33.ベアトリス視点
馬車の中で、振動がベアトリスを突き上げる。その分、速いから文句はない。
辻馬車の御者にご当主様の手紙を見せ、一番速い馬車をお願いした。効果は絶大で、通常なら一日の屋敷に半日で着く馬車を借りられた。
その中に座りながら、ベアトリスは自分の手を見下ろす目線の先に合わせ、身体の中の力を集めた。
恐らく、これが魔力。
今まで、父の暴力から護ってくれた力。
『スキル』と呼ばれる力の源。
いつの頃から使えていたか、もう定かではない。
この力がなければ自分は死んでいた。それだけは分かる。
血縁上の父は、土魔法の使えないベアトリスをストレス解消物にしか考えていない。よくて、地位を上げる為の操り人形と言った所だ。
ベアトリスの母は、自分を産んでから体調を崩すようになった。元々、身体は弱かったらしい。
そこに無理させて子を産ませて、役立たずを産んだと暴言を吐く地位の高い夫。
あっという間に寝たきりになり、ベアトリスへの呪詛を残して亡くなった。
暴力暴言の父であるご当主様、それに追随する使用人達。
まともに会話もせず、何もさせず。聖女の登場とその立ち振る舞いに、ベアトリスの性別すら罵っていた。
只ひたすら恐怖に耐え、何が悪いか分からずとも謝罪をするだけの日々。よく分からない力に頼らざるを得ない日々。
でも、今は違う。
フィアンナ。幼少期に攫われ、王家や他の侯爵家が見つけ出したワーキン侯爵令嬢。
他国かぶれの下賎な令嬢だと、ご当主様は嘲笑っていた。
だが、実際のフィアンナは強く、輝いている人だった。
王家や聖女に真っ向から対抗し、否定し、主張する。圧倒され、フィアンナから距離を取る相手の情けなさが際立つ。
フィアンナは優しい。慣れていないベアトリスの拙い話し方を笑わず、対等に会話してくれた。おかげで、だいぶ改善された。
フィアンナの行動を見て、五大家にいい印象を持っていない令息令嬢が、ベアトリスに話しかけてくる。
それがどれだけ嬉しい事か、ベアトリス本人にしか分からないだろう。
そして先日。フィアンナが抱える真実を全て教えてもらった。他国はとても素晴らしい場所で、この国がとてもくだらない場所。
よく分からない力が『スキル』と呼ばれ、魔法は珍しいだけの存在。『異端』はただ、力が暴走しただけの子供。
フィアンナの強さは、恋人への愛によるものだ。とてもとても、羨ましい。
その人の元に帰る為、フィアンナは五大家を崩そうとしている。
どちらを優先するかなど、比べるまでもない。
「アンナちゃん。頑張る、よ」
どれだけ役立たずだろうと、流れるアズレイア侯爵家の血は貴重な物。
その理屈の元、ご当主様はベアトリスが逃げる事を良しとしない。逃走したベアトリスを連れ戻そうとするだろう。
それならば、元を断っておく必要がある。
「ご当主様がお待ちです」
久しぶりの屋敷も使用人も、酷く冷たい。いつも通りだと、とっとと先を行く老執事の後を追う。
一際豪華な扉の前で、老執事が許可を得て開ける。中に入ると、ご当主様が冷たくこちらを見下ろしていた。
皺が刻まれた顔は歳を思わせるが、自慢であるブラウンの髪は艶がある。
隣には、知らない少年が同じ様な顔で立っていた。十歳位で、アッシュブラウンの髪にブラウンの目。誰か、などと考えなくてもすぐに分かった。
「さぁ、エリオット。このグズにお前の素晴らしい力を見せておやり」
「はい、父上」
聞いた事のない優しい声色で、ご当主様は少年に話しかけた。直後、ベアトリスの足元がぬかるんだ。
バランスを崩した胴体に、硬い棒が次々と突き立てられる。
「……っ!」
貫こうとする勢いは、そのまま鈍い痛みへと変わる。痛くて苦しくて息が詰まる。
しかし、声を出してはいけない。出すと余計に酷くなるからだ。
ご当主様と少年の楽しげな笑い声が聞こえる。土魔法で床を細くし、自分に当てているようだ。
先が丸まっているのは、死なれると面倒だからだろう。
連撃が終わると共に、ベアトリスはその場に倒れ込んだ。全身が痛む。
「いい気味だなぁ? 私の血を引くクセに魔法が使えない役立たずが! 聖女様の下僕にと私の口添えも無駄にしおって!」
吐き捨てられた言葉で、入学式のあれは聖女のパフォーマンスだと察した。
自分の傍にベアトリスは要らないと、擦り寄ろうとする気持ちを見せるなという意味だったようだ。
フィアンナと出会わなければ、ご当主様に言われた事が出来ないと嘆いていただろう。
「父上、もういいじゃないですか。これからは、僕が侯爵家を更なる高みに導きますよ」
「おお、エリオット! 私の愛する子! なんて心強いんだ!」
「当たり前ですよ。『異端』の可能性も消えて、僕には父上の跡を継ぐ権利があるのですから!」
やはり、少年はご当主様の実子らしい。ベアトリスの二の舞は踏まぬと、先に種を撒いていると風の噂で聞いていた。
『異端』、つまりは魔力暴走の可能性がなくなったから、改めて引き取ったのだろう。
ベアトリスを呼び戻した理由も、簡単に想像が着く。
「さて、目障りな役立たずは要らん。私との縁を切った後、縁戚に嫁げ。異論は認めん」
「その血を有効活用できるんだから、父上に感謝しろよ?」
どこに感謝する要素があるか、全く分からない。この人達とは相容れないと、再確認した。
紙をめくる音がする。アズレイア侯爵籍の放棄には、ベアトリス本人のサインが必要だ。
その為だけに、ベアトリスを呼び戻したのだ。
アズレイア侯爵家だけじゃない、広い世界を知った。
虐げるご当主様だけではない、優しい人達に出会った。
ベアトリスは変わったのだ。それを、この人達は知らない。
質のいい靴が近づいてくる。ご当主様の物だ。書類にサインさせるべく、ベアトリスに近づいている。
土魔法適性はあるが、あまり使わないご当主様。他の当主や国王のように使えない事がコンプレックスらしい。
推測になるが、魔力量が少ないのだろう。
距離を見計らい、ベアトリスはばっと手を伸ばした。
ご当主様の足首を両手で掴み、自分の魔力を一気に流し込んだ。
「無礼も、お、おおおおおおおおお!?」
ご当主様の声が勝手に触った事への怒りから、困惑へと変わった。ベアトリスは無視して、魔力を流し込む事に集中する。
全身を駆け巡る力に、ご当主様は歓喜した。少年を見やることなく高笑う。
「何だこれは!? 素晴らしい! 活力が全身を駆け巡る! この力があれば! 私の地位は! 名誉は! ははっ、はははははははははははははははははははは!」
沸き立つ力に、ご当主様の高揚が止まらない。狂ったみたいな高笑いだけが響く。
その数秒後、肉が破裂する音が高笑いを止めた。
水気を帯びた塊がいくつか落ちて、不快な臭いを放つ。頃合だと手を離し、痛む体で起き上がった。
目前のご当主様はこちらに目もくれず、目が取れそうな程に見開いて肩を凝視している。
肩から先、腕が消えていた。代わりに、何十本もの茨が絡み合って、塊となった物が生えている。
ご当主様から生えた茨は壁まで伸び、それでもまだ先を求めて成長を続ける。
枝分かれし、壁を這い、天井も這い、隙間なく伸びていく。
異様な光景にご当主様は恐怖し、言葉を無くしていた。少年の姿が見えず、一部の茨が赤く染まっている事から巻き込まれたようだ。
ベアトリスはゆっくりと後退する。目の前でご当主様の脚も破裂し、茨の塊が同じ様に伸びてきた。




