2
話が進むまで時間がかかります
森林を表す綺麗な緑髪に、淡く輝くピンクの瞳は恋を象徴するローズクォーツみたい。
義父の髪色と義母の眼を受け継いだ次期男爵、ディルム・カドヴァーノ。今年で二十一歳を迎えるが、誕生日はまだ来ていない。だからフィアンナより、恐らく四つか五つ上である。
ディルムは様々な知識を持ち、狭い世界で生きていたフィアンナを優しく支えてくれる。
とても素敵な人、フィアンナの運命の人。間違いない。ディルムも、同じく自分を運命の人だと言い、愛の真綿で包み込んでくれる。
これを最高の日々と言わず、何を最高とするか分からない。
運命を間違えず、相手と心から愛し合う。どんな御伽噺も敵わない、フィアンナとディルムの物語だ。
それが嬉しくて嬉しくて、自然と口角が上がる。
それはディルムも同じで、互いの気持ちも一緒だと更にときめいてしまう。早く結婚したい。そうすれば、一時も離れず傍に居られる。
しばらく微笑みあっていたが、不意にディルムが眉尻を下げた。驚くフィアンナの頬に手を添えて、悩ましげにため息をつく。
「僕のフィア……実は、暫く仕事が忙しくなりそうなんだよ」
「そんな……! 何があったんですか……?」
「私から話すよ。カドヴァーノ家に関わる話だからね」
ディルムに代わり、カミルが口を挟む。家全体の問題となれば、フローラが主体に動く必要がある。
カミルは二人を見た後、フローラと目を合わせてから話を切り出した。
「一昨日、国境を通った人々の中に良くない人が混ざっていたようなんだよ、フローラ」
「あらあら。どういう人かしら?」
「ヘンドルスト国の侯爵家だ」
「あの恥知らずがこの国に!?」
フローラの反応にフィアンナは目を丸くした。淑女の鑑、常に穏やかで微笑んでいる。その義母が、不快感を顕に言葉を荒らげた。
恐ろしくてディルムに寄り添えば、ディルムもそっとフィアンナに寄り添う。
より密着して体が蕩けそうだ。顔はもう蕩けている気がする。ディルムの前では些細なことだ。
しかし、ディルムが忙しくなる事は二人の時間が削れる事を意味する。そこまでして警戒するヘンドルスト国とは、どういう国だろうか。
フィアンナの頭に合わせた勉強スケジュールは、まだパラロック国さえも終わっていない。他国、それも面倒そうな国についてなど後回しにされているだろう。
それならそれで構わないが、ディルムの手を煩わせるのは許せない。全く知らない国に怒りが湧く。
ヘンドルスト国を敵とみなして、ディルムに詳しく聞こうと口を開いた。
瞬間、激しい振動と音が響き渡った。
「あひゃあ!?」
「何事だ!?」
質問は悲鳴に変わり、ディルムの胸元で縮こまる。フィアンナを包み、ディルムは叫んだ。
その問いに使用人達が返す前に、答えは複数の金属音と共にやってきた。
鎧を身につけた騎士が五、六人。我が物顔でカドヴァーノ邸を歩いていた。
制止をかける侍女を無視し、前に立ふさがる侍従を払い除け、真っ直ぐこちらへ歩いてくる。少なくとも、友好的な態度ではない。
先頭を行く男に、他が付き従っているように見える。濃い紫色の髪を切りそろえ、鋭い瞳は髪より薄い紫色。
フィアンナのパンジー色の髪とラベンダー色の瞳に色合いが似ていて、不愉快になった。
「何者だ!? 勝手に邸に入るなんて無礼だ!!」
「男爵風情が何を言う。こちらは侯爵だ、弁えろ」
淡々と吐き捨てる男。さも当然の態度に、唖然とした。
男爵は夫人の方だ。この男、明らかに間違えている。
侯爵だとしても、礼儀作法を知らないのか。
土足で無断侵入した馬鹿男に弁える道理はない。
ツッコミどころ満載だ。これがヘンドルスト国から来た者に違いない。フローラが嫌悪する気持ちがよくわかる。むしろ、普通の常識人が擁護する点が一欠片もない。
そして、その馬鹿な男がディルムとフィアンナを目的に大股歩きしてくる。不快感に鳥肌が立ってきた。
「見つけたぞ、フィアンナ」
「は、はぁあああ!? 知らない男が名前を呼ばないでください!」
「そうだ! フィアの名が汚れる! 帰れ!」
怖い。怖すぎて、全身にさぶいぼを立てながら逆切れした。
ディルムが護るようにフィアンナを更に抱きしめてくれ、触れた部分から不快感が浄化していく気分だ。さすが愛しいディルム。
たったそれだけの反感が気に食わなかったのだろう。男はぴくりと眉を上げ、腰に下げた得物に手をかけた。
驚く間もなく、頭に強い衝撃を受ける。
痛いとか、何でとか、鞘付きとか、いろいろと考える前に意識が真っ暗になった。
明日以降は12時更新になります