44.ナッド視点
「侵入者……!?」
見知らぬ男が処刑場にいる。罪人が呼んだ名前が、外の国の人間だと周りに知らしめた。
外の国から、遂にこの国を手に入れようと侵入者が来た。
この日を選んだ事から、やはり罪人は罪深き裏切り者だとわかる。
ナッドは小さく舌打ちした。
こちらへの尊敬を取り戻すべく仕組んだ処刑だが、実際は真逆の事が起きた。
尊敬どころか、無能貴族達は罵詈雑言を浴びせてきている。腹立たしく何人か反論しているが、火に油だ。
数多くの羽虫が攻撃してくれば、結果がどうであれその行動自体に苛立つものだ。
「テオ兄! やっぱり外の国と繋がっていたんだよ! あいつも捕まえて処刑しないと!」
「あ、ああ。分かっておる。騎士達よ、嘘をつく外の者を捕らえよ!」
『ウソじゃありません!』
テオよりも大きな声が響いた。何かしらで拡声しているようだ。それ程の大声なら、誰にでも聞こえてそちらを見る。
そこには、大勢の人間が軍隊のように並んでいた。
汚らしく粗末な格好は、平民であると示している。
だが、数が多い。下の層の数が多いとは当たり前だが、それらが全員いるのではないかと思ってしまう。
その中央前に、数人が佇んでいる。烏合の衆をまとめる頭役だろう。
一人は知らない女だが、他は見覚えがある。
水魔法使いとそれに似た子供。そして、無能の癖にアズレイア侯爵を引き継いだ女。
ざわめく無能貴族達。こちらは思い通りにいかなくて、皆が苛立っている。
「何だ貴様ら!? 平民如きが近づくでない!」
『その戯言も今日で終わりですわよ? ワタクシ達は、貴方達の地位を剥奪しに来ましたの』
「はぁ!?」
『皆様方! ここにいるワタクシの弟、アダム・モンチェはこの通り完治いたしましたわ! これこそが、処刑対象であるフィアンナの言う事が正しい事の証明ではありませんこと?』
『フィアンナさまの、いうことはただしいです! アイツらにとってつごうがわるいから、しょけいしようとしているんですよ! ここでたちあがらずして、ひつようなくころしたあいてに、かおむけができますか!?』
畳み込むように告げる二人。混乱の中、考える隙を与えない事で、無能貴族達を味方にしようとしている。
非常に良くない状況だ。だが、下手な事を言えば、先程までとは比べようもなく、貴族達の不満はより爆発する。
様子見するナッドの考えも知らず、殿下達は反論してしまった。
「嘘をつくな! 全てそちらが仕組んだことだろう!?」
「そうそう! 平民なんか連れてきて、何をする気なんだい!? できないだろう!?」
「我々に逆らうなど許されないことだ!」
テオ、ルイ、ニルの言葉に、数割の貴族達が睨みつける。
殺気立つ無数の瞳に、三人は固まる。聖女が悲鳴を上げてテオの後ろに隠れた。
「さっきから言ってることがバラバラだぞ!」
「考えてみれば『異端』は原因不明だから殺せって話だろ? それを劣ってるという外の国が、意図的に起こしたなんて話がおかしい!」
「そうだ! その矛盾が王家達の嘘ということだ!」
「そこまでして私達に首輪をつけたいのかしら! なんておぞましい人達でしょう!」
「許せない!」
矢継ぎ早に罵倒され、慣れていない三人は圧倒された。その上、貴族達の考えが更に向こう側に近づく。余計な事をしてくれたものだ。
思考を巡らせている内に、向こうの手前から白い人物が更に前に出た。アズレイアの名を持つ無能だ。スっと手を挙げ、声が響く。
『皆様、今こそ、自由を、取り戻す、時です……! 立ち上がり、なさい! 引きずり、おろしましょう! 不自由を強いる、愚者共を! 自由への、革命の、刻です!』
手を振り下ろす。同時に雄叫びが木霊し、平民達が駆け出してきた。地響きで足元が揺れ、怒号で耳が痛い。
テオ達は揺れに驚くものの、どこか楽観視しているように見えた。平民如きが突進してきた所で、何も出来ない。そう考えているのだろう。
違う。平民達の突進の目的は、流れを完全に掴む為だ。
「そうだ!」
「自由を!」
感化された貴族達も、遂に行動に移した。
追いついてきた平民達と共に、声を張り上げこちらに進んでくる。護衛の騎士達は流されて役に立っていない。
烏合の衆とはいえ、あの数は面倒だ。
だが、無力化は簡単である。
「国王陛下」
「……面倒だが、致し方ないのう」
宰相に促され、国王が重い腰を上げる。そのまま、秘宝である杖を高く掲げた。
黒の宝玉の周りに、電撃が走る様が見えてきた。
王家の雷魔法だ。秘宝の杖は雷魔法の威力を上げる。迸る電撃の数が増えていく。
雷魔法は高火力だ。杖によってより強化された魔法なら、謀反人共を一網打尽にできる。
ナッドがほくそ笑む中、 国王が溜まりきった魔法を解き放とうとする。
刹那、全身に水がかかった。
「何……!?」
冷たい服が肌に張り付いて気持ち悪い。それよりも、この水は出処はどこだ。
濡れた前髪を分けて確認すると、自分達だけが全身濡れている。例外はなく、国王や持つ杖までずぶ濡れだ。
ふと、僅かに香る匂いに濡れた手を口に触れる。
塩っぱい。その意味を理解すると同時に、国王が体勢を立て直して魔法を放とうとしていた。
止める間がない。
反射的に、聖女を引き寄せてから火魔法で自分達を乾かす。
瞬間、放った雷は水を伝い、ナッドと聖女以外に電流が走った。
硬直した状態で絶叫が轟き、肉の焼ける音と臭いが気味悪い。そのまま、一人ずつその場に倒れた。
「いやぁぁぁぁ! テオ、テオォッ!」
「お姉ちゃん危ない!」
駆け寄ろうとする聖女の腕を掴み、制止する。塩水の上に倒れた皆に近寄れば、こちらも同じ末路だ。
こちらの切り札を逆手に取られた。水魔法使いが、塩水を出してきたのだ。
国王は気づかなかったのか。苛立たしいが、それよりも反乱の群衆がもうそこまで来ている。逃亡が先だ。
幸い、聖女が無事だ。
貴重で、魅力的で、愛らしい聖女がいれば立て直せる。
「お姉ちゃん、こっち!」
「でも、テオが……」
「後で!」
渋る聖女の手を引き、走り出す。背後で国王達が捕まった気配がしたが、無視した。
王都には、王家と四大侯爵家しか知らない非常通路はいくつもある。その内、一つを使って走り続ける。
狭く暗い道だ。非常用だから仕方ない。
「ナ、ナッ君……もう、疲れたよぉ……」
「もうちょっと頑張って!」
「でもぉ……!」
弱音を吐くだけの聖女を叱咤して走らせる。だが、進むに連れて回数が増えていき、段々と頭に来てくる。
この聖女は、状況が分かっていない。逃げなければ危険だというのに、必死になっていない。
気が急いているからだろうか。聖女の行動、言動がいちいち癪に障る。テオ達といた時は可愛いと思っていたが、今ではその気持ちは欠片もない。
その自分の気持ちが、冷静さを失わせている。いい案が思いつかない。いつもなら、今後の身の振り方やテオ達の奪還方法が思いつくはずなのだ。
何もかもが上手くいかない。強く歯を噛み締めた。
「ねぇ、ナッ君ってばぁ」
「弱音吐かないで走ってよ!」
「何ですって!? こっちは疲れてんのよ! あたしは聖女よ! なんでこんな薄暗い通路走んなきゃなんないのよ!」
ナッドの手を振りほどき、聖女はその場に座り込んだ。
息を荒らげながら頭を掻き毟る姿は、可愛いから程遠い。
どうして、この様な女が好きだったのか。自分の事だが、分からない。
聖女は癇癪を起こして叫び続ける。うるさい。このままでは追っ手に気づかれる。
「ちょっと、黙っ」
「うるさいうるさいうるさい! あたしは聖女よ! 指図しないで! テオを助けないと! もう動きたくない! 嫌よ! 嫌よ! 嫌よ!」
喚き散らす聖女に、ナッドは拳を握りしめる。もはや、聖魔法以外に取り柄がない女だ。
荷物でしかないから置いていきたいが、敵に聖魔法を渡したくない。
どうするべきか。いい案が出てこない。それがまた気持ちを急かす。
「どうすれば……どうすればいいんだ……?」
いつもなら、もう案が出ているはずだ。自分の頭脳は、こういう状況下でも冷静に思考する。
それが一番の取り柄で、自慢だ。
「何でだよ、何でだよっ!」
憤りと共に壁を殴り付ける。鍛えていないナッドの手には固く、ジワジワとした痛みが手の甲に走る。
その間も、目の前の女は癇癪を起こしている。煩い声の中で、何かが響く音がする。
近づいてくるそれが追っ手の足音だとわかり、ナッドは頭を抱えてその場に蹲った。
ナッドの思考低下と、ヴァネッサへの思いの変化。
種明かしはこの後で。




