22.レナータ視点
突然、敷地内に現れた男性は、自分の好みが具現化したような存在だった。
「わぁ……! パルドーラのきしみたい……!」
アダムが感嘆の声を出す。
正直な話、レナータ自身もそう感じていた。
『パルドーラの騎士』。曽祖父が助けた商人が置いていった、冒険譚のタイトルだ。
パルドーラという騎士が幾度も混乱を退け、世界を平和にする旅をする物語。
大柄な身体に鍛え上げられた筋肉がつき、理不尽を許さない正義感を持つ男。それがパルドーラ。
幼い頃からの愛読書だ。ヘンドルスト国には、生まれつきの天才魔法使いが何もかも簡単に成し遂げて全てを手に入れるという系統の話しかない。
だから、『パルドーラの騎士』は見つけにくい所に厳重保管されている。
『ワタクシもパルドーラのように、りっぱなきしをめざしますわよ!』
幼いレナータは決意を胸に、剣術や馬術などの特訓に励んだ。微笑ましく眺めていた両親が無理し過ぎだと止めたが、レナータとしては足りないと感じる。
そもそも、ヘンドルスト国でまともに剣を極める者がいない。
我が家の騎士達も、磨かれた技ではなく生まれ持った体躯で剣を振るう者ばかりだ。
『パルドーラの騎士』によって、この国の歪みを早くに気づいた。両親も同じらしく、表立っては隠していただけらしい。
だが、歪みの元凶であるワーキン侯爵家との婚姻には大激怒していた。
水魔法を発現させた以上、五大家からは逃げられないのだ。
その中でも、ニルスはまともな方だと淡く慕っていた。
懐いていた従姉妹の件は、ニルスは幼かったから知らない。
多少なりとも、剣の特訓をするニルスは騎士らしい。
レナータに爪の先程の興味を持っていなくても、結婚すれば変わるはず。
学園に入り、聖女に盲目的に従う事は騎士として当たり前。持つ感情は敬愛だ。
今にしてみれば、自分自身に言い聞かせて思い込ませていた。そうでなければ、とっくに見限っていただろう。
『嫌ですよぉ? わざわざ、辺境まで行って異端を治すなんて。だって、失敗したらあたしが危ないでしょ? テオもニルもルイもナッくんも、みーんなあたしが大切なの! だからぁ、危ない事は駄目って。あなたは知らないだろうけど、みんな優しいのよ~? あたしとしてはぁ、ひと思いにやった方が弟くんも幸せだと思うな♪』
アダムの救助を願ったレナータに対して、聖女が告げた言葉が暗示を壊した。
平然と命を見捨てられるこの女は、騎士として仕えるに相応しくない。
思わず頬を張ったレナータに木剣を叩きつけ、王子の恋人を抱きしめるニルスは騎士に相応しくない。
全ての幻想が壊れれば、後に残るは正しい現実と冷静な判断力。その日、レナータは五大家を見限った。
タイミングよく学園の休暇に入り、領地にいるとあの女が王子と婚姻できないと噂が聞こえてきた。心から安堵したものだ。
同時に、五大家が何をするか不安になった。
いくら権力があろうと、王妃不在での治国は不可能だ。
代理を立てるにしても、あれだけ熱愛を見せつけられてからその座へ座る者なぞいない。
王子達の性格を考えれば、何もさせずに不満解消の人形にさせるに違いない。
アズレイア侯爵ならどうにか出来るが、現侯爵の野心を考えると貸しなどは作りたくないはず。
他人事だった難題を、まさか誘拐されていたフィアンナで解決するとは思ってもみなかった。
生きていた事に喜び、同時にチャンスだとも思った。
他国を知るフィアンナなら、この国の歪みをどうにか出来るかもしれない。
それと共に、『異端』とされたアダムも救えるかもしれない。
一抹の希望を胸に、レナータはオフィリアを走らせた。
長年ぶりに会うフィアンナは愛らしくも逞しく成長しており、この国の歪みに真っ向から反発していた。予想以上に素晴らしい反応だ。
すぐに魔の巣窟から保護、連れ帰る事にした。そこで現状を話すと、更に思いがけない返答がされた。
何となく予想していたアダムの『異端』がスキルという事。
そして、フィアンナが元の場所に戻る為、打倒五大家を掲げている事。
詳細は別の人から話されると言うが、反対する理由がない。
贅を凝らす一割の為、九割が理不尽に怯える国だ。更地にして作り替えた方が早い。
悩みが一気に解決へと向かい、レナータの心が晴れやかになる。
まさか、更に幸運が降りかかるとは思わなかった。
「ビー。何が悪いか、分かっているのか?」
「早くスキル暴走を調べたかっただけネ! 喜ばれた、ヨシ!」
「良くない。事情を知らぬ者からすれば、お前は不法侵入して何をしでかすか分からない爆発物だ。辺境伯からすれば恐怖でしかない。しかと反省しろ」
「悪くないヨ!」
『せいざ』という状態で不貞腐れる蜂蘭様に、ザックス様の拳が頭に落とされた。
何度目かの鉄拳だが、変わらずいい音が響く。
頭を押さえる蜂蘭様。それを見下ろすザックス様の後ろ姿が、とても凛々しく神々しく見える。
鍛え上げられた身体は、少し力を入れれば纏った衣服がはち切れてしまいそうだ。
その力に驕らない高潔な精神が雰囲気から滲み出ている。努力が如実に現れた体躯に、人知れず喉を鳴らした。
あれこそが本物の騎士。脆弱なニルスとは比べ物にならない。してはいけない。
声や仕草もレナータの好みに当てはまる。何より、レナータが思わず触れた際の初な反応。
この二面性は反則級だ。
恋の天使に弓で射抜かれるという表現があるが、それ以上の威力である。城門用バリスタに左胸ごと抉られた感覚だ。
この様な素敵な殿方、今まで誰の目にも留まらなかった事が奇跡だ。神に感謝する。
ヴァネッサ・デンバーという性悪令嬢に聖魔法を授けた神への憎しみは、塵一つ残らず消えた。
「説教なさるザックス様も素敵……画家に一時も残さず描かせて、寝室に飾り立てて、常に視界に入れておきたいですわぁ」
「ねねさま。おちついてください」
「そうですわね、アダム。まだ、ザックス様の御心はワタクシに向いておりませんもの。ですが、必ずや振り向かせてみせますわ……! ワタクシ、もうザックス様しか見えませんわ……!」
ザックス様以上の殿方、今後は絶対現れない。そう確信できる。
レナータは高鳴る胸に決意を強く抱き、説教をする後ろ姿を脳裏に焼き付け続けた。
恋は盲目。猪突猛進。
レベルバリ高な美女に迫られてしどろもどろなガタイのいい男性ってある種の栄養が取れます




