47.エピローグ
後日談的な話
朝の小鳥が囀る声に、フィアンナはうっすらと目を開ける。
ふかふかのベッドの上、間近に見える愛しい人の顔。最高である。寝顔をまじまじと見ていると、桃色の瞳と目が合った。
「おはようございます、ディル様」
「おはよう、愛しのフィア」
挨拶と共に、額に軽く口付けが落とされる。幸せだ。全身で幸せを噛み締める。
ここまで晴れやかな気持ちは、あの国の騒動が落ち着いたのもあるだろう。フィアンナはディルムの体に抱きつき、うっとりと微笑む。
既に二ヶ月も前の出来事となった、ヘンドルスト国の革命。
あまりにも大きな出来事に非難の声が出てもおかしくなかったが、何一つなかった。
むしろ、諸手を挙げて喜んだ国もあるという。百害しかなかった国だとよく分かった。
フィアンナはディルムと再会後、二人だけで夜を明かした。この時はまだ、清い過ごし方をした。二人並んで想いを交わしあっていただけである。
翌朝、レナータやベアトリスに別れを告げ、パラロック国へ『転移』した。久しぶりのカドヴァーノ家の人々と再会を喜んだ後、ディルムの部屋へ移動。
そこで、一線を超えた。結婚するまでという誓いは、燃え上がる欲望の前には無力。勢いに任せ、互いに貪りくった。
想いが止められなかったのだから仕方ない。むしろ、再会直後は理性が頑張って止めていたレベルだ。もう止まらない。止める気もない。
気がついたら翌日で、義父母にしこたま怒られた。それさえも、ディルムが傍にいる喜びの前では問題なかった。
ディルムはより深く考えていたらしく、こうしておけば他の男の婚約者にすらなれないという事だ。流石ディルムだ。思慮深い。
血筋を理由に連れ去られる事はもうないが、心配されている。嬉しさのあまり、突かれていた奥がまた疼いたものだ。
「こうしてディル様と一緒にいられて、毎日が夢みたいです……」
「もう離さないからね。ずっと現実だよ」
「ディル様ぁ……」
「フィアぁ……」
うっとりと見つめ合う。
隣国の代表と、あの国の代表としてモンチェ辺境伯を含めた選りすぐりの人材。彼らによる会議が連日続いた。
その中で真っ先に決まったのが、負の象徴である五大家の処刑である。これに反対意見はなかったという。
下手に生かしておけば、また争いの種になりかねないからだ。
同じ考えである平民や甘い蜜を吸っていた貴族は、囚人として労働させながら矯正を図り、その結果次第で刑が変わるしい。
直系ではあるが、ベアトリスは革命派のリーダーの為に除外。
親類は今までの身の振り方で区別。その辺の線引きは、国にいた人が行ったから正確なものだろう。
性女も家族殺しが発覚し、愛する能無し王子と共に処刑となった。
柱に括られた奴らに石を投げる列は、終わりが見えない程の長蛇だったらしい。
投げつける人々に、奴らは上から物を言い何も態度を変えなかったという。ただ、最後の方には懇願が混じっていたと聞くが、それも上から目線だと簡単に想像が着く。
息絶えていると分かっていても、人々は石を投げ続けたという。
見たかった。もっと言えば、フィアンナもやりたかった。ディルムが離れたくないと言ったので、行かなかっただけである。
血の繋がった家族は居なくなったが、もとよりその気だ。何も変わらない。これからも、カドヴァーノ家の人々がフィアンナの家族だ。
あの国は今後、隣国の手助けを受けながら新しい国へと生まれ変わるそうだ。国名どころか、王もまだ決まっていない。
そうは言っても、革命派全員がモンチェ辺境伯を推しており、本人が必死に否定してる状況だ。時間の問題だろう。
そうすると、レナータは王女になる。他国の王族と繋がるなぞ、ザックスは思いもしなかったはずだ。
「そういえばフィア。レナータ嬢のファンクラブが出来たらしいよ?」
「え、それ詳しくお願いします!」
「昨日、執務官に書類を届けた時に聞いたんだよ。どうやら、王女様が筆頭になっているみたいだね」
「あ〜。先週のパーティーの影響ですね」
フィアンナとディルムは納得したように頷く。
押しかけ女房の如く、一ヶ月前からレナータはコンスタン子爵家にいる。訪問当日に現子爵夫婦に気に入られ、外堀を着実に埋めている所だ。
そこで起きたのが、先週のとある伯爵家のパーティー。齢八歳の王女が伯爵家の下の娘と友人だからと訪問したが、護衛に騎士団が入れなかったのだ。
理由は単純で、上の娘がザックスの元見合い相手で婿がザックスの従兄弟だからだ。
本家の見合い相手を略奪した婿は、自身の腕にも警備にも自信を持っていた。しかし、ザックスは不安が拭えない。
そこで手を挙げたのが、レナータである。
結果、伯爵の地位を落とすべく王女を狙った輩を軽くいなし、上の娘夫婦に警護の弱さと正論をぶつけ、怒る入婿の木剣を躱して鉄扇で鎮めた。
淑女としても騎士としても完璧な姿に、女性陣から黄色い声が止まなかったという。
幼い王女の憧れを掻っ攫うには十分すぎた。ヘンドルスト国というハンデを覆し、評価は鰻登り。
レナータとザックスの婚姻を待ち望む声が多くて、ザックスもそろそろ観念する頃合いだと思う。
「ファンクラブ、私も入りたいです」
「後で王女様にお願いしようね」
「はい。にしてもその夫婦、危機感なさすぎです。ザックスさんを遠ざけるなんて、ありえないです」
「話によれば、ザックスの代わりに騎士団長になろうとしたらしいよ。あと、クリスが正式に王室離脱を表明したからね。より親密になりたかったみたいだよ」
「逆効果でしたね」
「そうだね。即座に娘夫婦を追い出したって話だよ」
ディルムが頭を撫でる。幸せな気分になって、難しい考えが抜けていきそうだ。
国王とクリストフは、叔父と甥の関係だ。
前国王がクリストフの父親になるが、とある事件によって既に故人である。在位期間は僅か六年。
その後釜に収まった形で、現国王は即位した。だからか、国王夫婦は仮の王位でクリストフにいつか返す物と考えていた。
だが、事件は尾を引き、クリストフの求心力は高くない。むしろ、国王夫婦の子である息子と娘に期待する声が多い。
クリストフ自身も王になる気はないが、叔父への負い目からか離脱に踏み切れてなかった。
そんな危うい均衡を崩したのが、クリストフの一目惚れである。
父親の事件から恋を恐れていたあのクリストフが、絵姿だけで恋に落ちた。予想外の事態に開いた口がしばらく塞がらなかった。
ベアトリスの神秘的な美しさに、見惚れてしまう気持ちはわかる。だが、あのクリストフだ。
娼館で肉感的な女ばかり相手に、性欲処理していた男だ。それが実物に会っていないのに惚れるとは、目玉が飛び出た気がした。
そして、父親と同じ血が流れていると改めて確認したらしい。国王夫婦にその旨を伝え、各国にも伝え協力を得た。
おかげで、あの国には多大な支援が寄せられているという。
フィアンナが戻ってきたことで、タイミングを測り公爵位を得る話となったようだ。
直後、ザックスに協力という名の脅しの元、あの国へ『転移』。初対面のベアトリスに膝を突いて求婚したらしい。その場の混乱が簡単に想像できる。
ベアトリスの返事は、とりあえずお互いを知ってからという保留だ。普通なら気持ち悪いと拒絶するというのに。天使、いや女神だ。知っている。
今は別の国に生息する彗星鳩を使い、手紙で交流中との事だ。
彗星鳩は希少でなかなか手に入らない鳥だが、ここでも自分の血を全面に押し出したらしい。
あれだけ拒絶していた血を利用し尽くしている。これが恋による原動力、とてもよくわかる。
「でも、ベアちゃんに気持ちの重さを隠しきれないと思います」
「そうだね。だから、後でベアトリス嬢の感じ方を確かめると思うよ」
「どうやってですか?」
「例の劇だよ。その時はチケット取るから、僕達も一緒に行って欲しいんだって」
「それ、ディル様とのデートですよね! そういう事ですよね!?」
「もちろんだよフィア!」
デート。甘い響きに頬が赤くなり、ディルムの胸へと飛び込んだ。素肌がより密着し、温もりがより伝わってくる。
この幸せが消えかけたなんて、思い返したくもない。
ただ、凛々しい従姉妹と儚い友人は得られて本当に良かった。フィアンナが連れ去られなければ、レナータとベアトリスもあの狭い国で一生を終えた。そう考えるだけで、背筋がゾッとする。
ディルムの腕が背中に回る。全身に伝わる熱は、口を軽くしてつい本音が漏れてしまった。
「ディル様…………私、変ですか?」
「……急にどうしたの、フィア」
「私、大切な人の所へ行く為に、家族も祖国も犠牲にした女です。そういう噂があるみたいです」
カドヴァーノ家の使用人達は、主人の気持ちを尊重している。しかし、他の人達はそうではない。義母と街に行った時に、聞いてしまったのだ。
祖国を滅ぼさせた女。
悪魔みたいだ。
そこまでして、貴族に輿入れしたいのか。
卑しい女だ。
貴族令嬢数人、耳が早く噂に敏感である。フィアンナにギリギリ聴こえた陰口は、義母は気づいていないはずだ。
悪意を持っていた。分かっていても、第三者から見た騒動の感想は胸を痛めた。そういう見方もできると思うと、今回の出来事に今更ながら罪悪感が生まれた。
ゆっくりとじわじわと痛む傷は、忘れさせてくれない。
自分がどう思われようといいが、それがディルムの評価に関わるなら話は別。足を引っ張りたくない。
だが、そんなフィアンナの不安をかき消すように、ディルムは深く抱きしめて唇を重ね合わせた。
「心配しないで、フィア。僕からすれば、フィアは絶対に僕から離れない愛しい人だよ」
「ディル様……!」
ぽろりと、涙が一筋零れた。自分で何度も言い聞かせるより、ディルムの一度の言葉がすんなりと心に染みる。
フィアンナは幸せだ。他人がどう思おうと、愛しのディルムが味方なら、今回以上の事だってやり抜ける。
こちらからも腕を回し、二度と離れないとばかりに強く抱き締めあった。
これにて本編は終わりです。
クリストフの血筋に関する番外編があるので、もう少しお付き合いして頂ければ幸いです




