40.クリストフ視点
ヘンドルスト国にビーの存在が知られると、計画はその場で破綻だ。
それを防ぐべく、『速達』というスキルを使っている。指定した相手に、手紙限定で即座に送れる物だ。品が限定されている分、適正範囲が広い。
ビーの魔力量を使った結果、使用回数はクリストフの返信も含めて百に近い。お陰で、互いに近況の更新が速い。
だが今、ビーが執務室に『転移』してきた。
相当、重大な事が起きたようだ。クリストフは唾を飲む。
視界の端で、ディルムが微振動を起こしてザックスに押さえられていた。
三人を見渡したビーは、たった一言を恐る恐る口にした。
「フィーちゃんが、捕らえられたネ」
瞬間、強く叩きつける音が響いた。視線をずらせば、ザックスがディルムを拘束していた。床に倒し後ろ手に縛り上げる。
罪人を捕縛する時と同じだ。違う点は、普通の罪人よりもディルムの抵抗が激しい所だろう。
「フィアァァァ! フィアァァァ! フィィィィィィィィィィィィィアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
あらん限りの大声を出し、自由に動く部分を大きく左右に振る。不気味な未知の生命体のようだ。
捕縛には慣れているはずのザックスが苦戦している。だが、必死で取り押さえてくれている。
少しでも気を許して逃したら、ディルムはヘンドルスト国にクロスボウ両手で乗り込むだろう。
そこに何の策も思惑もない。ただ、愛する女への熱情だけがその身体を占める。御伽噺なら囚われの姫を救い出してハッピーエンドだが、現実は甘くない。
ディルムが亡くなったと知れば、フィアンナは死出を追う。そうなればヘンドルスト国に都合がいい話が広められ、こちらに残るは喪失だけ。
考えうる限り最悪の未来だ。避けなければならない。
この中で、ビーに事情を聞ける者はクリストフのみだ。乾く口を唾液で湿らし、声を出す。
「フィアンナが捕まっただぁ? 計画は順調って話だったろ? 何があった?」
「簡単に言うと、愛に殉じたネ」
「さっぱり分からねぇ。時間かかってもいーから、詳しく説明しろや」
「ハオ!」
クリストフの返答に、ビーが詳細を話す。元より、あの一言で通じるとは考えてはいないようだ。
順を追って聞かされる内容は、分かりやすく整理されている。
フィアンナが捕縛、後に投獄された。
一昨日の明朝、学園に登校直後の事らしい。蜂の巣をつついたような騒ぎの中、仰々しく連れて行かれたという。
罪状は国家転覆罪。計画が漏れたかと冷や汗が出たが、違うようだ。
四大侯爵の一人が魔力暴走を起こした件で、国の対応に不安がる民を再び手中に収める為らしい。
『異端』と呼ばれている魔力暴走が、フィアンナによる外の国の策略によって引き起こされた。よって、元凶を断ち無念を晴らす。
そういう噂が、王都では広まりつつあるそうだ。情報操作だけは素早い連中である。
最も、魔力暴走の原因や治療を知らないヘンドルスト国においては、この茶番の真実味が強い。
何も知らないで訪れるかもしれない異常が、人為的な物であるとわかれば安心できる。
実際、実の娘によって引き起こされた魔力暴走だ。変な所が当たっている。
しかし、人為的に魔力暴走が起こせるとは初耳だ。ビーの目が輝いている。
「まさか魔力を注いで魔力暴走を引き起こすとはビーは考えもしなかったネ、でも理論的に考えればすごく納得できる流れで親子という血の繋がりがより流しやすくしたと思うヨ、それでも他人の魔力が体内で馴染むにはロスがそこそこ出るからよっぽど相手の魔力容量が少なくてこっちが多いと考えられるネ、それに加えて」
「そこ今重要じゃねーだろ。飛ばせ」
「ロマンがわからない男ネ!」
「うるせーな。んなもんなくても困んねーだろ。むしろ話進めねーとディルム的に困んだよ」
未だにグネグネと脱出を試みるディルムを指す。あまりにも気持ち悪い様子にビーは顔を引き攣らせ、話を戻した。
建国以来とも言える程、足場が不安定なヘンドルスト国。成功人生だけを歩んできた権力者達が、回復に何をするか分からない。
改めて気を引き締めたらしいが、フィアンナが凡ミスを犯した。そこを突かれて、罪人に仕立てられたという。
凡ミスとは、敵対する異性にフィアと呼ばれて激昂した事。
聞いた途端、ディルムの挙動が一瞬で止まる。そのまま倒れ込み、地面に接した顔面から涙の水溜まりを形成し始めた。
別の意味で気持ち悪い姿を眺めつつ、クリストフは苦い顔をする。
傍から見ればくだらない凡ミスだが、フィアンナとディルムにとっては譲れない点である。
フィアンナをフィアと呼べる相手はディルムだけだ。
何故なら、フィアンナにとってその愛称は、初めてディルムから貰った記念すべきプレゼントだからだ。
それ故に、ディルム以外から呼ばれる事を酷く嫌う。義両親たる男爵夫婦やビーからでさえ、呼ばれれば多少でも顔を顰める程だ。
敵対相手から呼ばれたとなれば、その場で物理攻撃に出てもおかしくなかっただろう。あるいは、嫌悪感からの嘔吐。
友人が傍にいた手前、無茶は出来ないと分かっていたようだ。だからこその激昂による暴露に至ったのだろう。
「びぃばぁ……ぼぶぼばべびぃ…………!」
「言葉になってねーよ」
「涙の海に溺れてるネ、これ」
「……呼吸、出来ているか?」
「べびべぶ……びぃばぁぁぁぁあああああ!」
自分で作った涙の海でまともに話せていない。おまけにまだ嗚咽を漏らしている。
それ程、フィアンナの愛が感極まったようだ。死ぬ心配がないなら、このまま放置でいい。話が簡単に進む。
「事情は分かった。そっちの様子は?」
「レナちゃん、ベアちゃんは落ち着いてるネ。その場にいたから、予測ついたらしいヨ。フィーちゃんにも説明したらしいネ。だから、フィーちゃんも慌ててなかったみたいヨ」
「協力者達はどうだ?」
「そっちはプチ混乱ネ。でも、レナちゃん直筆で手紙書いたヨ。ビーがすぐ届けたから、落ち着くはずネ」
「処刑か……参ったな、クソが」
クリストフは頭を掻きむしる。ヘンドルスト国内の方が、内情が分かるだけに賛同者は高い。
対して、こちら側はあまり進んでいない。時間の余裕はまだあると焦っていなかったが、フィアンナの処刑というタイムリミットが突如現れた。
慢心からのツケが回ってきてしまった。
「……最悪、俺の『スキル』使えばとっとと済むな」
「馬鹿を言え。フィアンナ嬢奪還に時間をかけているのは、他国との軋轢を避ける為だろう? それを無に帰すどころか倍の悪影響にするつもりか?」
「そりゃそーだけどなぁ……」
「確かにネ。正当な理由ないと、クリスの『スキル』は逆効果ヨ。でも、なる早でお願いしたいネ。だから、二人の絵姿持ってきたヨ」
「……意味あんのか、ソレ」
「男ってのはネ。美人に弱いヨ」
世界の真理を突いたと言わんばかりに、表情を格好よくして言いのけた。
つまりは、美しい女性への支援と下心につけ込む作戦だろう。
愛の暴走は脳内で考えてると楽しいですが、文章に書くと勢いが減ってしまう所が難点です




