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儚くて美しい。美の化身。女神の招来。
語彙力が少ない頭の中で、称賛の言葉が次々と浮かぶ。
レナータを大輪の薔薇とすれば、彼女は毒性を失った一輪だけのスズランだろう。
スノーホワイトの髪は長く、先端だけココア色が彩っている。愛らしい顔立ちの中、一際目を引くアメジストのような瞳は伏せられており、この世の悲しみを憂いている聖女みたいだ。
人々が考える聖女像。もはや聖母だ。
彼女こそがベアトリス・アズレイア侯爵令嬢だろう。
この美貌なら、聖魔法使いと言われて納得できる。むしろ、噂の性女が彼女を越えられるとは思わない。
いつまでも凝視できそうだが、目だけで会話など不可能。
軽く息を整え、ベアトリスに近づいていく。
接近に気がついて、顔を上げるベアトリス。不安げな、自信のない雰囲気だ。父親に虐待された所為だろう。フィアンナはにっこりと笑顔を浮かべて簡易的なカーテシーを披露した。
「初めまして、フィアンナ………………ワーキンです」
この名乗りは慣れない。自分はワーキン侯爵家なんぞ知らない、ただの平民だと声を大にして言いたい。
しかし、そんなことをしても無意味どころか悪手になる。本音を笑顔の仮面に隠し、ベアトリスの反応に集中した。
自分に挨拶されていると思わなかったのだろう。ぽかんとこちらを見上げた後、慌てて立ち上がりカーテシーを返す。
「し、失礼しまし、た……ベアトリス・アズレイア、です……何卒、よろしく、お願いします……」
恥じらいつつ、たどたどしく挨拶するベアトリス。心からの笑顔で、悪意など全く感じられない。
可愛すぎる。可愛さの塊に胸が締め付けられた。見た目は聖女で中身は純粋。最強である。
湧き上がる感情を表に出さず、許可を得て隣に座った。
それだけで、控えめながらも喜んでいると見て取れた。一つ一つの動作まで可愛い。
こんな愛らしい少女を暴力暴言その他諸々で害するとは、控えめに言って人でなし。
やはり、この国の王家と四大侯爵は駄目である。フィアンナは改めて強く確信した。
「あ、の…………ワーキン令嬢様………………他の、方と、お話を、した方が……」
「私は貴女様とお話がしたいんです。ベアトリス様とお呼びしてもいいですか? もちろん、私はフィアンナでいいですよ」
「本、当……? 嬉しい…………」
ベアトリスは緊張を解き、控えめに微笑む。その微笑が美しく可愛らしく、不毛の大地に花畑が出来そうな衝撃に襲われた。
思わず胸を抑えるフィアンナを、ベアトリスが心配そうに見つめる。アメジストの瞳に吸い込まれそうだ。
「あ、その、フィ……フィアンナ、様。話、慣れて、なくて……何を、話せば…………」
「ベアトリス様は何故そんなに尊いんですか?」
「尊……?」
口を滑らせた本音に首を傾げる。その姿も愛らしい。天に感謝だ。ベアトリスが話しやすい話題を考えていると、急に照明が落ちた。続いて、壮大な金楽器が響く。
スポットライトが舞台を照らし、上座の袖から悠々と人が出てくる。学生達は拍手で出迎えた。
初っ端に出てきたのは、男女一組である。あれが能無し王子と性女だろう。
優男の雰囲気を出しているが、ターコイズの瞳に傲慢さを隠しきれない男。金髪だが、クリストフと比べたらくすんだ色だ。ターメリックに近い。
その上で、ウエストコートも豪華絢爛に宝石と金色を使っている。目が痛い。
チカチカすると隣に目を避難させれば、痴女が映る。王子の腕を絡め、しなだれかかる女。
聞いていた通り、波打つピンクの髪を二つに縛っている。泣きボクロの色気が発揮しきれない、可愛らしいと呼べる顔立ちだ。
ただ、ベアトリスの後だからか、そこまで愛くるしいとは思えない。それよりも洋服に目が行く。王子の色というのはまだいい。
胸元から足の付け根ギリギリまでしか布がない。肩や裾にはフリルがあるが、レース生地の為か透けている。
娼婦も避ける露出度だ。あれを着けて人前に出られるあたり、神経が図太い。
続いて、青を基調とした軍服姿の屑野郎。
隣には、緑のローブとマントをはためかせた男。
ピーコックグリーンの髪を遊ばせ、耳元には揺れるピアス。
少しどころかガッツリと軽薄な雰囲気の男は、女生徒が多い所へウインクを投げては黄色い歓声を浴びている。
レナータから聞いていた話から、風魔法使いのルイス・パスカル侯爵令息だろう。この国の次期最高司祭という話だが、想像つかない。似非宗教家だ。
最後に出てきたのは、何と子供。三度見してしまった。
よく見て比べれば、前二人が高身長な所為でより小さく見えているだけだった。実際は性女よりもやや低い位だ。
横髪だけ三つ編みにしたガーネットの髪に、ややダボついた赤基調のコート。余った袖口を童顔に被せて歩いているあたり、自分の長所を分かって活かしているタイプだ。
ナッド・ジャクソン侯爵令息。次期宰相と噂されるだけある。腹黒子供だ。
この五人が、権力の象徴。
フィアンナとディルムを引き剥がした元凶。仇敵の存在を、睨みつけながら脳裏に焼き付ける。
場の空気を変えたのは、わざとらしい大声だった。
「あれぇ〜? 土魔法使いの席がないわぁ?」
遂に敵対者登場




