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第1ラウンド、ファイトッ
その言葉に反応し、ベアトリスが固まった。拍手の音が止み、静かになった場で性女の芝居が続く。
「ねぇ、テオォ? 確か、アズレイア侯爵の子供って今日入学だよねぇ? 席が足りないんじゃなぁい?」
「ハハッ、ネーサは変わらず優しいのう。致し方ないのだ。彼奴の娘は魔法適性がない。五大家の面汚しだわ。のう、皆の者」
「殿下の仰る通りです。全く、どこぞで野垂れ死ねばいいのに」
「ニル兄も悪い人だね! アズレイア侯爵のお家事情を考えれば、どんな無能でも放り出せないでしょ!」
「ホントそれな。ヴァネちゃんも気にしないでいいよ。魔法が使えないとか、それだけでアウトだし」
「え〜? すっごく大切な事なのに、それが出来ないって意味ないねぇ? 親からちゃんと役目受け継がなきゃダメだよ〜」
「ネーサはよう分かっとるのう。流石、我の恋人だわ」
「えへへ〜」
酷い三文芝居だ。ゲラゲラと笑いながら、次々と悪意しかない言葉が出てくる。最悪の連中だ。
何度かこちらを見ていたから、ベアトリスがいる事を把握していてわざと続けた。その視線も悪意も華奢な身体で受け、ベアトリスはただでさえ白い肌を悪くして震えている。
許せない。ここで口撃せず放置し、敵意を超えた殺意を抱えていられる程にフィアンナは腹芸ができない。
スっと立ち上がり、あからさまな作り笑いを浮かべて声を上げた。
「なら、せーじょ様の聖魔法は使っちゃダメですね! ご両親は魔法使いじゃないんですから! 私には関係ないですけど! だって私、平民ですから!」
会場内にフィアンナの楽しげな声が響く。それに舞台の五人は一斉にこちらを見て、屑野郎が真っ先に顔を歪めた。
「フィアンナ! 貴様、何を言っている!? 聖女様を貴様如きが愚弄するな!」
「妹として無理やり連れ帰った割には扱い雑ですよね〜! 別にいいですけど! 私、平民ですから! 元の国に帰りたいですね!」
「馬鹿な事を抜かすな! 貴様なんぞ、聖女様が致し方なく空けた、王妃の座を埋めるだけの存在だ!」
「私、平民ですから、お断りです! 誘拐! 罵倒! 暴力放置! お貴族様は恐ろしいと身に染みましたからね!」
罵倒する屑野郎に笑顔を崩さないフィアンナ。遠慮などない。
レナータという居場所があるのだから、改めて屑野郎ひいては塵一家に言い返せる。それは王家、侯爵家に対しても同様だ。
「君がヴァネちゃんの代わり? ちょーっと礼儀知らず過ぎない?」
「平民ですから! マナーなんぞ知りませんし! 一人を嘲笑うマナーなんて知りたくないですね!」
「はぁ? 魔法使いじゃない奴なんか、みーんな格下なんだよ? 魔法使いたる俺達が馬鹿にしても当たり前でしょ」
「そんな常識、他国にはありませんね! 私、他国の平民ですから!」
気だるげに注意してきた似非宗教家にも、笑顔を絶やさない。ムッときているのが見て取れる。愉快だ。
舞台の全員が、フィアンナを敵視している。他の席に座る、令息令嬢のざわめきに気づいていない。
そう思っていると、性女が顔を覆ってその場にへたり込んだ。能無し王子が優しく肩を抱き、他三人も駆け寄る。どうやら、性女が仕掛けにくるようだ。
「酷ぉい……何でそんなこと言うの……? あたし、テオの為に、王妃の座を渡してあげたのにぃ……」
「いらないんでお返しします! それに、せーじょ様が言った事じゃあないですか! 親の役目を受け継ぐべきって!」
「何を言うておる。聖魔法使いは突如として現れるのだ。対して、五属性は我ら五大家に受け継がれる力。奇跡的な聖女は保護し、持たざる者を迫害するべきだ。そんな事も知らぬのか?」
「私、平民ですから! そんな常識知らないです! そもそも、他国では魔法は全て突然出てくるものなんですよぉ! 血筋なんて関係ありませーん!」
「高貴な我らと下賎な外国を同じにするでない! 我の妻になるなら、外の考えなど捨てないか!」
「ならないので捨てませんねー! あと気になったんですけど、ぽっと出てくる聖魔法って、異端と同じですよねぇ!?」
ピシャリと空気が凍る音がした。気の所為だが、感覚としては間違っていないはずだ。
聖魔法は浄化を主とし、五属性に当てはまらない魔法だ。
勿論、スキルとは別物である。しかし、この国ではスキルの存在は確立しておらず、異端として忌み嫌われ処理される。
五属性魔法以外の力を使う者とすれば、聖女も異端も同じに分類できる。
この国限定だが、国民の誰も思いつけない考え。だが、一度思いつけば脳裏から離れないだろう。
現に、段々とフィアンナの周りで囁きあう声が増してきた。国の歪みをはっきりと声に出され、混乱している様がわかる。
ふと、性女が顔を上げた。鬼の形相と言われてもおかしくない姿に、思わずビクッと身体が跳ねる。
「ふっ、ざけんな! あたしは聖女、あたしは聖女! 聖女聖女聖女様! ゴミクズ異端と一緒にするな! ああもうあんたもバカ! 家族とおんなじバカ女だわ! あんたも処刑し」
「お姉ちゃん!」
髪を振り回し暴れて罵倒を吐く性女に、腹黒子供が抱きついた。
まだ暴言を言う口を塞ぎ、振りほどかれないようにしながら能無し王子達を見た。
「ニル兄、ルイ兄! お姉ちゃんは疲れてるみたい! きっと、昨日の浄化に全力だったんだよ! だから、医務室に運んであげて?」
「え、あ」
「わ、分かったよ」
腹黒子供に促され、二人がかりで性女が運ばれていく。立ち尽くす能無し王子に、腹黒子供は何かを耳打ちした。
それを聞き終え、こちらを見据える能無し王子は憂いを帯びた顔つきになった。
「皆の者! 聖女ヴァネッサはこの国の安寧の為、気力を尽くして祈りを捧げておる! どこぞの誰かの所為で、疲労が表立ってしまったようだ! 我は傍にいる故、今日のめでたき言の葉は後の機会にしようぞ!」
それだけ言うと、サッと身を翻して性女の後を追った。続いて腹黒子供も去っていく。
だが、一瞬だけ、凍てつくような瞳がフィアンナを捉えていた。
生徒達のざわめきは止まらない。ただ、聞こえてくる言葉が少し変わった。
「聖女様、すげー乱心してたな」
「気力疲れってマジ?」
「ないない。あれはねーわ」
「あの方の性格なら、噓な気はしますけれど……」
「でも、聖魔法は未知数ですわよ? 何があるか分かりませんわ? 一応は」
「お疲れの聖女様を追い詰めるなんて、ワーキン侯爵令嬢は非道ではありませんこと?」
「本当に。やはり、アテクシが王妃の座を得るしかありませんわよ」
はっきりと性女擁護でフィアンナ批判をしているのは、五大家を敬う家だろう。それ以外でも、まだ見限るか否かの瀬戸際でいる生徒が多い。
しかし、あの変貌っぷりは予想外の収穫だった。
あのまま多くの生徒が一気に離れると思っていたが、腹黒子供に上手くフォローされたようだ。子供の見かけによらず、頭脳は大人顔負けである。
とりあえずは、言い負かして逃げさせただけでヨシとしよう。再び座るフィアンナの手を、不意に白魚のような手が掴んだ。
驚いて振り向けば、恥ずかしそうなベアトリスがこちらを見ている。上目遣いだ、あざとい。
「あ、の………………ありが、とう」
「ンンンンン!」
ふにゃっとした頬染め笑顔。先程までが道化に思える程に効果てきめんである。思いっきり突き刺さった心臓が痛い。
奇声にオロオロするベアトリスを横に、ディルムを思い浮かべて心を落ち着かせるフィアンナだった。
WINNER、フィアンナ




