25.クリストフ視点
山積みの書類を、上から順に取っては処理していく。
こちらの提案に賛成を示した国はまだ一国。他の周辺国はまだ、はっきりと答えを出してこない。出方を伺っているのだろう。
クリストフは大きなため息をつき、目頭を抑えた。思っていた以上に、話が進まない。
『誘拐から十年近く放置していたなら、いくら国籍があるとはいえヘンドルスト国民とは言えない。にも関わらず、パラロック国の魔術団に属する者を、本人の意思も周りも関係なく連れて帰った』。
『その者の話によれば、内部は腐敗の温床だ。革命を目指す人々が多いが、実行する為の力が足りない』。
『今こそ、あの古きに囚われた国を変える時だ。我々が支援するべきである』。
そう力説して、自国の国王夫婦を納得させるまで一週間はかかった。
内情を知る相手でこれだ。何も知らない他国の王族相手なら、話す時間も限られている。
元より長期戦を覚悟していたが、骨が折れそうだ。
「そりゃそーか。キレー事で取り繕っても、私情で国ぶっ壊すって話だもんな」
背もたれに全身を預け、天井を見上げる。
並べ立てた言葉は事実であるが、真実ではない。
ディルムは運命の相手を取り戻す為。
ビーはあの国で埋もれているスキルを発掘する為。
ザックスはクリストフの事情を汲み取ってかつ、正義の為。
完全な私情で、一国を混乱に陥れる。その結果が誰もが良かったと絶賛しようと、私情まみれの発端を消すまでにはいかない。
新たな変化を嫌う民もいるだろう。
失敗したら、賛同者全員が亡くなるだろう。
成功したら、甘い蜜に浸っていた者達が呪言を吐き捨ててくるだろう。
その責任は全て、クリストフが背負う物だ。
想像するだけで重たいが、居心地のいい場所を取り戻す為なら軽い。その覚悟も既に持っている。
改めて座り直し、書類に目を通す。すると、勢いのいいノック音とほぼ同時に扉が開いた。
「帰ったよクリス! メイジューン国とイースプル国から賛成の書面を貰ってきたよ!」
「ディルム。ノックの意味知ってっか? つーか、あの二カ国が賛同? 保守的頑固やろーだから時間かかっと思ってたんだが?」
「僕のフィアが如何に厳しい状況か、その所為でどれだけ苦痛を味わっているのか、そんな事を味わう必要のない愛しの人だと語ったら、感動してサインをくれたんだ!」
「うっわぁ……」
満面の笑顔でディルムは報告するが、実際は延々と語られる惚気に限界が来たのだろう。
ディルムとフィアンナの惚気は、耐性があっても気力を削られる程に甘々だ。耐性がないなら、ガリガリと精神が削れる。
更に、説得できればフィアンナとの再会が待っている。頭の回転が速いディルムに、加速装置を付けたようなものだ。敵うわけがない。
一筋縄ではいかないと、変化球でディルムを送ったのは自分だ。ただ、今更ながらに同情してしまった。
賛同をもぎ取るまでが、想定よりも数倍早い。今のディルムは、愛の力による後押しが強い状態。本人は無敵だと思っているだろう。
全くもって恐ろしい。
「次はどこに行けばいいんだい? どこで僕とフィアの愛を語ればフィアと再会出来るんだい?」
「早すぎてまだ決めてねーよ。てか、ハンカチ取り出して何してんだ?」
「フィアの残り香を堪能しているよ」
「きっしょ」
恋の力は本当に恐ろしい。
うっとりとハンカチを鼻に当てるディルムは放置。早く行き先を決めてそこに行かせたい、否追い出したい。その為には、山の書類を一通り確認する必要がある。
急いで文章に目を通していく。すると、またもやノック音がした。今度はきちんと、声がけがある。
「俺だ。今、戻った」
「ザックスか。入ってくれ」
許可を出すと、静かに扉を開けてザックスが入る。
手に持っている書類に、若干上がった口角。上手くいったのだと悟り、クリストフもニヤリと笑った。
「話し合いは成立か」
「ああ。モンチェ辺境伯一家は、こちらが提示した案に概ね同意を示した。今後、『異端』の被害家族を中心にビーが説得にかかる」
「同意しなかったトコは何だ?」
「不満を爆発させ、行動に移させるようなカリスマ性あるリーダーの不在だ。これに関しては、フィアンナ嬢の」
「フィア!?」
「重要な話だから口閉じてろや」
「……続ける。フィアンナ嬢の提案で、五大家の冷遇されている令嬢を寝返らせる事で決まった。一月後に学園に入学予定で、フィアンナ嬢が主に説得。レナ嬢はサポートに」
「「レナ嬢!?」」
愛称呼びに反応すれば、ザックスはハッとして赤らんで固まった。鉄仮面みたいな仕事の表情が剥げている。
危険を察知したザックスが踵を返すが、それ以上にディルムが早く扉の前に立ちはだかった。
流石、恋に溺れている男。友人の恋話に敏感だ。
「レナータ嬢を愛称呼び! つまり、仲が進展したんだね!?」
「し、してない!」
「ヤッたんか!? どこまでヤッたんだ!?」
「下品だぞクリス!」
「ふぅむ……そうなると、レナータ嬢からお願いされたんだね。ただのお願いだとザックスは遠慮して聞かないから、恐らく逃げられない状況でのお願い。そこから導き出される答えは一つ! 『逃げ場がない状態で密着されつつお願いされた』! 証明終了!」
「ヒュウッ! スタイル良し美女に抱きつかれた感想言え!」
プルプル震えるザックスに、クリストフとディルムは煽り続ける。
慕っている兄貴分に来た初めての春だ。それも相手は顔よし、体よし、頭よし、剣も嗜むと非の打ち所がない。
こんな珍しい状況、茶化さずにはいられない。
羞恥故にザックスのゲンコツが落とされようと、囃し立てる気力は減らなかった。
ディルムと共に頭の痛みを耐えつつ、ニヤニヤとザックスを凝視し続ける。
「照れ隠し暴力は良くないよ。まぁ、レナータ嬢にはしてないと思うけど」
「当たり前だ! 怪我させる可能性があった以上、振り払うといった行動に移せない」
「マジでディルムの言った通りだったんだな? てめーが振り回されてっの、見てて楽しいわ」
「趣味が悪いぞクリス」
「いーじゃねーか。俺は恋愛する気ねぇーし」
サラリと告げたはずだが、ザックスの顔色が変わる。隣で正座させられたディルムから、息を呑む気配を感じた。
そこまで大袈裟に反応しなくてもと思ったが、二人なりに心配してくれているのだろう。振る話題を間違えた。
ディルムのように、モンチェ辺境伯令嬢のように、恋心は理性で止められるものではない。
クリストフにできるのは、信頼できる仲間内で過ごして恋に落ちない事だ。
「あー……っと、ザックスはもう行かねぇーんだろ? 連絡手段は手紙か?」
「あ、ああ。動きがある毎に、『配送』で送ると言っていた」
「りょーかい。こっちも合わせられっようにさっさと周り固めっか」
立ち上がり、椅子に戻るクリストフ。何か言いたそうなザックスとディルムの視線に気付かないフリをして、書類の続きに手をかけた。
クリストフに関しては番外編にて明かされます




