だって、あのヒロインさんわたくしに悪役令嬢としてもっとちゃんと嫌がらせしてきなさいよとか頭のおかしい事を言ってきたのですもの。転生者、でしたっけ?

 わたくしにはよくわからないのだけれど。えぇ、そうね。


 前世の記憶があって、その前世でこの世界の事が記された本またはゲェム……遊戯盤のような物かしら? ともかくそういったものがあった、というお話でしたかしら?

 貴方からその話を聞いた時わたくし一体どんな夢物語かと思ったものですわ。

 てっきり貴方の作り話だと思っていたの。でも本当だったのね。だってそのためだけにわざわざ一人の男爵令嬢をそういう風に洗脳するだとか、しないでしょう。いくら貴方が魔女として優れていても。


 わたくしにはよくわからないの。

 だって前世? 前の人生の記憶? そういったものはないのだから。

 例えば今のわたくしが死んで、次の生を生まれた時に今のわたくしとしての記憶がある状態が、前世の記憶を持って転生した、という事なのですよね?

 え? 場合によっては別の世界の生まれになる。異世界転生?

 よく、わかりませんわ。異世界というものが本当にあるかどうかもわからないもの。

 えぇ、人って結局は自分の目で見たものは信じるけれど、そうじゃないものは中々……ね。

 でも貴方の話がまるきり嘘だと思ったこともないの。本当よ?


 そもそもそのお話の中のわたくしと婚約者でもある王子殿下とは政略結婚でお互い不仲である、との事でしたけれど。

 確かに政略で結ばれたものではありますけれど、でもわたくしも殿下も仲はとてもよろしいもの。あの自称ヒロインさんが言う物語とはその時点で異なっているのでしょう?


 それを原作を崩壊させたのはわたくしだとか、わたくしも転生者なのだろうだとか。

 言葉が通じるけど話が通じない人種というのはいるものなのですね。わたくしあの時表に出しこそしなかったけれど、とても怖ろしい思いをしましたのよ。

 だっていつ襲い掛かってくるかまったくわからないのですもの。

 例えば政敵がわたくしを排除しようとして、というのであればまだわかるのです。

 直接手を下しに来る人がいなくても、お金で雇われた殺し屋だとかそういうのであれば、まだわかるのです。

 けれど彼女は。

 そういう人を使う事もなく自分こそが正義で何をしても許されるのだと思っていた。

 わたくし、それがとても恐ろしかったのですわ。

 だってこの世界と彼女の知る世界は似ているだけの別物でしょうはずなのに、何故同じだと思っているのかしら。ゲェムの中では彼女は主人公、ヒロインとして幸せになる未来が確定していたようだけれど、この世界はゲェムなどではありませんわ。


 そのゲェムの世界と異なるわたくしと殿下の仲の良さ。

 原因がわたくしにあると断じていたようだけれど、話を聞けばもっと根本的な違いがあるでしょうに。

 そのゲェムではヒロインである少女は前世の記憶を持って生まれてきていないのでしょう?

 なら、前世の記憶を持って生まれてしまったヒロインさんこそが、彼女の知るゲェムとの大きな違いでしょうに。

 彼女がその原作とやらと異なったが故に、他にも違いが生じたとしても別におかしくはありませんもの。


 それに……確かにわたくしに前世の記憶とやらはございませんが、他に前世の記憶を持って生まれた人がいないとはわたくし一言も申し上げていませんのよ?

 ヒロインさんは自分が転生者でわたくしもそうなのだと信じて疑っていないようでしたけれど……

 でもどうしてわたくし以外にも転生者がいる、という可能性を考えなかったのかしら?


 わたくしは転生者とやらではありませんよ、と申し上げました。

 でも彼女は信じなかった。

 でも、その時に他に転生者がいるかもしれない可能性に至るのは当たり前の事なのではないかしら? というか、普通に考えつきますわよね?

 その可能性を無いと切り捨てるだけの根拠もないのに、あのヒロインさんの頭の中身は一体どうなっているのかしら。



 ゲェムの展開と同じようにしようとして、一生懸命殿下にお近づきになられたようですけれど。


 その殿下こそが前世の記憶を持った転生者だ、とはこれっぽっちも思わなかったのでしょうね。

 えぇそうよ。あら、ご存じなかったの? この国で魔女として名高い貴女なら、てっきり知っているものだと思っていたわ。


 えぇ、わたくし殿下から直接そうお話されたの。

 婚約が決まってすぐの頃よ。


 まだ幼かったわたくしと殿下との婚約が決まって、そうして本当にその後ね。一緒にお城の庭を歩いて、その時に隠れて護衛をしていた者たちにも聞こえないくらいの小さな声で打ち明けていただきましたの。

 そうよ。だから転生者とやらの話を聞いた時すんなり頷いていたでしょう? えぇ、わたくしにとって最初に出会った転生者というのはヒロインさんではなく殿下ですわ。


 最初は、殿下も将来が不安だとかでそういう……ごっこ遊びか何かかと思っていたの。えぇ、可愛げのない子供でしょう? そんな風に捻くれた見方をしていたのだから。

 けれども殿下は、歴代のどの王族たちよりも早く公務を任されるようになりましたでしょう? その時に前世の記憶とやらを活かした政策も打ち出しましたの。

 勿論前世の記憶とやらがただの戯言で、殿下本人が優秀である、という可能性だってありますわ。

 でも、殿下はわたくしに嘘は言っていないのだと思うのです。



 殿下とわたくしとの婚約が成った時に、殿下は打ち明けてくれました。

 前世の殿下が歩んできた人生の事を。


 あの方、前世とやらではあまりよくない女性に騙されて酷い目にあって死んだらしくて。


 えぇ、だからこそ今でもあまり女性は……苦手なのだそうですよ。

 わたくしは婚約者だけれど、恋人というわけではありません。

 いずれ彼の妻となり、子を産んで母となる。家族になる間柄。

 彼を支え国を支える。王とその妃として。


 わたくしは殿下に恋人のような甘い恋だとか愛だとかを望んだりはいたしませんでした。

 ただ、家族としての情は育てていきたいと思ったのです。

 それについては殿下も快く了承してくださいました。

 前世とやらのせいで殿下もあまり愛とか恋とかいい感情を持っていないようでしたので。



 聞けばゲェムとやらではヒロインさんが王子や他の男性と会話をするだけで少しずつ仲良くなっていくのでしたっけ?

 現実はそんなに甘くないでしょうに。

 嫌いな人間から声をかけられても嬉しいなんて思わないし、挨拶くらいならまだしも纏わりつかれてどうでもいい話をぺちゃくちゃされたって不快感しか生まれません。


 ヒロインさんはそんな簡単な事にも気づかないようでしたけれど。

 えぇ、彼女が死んだと先程聞かされた時は少しばかり驚きましたけれど、でも殿下に刺されたと聞いた時は実のところ全く驚きませんでした。

 いつかやるだろうなとも。


 先程言ったでしょう?

 王子の前世はろくでもない女のせいで不幸になったと。


 えぇ、ヒロインさん、見た目はともかく中身というか口調とかそういうものがそっくりだったみたいで。

 初対面の時にやらかさなかっただけ殿下は随分と我慢して堪えていらっしゃったのよ?


 大体婚約者のいる男性に異性としてべたべた接近するとか、令嬢としては常識知らずもいいところ。

 あまりの常識のなさにわたくしだって驚きましたもの。

 本当なら将来多くの貴族の上に立つ者として彼女の事を正し、諭すべきだとは思ったのですけれどね……むしろどうしてあのような常識も知らぬまま学院にいれたのかと、男爵家の在り方を疑いましてよ。


 この国の貴族であれば通う事になっている学院で、身分の差もあるからこそ教育の差もでるというのは仕方のない事なのですが……それにしたって平民よりも礼儀がなっていないし、かといって男爵令嬢としてのマナーもなっていない。人の真似を覚えた山猿なのではないかとわたくししばらく疑っておりましたの。動物であれば仕方のない事なのかしら、と。えぇ。


 だってあの方、男性には媚を売るようにしていたけれど、女性が近づくと歯をむき出しにして威嚇していましたのよ? 男性が近くにいる時はそのような醜い顔を晒していませんでしたけれど。

 動物であってヒトではないのだ、とわたくしが思ったとしても、仕方のない事です。


 とはいえ一度はわたくしも苦言を呈するというか、忠告をと思って声をかけた事もありますわ。

 その時は殿下にわたくしの背後で身を隠せる所で見ていてほしいとお伝えして。


 男性と女性とでああも態度が異なる人間を目の当たりにして、殿下はただ見ていただけなのに不眠不休で何日も公務をこなしたかのような疲労困憊具合でしたわね……

 まぁそれもあって余計に殿下があのヒロインさんを毛嫌いするようになったのですけれど。


 それ以降? いいえ? それ以降はわたくしヒロインさんとは関わろうと思ってもいませんでしたし実際関わりませんでしたわ。それもあって悪役令嬢として仕事しろと言われたのですけれど。

 悪役らしくヒロインの前に立ち塞がって困難となり、殿下との仲を縮めるための当て馬になれ、という意味だとしたら土台無理な話ですわよね。

 だって殿下、ヒロインさんの事毛嫌いしておりましたもの。そりゃもう近づかれたら顔に出していなかったけれど雰囲気が凄くイヤと訴えておりましてよ。

 えぇ、側近の方々も気付いていたわ。むしろ気付けないのは側近として致命的です。流石に外交の時にあんな雰囲気を出したりはしないでしょうけれど、だからこそあれだけわかりやすい雰囲気も察せない側近というのは……ねぇ?

 ヒロインさんも全然察していませんでしたわ。


 当て馬は無理でも悪役らしく、というのであれば男爵家に文句をつければよかったのかしら?

 その場合ヒロインさんは学院を中退して修道院送りになっていたかもしれません。流石に親子の縁を切る、まではいかなかったと思います。といっても彼女の態度次第だったかしら。

 案外そうしていた方が彼女のためだったかもしれませんわね……



 だってあの方、結局は殿下に殺されたのですから。


 散々遠ざけようとしていたのにしぶとくしつこく付きまとって、結局王族に対して不敬である、という理由で殿下が彼女を殺した時は何の罪にもならなかったのですもの。


 犬や猫の戯れであればまだ良かったのでしょうね。

 あまりにしつこく構われたら犬でも猫でも早々に爪や牙が出ますもの。

 でも、殿下は人であって理性も持ち合わせていた。だからこそ、常々言葉での忠告をしていたというのに……それすら理解しない頭で踏み込んではいけない部分にまで踏み込もうとして、挙句わたくしとの仲を引き裂こうとしていたのですから不敬であると判断されて処分されても、ヒロインさんのやらかしを知っている者たちからすればいつかはああなるって思っていました、としかコメントできませんわ。



 わたくしにはわかりませんわ。

 だって前世の記憶を持って生まれた事って、何かお得になるのかしら?

 殿下のように前世の記憶にある知識を用いて何かをするならそれに関してはいい部分もあるのでしょうけれど。

 ですが、ヒロインさんのような状態ではむしろ前世の記憶とやらは無い方が幸せになれたのではないかしら。


 えぇ、どのみち死んでしまった今となっては、どちらが良かったか、なんてただの与太話にしかすぎませんけれど。

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― 新着の感想 ―
前世の記憶がない方がいいですよね。とても
[一言] 彼女は、ある意味身体を乗っ取りに来た悪魔みたいなものだったのだろうなぁ。
[気になる点] 殿下御自身のお手討ちは名誉なのでは?
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