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アズレイア侯爵家は王家より離れる。
名誉ある四大侯爵という地位は捨てる。
ベアトリスが宣言したのは、王城で襲爵の言葉を授かっている時だという。さぞかし、集まった貴族達の面食らった間抜け面が壮観だっただろう。
我に返った王家と残りの侯爵家が罵るも、平然としていたらしい。
喚いているのは、この国の象徴達。言わば、負の塊。ベアトリスはそう思いながら、毅然と反論を始めたという。
『でも、皆様は、先代を、見捨てました』
前侯爵は信じていた。今まで尽くしてきた王家は、信頼する四大侯爵の仲間達は、自分を見捨てない。
だが、現実は非情だった。
『大人の異端』という初めての現象にも関わらず、相手が貴重な魔法使いにも関わらず、淡々と処理をした。
それは、『異端』となる原因を調べるチャンスを潰したにも等しい。
また、『異端』となったらどんな地位も、関係なく処理すると示したにも等しい。
全ての状況を合わせれば、誰もがなりうる『異端』を避ける術はなく、怯えながら暮らしていく。
なった場合は、殺されるのを待つだけになる。
国民全員が死刑を待つ囚人に近しい。精神の不安は治安の悪さに繋がり、更なる不安を呼ぶ。
そうなった時、散々尽くしてきた前侯爵を見捨てた国の上層部は、容赦なく自分達より下を切り捨てるだろう。
結果が地獄絵図でも、自分達に被害がなければ構わない。その精神が、既に滲み出ている。
『まして、土魔法が使えない、出来損ない、ですから。捨て駒、矢面、囮。使い捨てられる、前に、離れます。同時に、同じ思いを持つ方の、保護を、宣言します』
それだけ言って、ベアトリスはそそくさとその場を後にしたらしい。
とんでもない行動力だ。同じ思いとは、王家や元四大侯爵に否定的な意見を指す。
強固な一枚岩だった国のトップ、その一角が反旗を翻した。どこもかしこもこの話で盛り上がり、中にはお祭り騒ぎの所もあるらしい。
取り締まるべき領主や私兵達も、思う所があるようで鎮静化が出来ていない。
逆に、王家達を支持する貴族達は神経を尖らせている。少しでも触れれば危険だと、傍目で分かるほどだ。
「しっかし、ベアちゃんよく無事だねぇ?」
「当たり前、でしょ? この状況で、始末したら、全部事実ですと、言っている、様なもの、だから。四大家は、手出しできない。多分、悔しさで、爪でも、噛んでそう」
「爪だけで済めばいいですわねぇ。世論も真っ二つ。こんな悪い状況、建国以来ありませんわよ。部屋中の家具を壊していそうですわ」
レナータがため息をつく。五大家が絶対的存在という先入観を持ったまま、疑問視して生きてきたのだ。
その大前提を、ベアトリスはいとも容易く粉砕した。衝撃は計り知れない。この国に来て数ヶ月のフィアンナでさえ、目玉が飛び出そうになった程だ。
未だに衝撃が抜けきらないレナータを横目に、フィアンナは自分なりに現状を理解して、拳を天に掲げていた。
保守的な考えをする貴族側はボロボロ、ビーやクリストフ達の根回しが進むこと間違いなし。最高の状況だ。
口元を緩めつつ、フィアンナはチョコムースを掬ってベアトリスに差し出した。先程のお返しである。
それにベアトリスは大袈裟に跳ね、恐る恐る口に運ぶ。咀嚼し、ふにゃりと破顔した。
可愛いの権化だ。国を混乱させた張本人とは思えない可愛さ、これがギャップというものか。フィアンナは満足気に頷く。
小さなため息が聞こえ、レナータが改めて声を出す。テーブルの上はほぼ片付いた。終わりにするべく、話を進めるようだ。
「さて、ベアトリス嬢。先程お話した内容ですけれど、問題ありせんわね?」
「はい。そのつもりが、なければ、宣言なんて、しません」
互いに淑女の微笑で見つめ合うレナータとベアトリス。思わず生唾を飲み込んだ。
フィアンナが意図的に隠していた革命の計画を、ベアトリスに話して改めて協力を得る。今日のお茶会のメインはそれだ。
誰かに聞かれないよう、店員の一人に『暗示』を掛けて階段を見張らせている。外からは通行人に見つかる為に不可能。
盗み聞きが限りなくできない状況で、既に話しあっている。
やはり、ベアトリスは『スキル』を使えていた。ビーのように確定は出来ないが、『軟化』と呼べるだろう。
時間を見て、ビーはベアトリスに会いに来る予定だと言っていた。『抽出』した『転移』が大活躍である。
その話の時にはレナータはザックスへの愛を語り、フィアンナも負けじとディルムへの愛を語った。ベアトリスを置いてけぼりにして申し訳ないと思うが、後悔はしていない。
「今後も上手く立ち回ってほしい。蜂蘭様からの言付けですわ。今が絶好の機会ですもの。慎重かつ速やかに行動する必要がありますわよ。すぐに動けるよう、連絡手段は蜂蘭様がご用意なされておりますわ」
「わかり、ました」
「フィアンナもですわよ?」
「はい、もちろんです!」
最大の好機。フィアンナにも理解できる。元気よく返事を返した時、下からベルの音色が響いた。
塞翁が馬




