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恐る恐る隣を見れば、美しい微笑のベアトリス。その目は真剣そのもので、全部透かされている気分だ。
「昔から、ご当主様の気分を、察してきたから。アンナちゃんが、沢山隠していること、わかるの」
「え、えーと……」
「言い難いこと? なら、きっと、五大家の威光が、今までの生き方が、意味ないこと……」
「べ、ベアちゃん……?」
「でも、知りたいの。アンナちゃんみたいに、堂々として、キラキラ輝きたいの。外の国を知ってるから、五大家が意味ないと知ってるから、アンナちゃんは輝いてる。そうでしょ?」
小首を傾げながら、的確に図星を突いてくる。
たらりと汗が流れてきた。
庇護欲をそそられる見た目に、フィアンナも惑わされていたようだ。
芯が強く、観察力に優れていて、物事を組み合わせて答えを導く頭の良さ。
秘めていたポテンシャルが強すぎる。五大家の嫡子でなければ、魔法が使えないなど些細な点になっていたはずだ。
そして、それ程の相手を丸め込むなどフィアンナには不可能。いずれ、言わなければいけなかった事だ。
ただ、時期が急に来て驚いているだけ。自分に言い聞かせる。
「……かなり長くなるし、五大家全否定だよ? 覚悟はいい?」
「勿論」
最終確認も済ませ、フィアンナは改めて語り始めた。
そもそも、フィアンナが他国にいた理由と戻ってきた理由。
他国の常識とこの国の違い。
魔法と『スキル』の在り方と、『異端』の真実。
周りを警告しながら、やんわりとした言葉を選んで告げていく。ベアトリスは微笑みを崩さず、静かに聞いている。
だが、横目で見た華奢な手が震えていた。やはり怖いのだろう。
その様子に口を閉じかけたが、ベアトリス本人に促されては止められない。
「……と、こんな感じデス……」
「アンナちゃん。全部」
「いや、これが全てで」
「全部、だよ。お願い?」
手を前で組んで、目を潤ませて懇願するベアトリス。
真っ直ぐ目を見つめられては、フィアンナも覚悟を決めるしかない。
フィアンナが元の国に戻る為、水面下で行っている事。
モンチェ辺境伯領で進む、打倒五大家計画。
その集まりの象徴として、ベアトリスに立って欲しいという願い。
だが、実際に会って、危険な所に巻き込んでいいかという悩み。
更なる警戒をしながら、フィアンナは自分の知る全てを話す。
そこに、ベアトリスへの自分の想いも乗せる。
話している内に、自分の気持ちにも整理がついた。革命の象徴にという打算は既に消え失せ、フィアンナにとっては純粋に親しく過ごしやすい友人である。
「本当の事を言えば、ベアちゃんが怒ったり悲しんだりして、私を嫌いになるんじゃないかって……私、それが怖かったんだと思う…………ごめんね…………!」
心からの謝罪の後、二人の間に無音が走る。何を言われるか、どう反応されるか。心臓が痛い。
身構えるフィアンナに、ベアトリスは思いもしない言葉を告げた。
「教えてくれて、ありがとう。アンナちゃんを、嫌いになんて、なるはずないよ」
「ほ、本当……?」
「うん。アンナちゃんは、憧れの姿なの。学園に入って、視界が広くなって、皆優しくて……今までの生活が、おかしいと、思っていた。だから、アンナちゃんの話が、腑に落ちたの」
そう言って微笑むベアトリスは、先程よりも明るい感じがする。こちらの後ろめたい気分が無くなったからか、相手の悩みが消えたからか、フィアンナには分からない。
忘れていた飲み物を口にして、ベアトリスは小さく息をつく。そのまま、バッグから何かを取り出して差し出してきた。
白い封筒だ。
受け取ると封は開いており、便箋が入っている。読めということだろう。そう納得して便箋を取り出して開き、フィアンナは目を見開いた。
すぐに帰ってこい、役立たず。
上質な便箋に、荒々しい心情を表すような一文。
差出人がベアトリスをどう扱っているか、嫌でもわかってしまう。あまりにも雑すぎて、段々とイラついてくる。
「これ、酷すぎる……!」
「アンナちゃんなら、そう言う気がした。ご当主様から、今朝、届いたの。聖女様の下僕になれ。その命令を、無視したから……」
「無理でしょ!? そもそも、せーじょ様の方から先制パンチしてきたじゃん! アレで仲良くなれと!?」
「違うよ、アンナちゃん。どんな扱いでも、聖女様の傍にいろ、そういう意味。家の地位の為、力がある人に、這い蹲れって」
とんでもない話だ。強く握り締めてしまい、封筒が少し歪む。
アズレイア侯爵。噂で聞いていたよりも、ベアトリスに対する扱いが酷い。
フィアンナは憤りで地団駄を踏む。だが、ベアトリスが手を掴んだことで我に返る。
怒るべきはフィアンナではなくベアトリス。便箋を戻し、封筒を返す。ベアトリスは相変わらず、落ち着いているように見えた。
「……ベアちゃん、これは無視一択じゃない?」
「無視、していたよ? これ、三通目だから。だから、もう、引き伸ばせない、かな?」
「でもこれ、絶対ヤバいよね? あ、レナータお姉様に相談すれば……!」
「でも、根本的な解決では、ない。だから、アンナちゃんの話が、聞きたかったの」
繋がりが分からない。首を傾げるフィアンナに、ベアトリスは小さく微笑んだ。
「アンナちゃんと同じ。元を断たないと、意味がないの。だから、お話で、勇気を貰った。だから、大丈夫」
どういう事だろう。よく分からないまま、お茶会は妙な空気で終わった。
その意味を正しく理解したのは、数日後だった。
次回、覚悟を決めたベアトリス視点




