番外編 前
本編より少し後
芸術の都、イッシューア。
パラロック国と元ヘンドルスト国の間にある国の王都で、多くの芸術家が成功を夢見て訪れる場所である。
定期的に行われる展覧会や演奏会、様々な題材を取り扱った演劇。他にも、芸術と呼ばれるありとあらゆる物が揃っている。
ビーの母国方面の品もあり、収集家達にとっては夢の都だ。
そんな夢の場所に、フィアンナは足を踏み入れた。
初めて来る場所だ。芸術の都らしく美しいオブジェがあちこちにあり、つい目移りしてしまう。
それは一緒に来たレナータ、ベアトリスも同様だ。
「凄い、キレイ、凄い……!」
「ザックス様のお家で学んだ美術品が、あちこちにありますわよ……! 実物は更に素晴らしいですわね……!」
「え、無理……全部お高そう……目がチカチカしそうです……!」
明らかにこの街が初めての、年頃の令嬢が三人。通り過ぎる人、特に男性の目線が釘付けになる。
そんなフィアンナ達を微笑ましく見守りながら、別馬車から降りてきたディルムとザックスが合流した。
「ああ、フィア!」
「ディル様!」
「はしゃいでる姿も可愛らしいよ!」
互いを視認した瞬間、抱き合うフィアンナとディルム。見ていた通行人達から感嘆の声が上がった。
大勢の前で愛を交わすのは、貴族はもちろん平民でも中々いないという。つまり、多くの人が家でしか愛を伝えあっていないのだ。勿体ない。
別に肌を見せる訳ではないから、誰が見てようと構わないだろう。
我慢は体に悪いから致し方なし。ディルムの腕の中で微笑んでいると、ベアトリスが小さく笑った。
「馬車に乗る前も、抱き合ってたのに。本当に、情熱的」
「そうだよベアちゃん! 私とディル様は永遠なの!」
「決してちぎれない愛の鎖が僕達を結んでいるんだよ。ベアトリス嬢も素敵だと思ってくれるよね?」
「それよりも、あっちが気になる。同じなのに、訓練みたい」
白魚の指がフィアンナ達の後ろを示す。二人揃ってその方向へ顔を向け、間が抜けた声が出た。
腰を低くくし、組取り合いのような体勢のザックスとレナータだ。
レナータはザックスの隙を見計らい、ザックスは一切の隙を見せないようにしている。
互いに真剣な表情は、確かに訓練に見えた。
「ザックス様。何故、ワタクシの抱擁を受け取ってはくださりませんの?」
「レナ嬢。何度も告げているが、婚前の男女が人前で密着するべきではない」
「ワタクシ達は婚約者でしょう? 問題ありませんわよ? それにフィアンナをご覧くださいませ。熱く抱擁しておりますわ」
「こぉっ! 婚約者にはなったが、順番がある! あの二人は例外だ!」
「ワタクシ、身近のお手本がフィアンナですもの。例外だろうと真似しますわ。むしろ、真似したいですわ。ザックス様の逞しい御身に包まれさせてくださいませ」
「落ち着いてくれ!」
気迫とは裏腹に、いつも聞く会話である。ホッコリした。
外堀を埋めつくしたレナータとザックスが婚約者となったのは、十日ほど前。
それまでも、愛を交わしたいレナータとまだ早いと避けるザックスの図が日常であったが、婚約者という免罪符を元にレナータの押しが増した。
周りの通行人達は足を止め、二人の攻防に声をかけて見守りだした。これは暫く終わらない気がする。どうするべきか。
愛するディルムに目線を向ければ、にっこりと微笑まれた。最高の笑顔に、心臓が一瞬止まった。間違いない。
「ザックス! 僕達は先に行くよ!」
「承知した」
「まぁ。ザックス様がワタクシを受け入れてくだされば、すぐに済む話ですわよ?」
「肌の触れ合いは! 早い!」
レナータが隙を見て抱きつきに走り、ザックスは転ばないようにしつつ避ける。
気にはなるが、ディルムが先を行くと言うなら後に続くだけ。おまけにそっと手を差し出されたら、手を置いて応えるしかない。
ディルムと手を繋ぎ、エスコートされる。まるでお姫様と王子様だ。
本物の王子よりも素敵なディルムが、キラキラ輝いている。二人だけの逃避行みたいだ。
気がつけば、目的地である劇場前だった。素晴らしい時間は過ぎるのが早い。
後ろから着いてきていたベアトリスは、チラチラと来た道を気にしている。
「レナータ様達、放置でいい、でしょうか?」
「そうだよ。実はね、ザックスは別の目的があるんだよ」
「別の目的?」
「レナータ嬢を連れて、騎士達の勇敢さをテーマにした展示会に行きたいって。二人きりで。デートだよね」
「デートですね! テンション上がってきました!」
「最終目的は手を繋ぐことみたい」
「それは軽すぎです!」
「でも、見てると分かります。騎士団長様、初心過ぎて、レナータ様に触れる事、躊躇ってますよね?」
「……女性に触れる機会がなかったからね……いきなり、最上位クラスの令嬢に好かれて戸惑っているんだよ……」
ディルムが若干、遠い目になった。恋愛経験ゼロで急にトップクラスに迫られ好かれ、惚気に近い相談を毎日受けていた日々を思い出しているのだろう。
フィアンナもディルムも、さっさと受け入れろとしか言えなかった。尤も、それが出来ないから相談している訳で、焦れったい思いだった。
よくよく思えば、手を繋ぐという簡単な行為でも、ザックスからは初めてのアプローチかもしれない。
嬉しさと尊さでレナータが倒れない事を祈るばかりだ。
「そういう事で、最初からチケットは三人分だったんだよ。後は中で話そう。間に合わなかったら大変だからね」
「はい、ディル様!」
「演劇……初めて。とても、楽しみです……!」
期待に満ちたベアトリスの顔が直視できない。何せ、フィアンナとディルムは内容を知っている。
演目名、『狂愛王』。これをベアトリスと観劇する事が、最大の目的だ。
観劇初心者にはオススメできない作品だが、深い事情が関わっているのだ。
心で謝罪しつつ、フィアンナは会場へと足を踏み入れた。




