34.ベアトリス視点
形勢逆転
部屋半分を埋め尽くす巨大な茨の生垣、その中央に捕らわれたご当主様。何も知らなければ、そう見える光景となった。
自分の意思とは関係なく這いずる茨に、ご当主様が苦悶の表情を浮かべる。
「ぐ、ご、お…………何、だ、これは………………」
「……『異端』」
この国においての真実を言葉にすれば、ご当主様は青ざめてベアトリスを見下ろした。
何年ぶりかに目が合う。もはや、嬉しいという気持ちも生まれない。
「嘘だ! 嘘をつくな愚図! 『異端』は生意気なクソガキがなるもんだ!」
「でも、今のご当主様は、どう見ても、『異端』、です。由緒ある、アズレイアの、土魔法が、使えない、愚図が、産まれた、みたいな、ありえない事が、また、起きました、ね」
ここにいた時の様に、たどたどしく口にする内容は、ご当主様が口煩く言っていた話だ。
ほんの少しの意趣返しだが、何かに気づいたらしい。目を釣りあげ、ベアトリスを睨みつける。
「何かしたのか、この役立たずが!」
「役立たず、ですから、何も」
「……そうだ。役立たずのクセに、私に渡したあの力は何だ!? アレか!? アレが原因か!?」
「……言っても、理解、してくれない、と、思います、が」
「やはり何かしたのか! サッサと言えノロマ!」
この状況でも、ベアトリスを責める姿勢は変わらない。心の奥底まで、すっかりと五大家理論で染まったご当主様だ。
無駄だと思いつつも、ポツポツと事実を伝える。
「他国の、話を、聞きました。『異端』は、魔力の、暴走で、個人の力が、勝手に、発現する、状態、です」
「他国だぁ!? そんな下等な奴らの話なんぞ、高貴な私に関係あるわけなかろう!?」
「だとすれば、魔力が、低い者に、魔力を、与えれば、同じ事が、起きる、はず。現に、今、起きました」
「ふざけた事をぬかすな! 意図的に『異端』を引き起こすなど不可能だ! 第一、土魔法も使えない愚図が魔力を持つはずないだろ!」
「魔力は、誰でも、あります。魔法が、使える人は、僅か、ですが、魔力が、なければ、ここに、生きていません」
「はぁ?」
ベアトリスの言葉を、ご当主様は本気にしていない。本当に分かっていないようだ。
何かあった時に売れると、ご当主様は傷が残るような暴力はしない。専ら、殴る蹴るの殴打を続けた。
素手で、杖で、魔法で、鞭で。ひたすらに叩きつける。
機嫌が悪い時など、階段や二階以上の窓から放り投げられた。
これだけ、激しい暴行を繰り返しておいて、打撲だけで済んでいる方が可笑しいのだ。
通常なら何ヶ所も骨折しており、運が悪ければ死んでいる。
ベアトリスに興味が無いから放っていると思っていたが、単に気づいていなかっただけらしい。
ベアトリスはため息をつくと、自分の二の腕を逆の手で掴む。そこに魔力を集めてから、掴む部位を指先にして力を込めた。
反対方向に腕が曲がる。痛みもなく、折れもせず、皮膚が破れてもない。
ご当主様の様に何かに置き替わった訳ではなく、人間の腕そのままで半分に折り畳める。
それを見たご当主様は、悲鳴を上げた。恐怖に引きつった顔では、悲鳴は小さな声にしかなっていない。
「ばけっ、化け物っ! いや、『異端』! 役立たずの愚図の上『異端』だと!? どこまでアズレイア家も汚す気か!?」
「ふふっ。他の人達には、ご当主様と、どちらが、『異端』に、見える、でしょうか?」
この屋敷について、初めての微笑を浮かべてご当主様を見つめた。
四肢が茨となったご当主様と、見た目は普通のベアトリス。
ご当主様がベアトリスが『異端』だと叫んでも、『異端』が錯乱して叫んでいるとしか思えないだろう。
やっと自身の状況を正しく理解したようで、ご当主様は言葉を失った。青ざめたまま、口を開閉するだけ。
情けない姿に苦笑しつつ、ベアトリスは視線を動かす。
背後のドアの斜め上に設置された、緊急事態の時に使用人を呼び出す為のベルだ。
警戒心が高い、悪く言えば臆病者のご当主は、内外どちらから侵入されても応援を呼べるようにしている。
真下に移動してちかくにある杖を取れば、ご当主様の命令が飛んできた。
「おい馬鹿止めろ! このまま呼んだら直ぐに殺されるだろう!?」
「『異端』は、すぐに、処理、しないと、ダメです、よね?」
「わ、私は違う! そそ、そうだ! とりあえずは使用人達にこの部屋の立ち入りを禁止しろ! その後、国王様や他の当主達に連絡するんだ! 秘密裏だぞ!? 私の名前を特別に使わせてやる! 国王様達は私を見捨てないはずだ!」
土魔法使い、四大侯爵家当主。その地位から、助けが来ると信じているようだ。モンチェ辺境伯での話を聞いた後だと、その信頼も眉唾物だ。
だが、ベアトリスは胡散臭さを隠し、微笑のままご当主様を眺める。反応がない事に、ご当主様は訴えの手を変えた。
「お、親子だろう……!? 血の繋がった、唯一の父だぞ……!? そんな私を、見捨てはしないだろう……!?」
弱々しく情に訴えるご当主様。威厳よりも、プライドよりも、命を優先する様は滑稽としか思えない。
ベアトリスの怯えていた過去が風化していく。恐れも、愛を乞う気持ちも、最早ない。
「親子、ですか?」
「そうだ!」
「そう、ですか……親子、ですから、ね」
ご当主様の顔に生気が宿る。希望が見えたからだろう。
そんなご当主様に、ベアトリスは更にニコリと微笑んだ。
「なら、名前を、呼んで、ください。ヘイダス・アズレイア、お父様?」
問いかけに一瞬、顔を輝かせた。だが、直ぐにその顔は曇り、冷や汗を流し始める。
ご当主様、もといヘイダスの口は動くが、声になっていない。
愚図、役立たず、その他もろもろ。
土魔法の適性がないと分かってから十数年、蔑む名称でしか呼んでこなかった男だ。
やはり、ベアトリスの名前を覚えていないようだ。
それを悲しいと思う気持ちもなく、あるのは愚かな男という哀れみだけ。
ここまで吹っ切れたのは、フィアンナとの出会いのお陰だ。
五大家で差別された子だから、フィアンナとの今がある。
そこだけ感謝をして、鐘を鳴らした。
罵倒、懇願、ヘイダスが叫ぶ声は、鐘がかき消してくれた。
その日、アズレイア侯爵邸は混沌に包まれた。




