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「王子の名前、僕も初耳だよ。ヘンドルスト国の情報規制は冥界並だと揶揄されているからね。知りたくないから、皆そのまま放置」
「玉座にしがみつく『能無し王子』と美形の傍で悦っている『性女』。そんなのと書類上でも関わりあるなんて嫌です! ディル様との記憶の方が何億倍も有意義です!」
「僕もだよ、可愛いフィア!」
「素敵なディル様!」
互いのちょっとした言動で感極まり、感極まると抱き合いたくなる。本能的な反射による愛情表現だ。
だからフィアンナもディルムも、周囲に注意されようが止めようがない。
性女にうつつを抜かす能無し王子と側近三名。
正常な周りが注意したくても、五大家という肩書きが邪魔をする。側近二人の婚約者も、五大家に指摘できるほどの力はない。
能無し王子に関しては婚約保留状態だったらしく、だから早くに性女と恋人関係になったという。
だが、血の繋がりがあるレナータは違った。毅然とした態度で、能無し王子達にも性女にも当たり前の指摘をする。
それが気に食わなかったようで、性女が涙を流しては男が怒鳴るという悪循環へ陥っていた。
恋心のある婚約者が、他の女に自分に見せたことの無い笑顔で優しく接する。自分を悪者にして怒りに満ちた目を向ける。
レナータの心境を考えただけで、フィアンナは泣いた。その上で、レナータの強さに改めてときめく。
冷たい空気のまま、一年度は終わりへ近づく。
レナータが弟が『異端』認定されたと、知らされたのも同じ頃だ。
「レナータお姉様、弟君を助ける為にと憎き恋敵に頭を下げたんですって! なのに性女の奴!」
曰く、『異端』に近づくのが怖い。力が足りなかったら、自分の身が危ないから嫌だ。
そもそも、『異端』になるなんて、前世で悪い事をした反動だと思う。家族の手で楽にしてあげるのが一番だ。
聞いているだけで胸糞悪い。嫌味ったらしさを滲み出して告げられれば、平手の一発や二発では足りないくらいだ。
実際、レナータは性女の頬を張った。直後、近くにいた屑野郎が剣を抜き、レナータの肩へ振り下ろしたという。
学園内だから模擬刀であったが、全力で叩きつけられた。痛みで膝をつくレナータに、屑野郎は性女の肩を抱いて罵倒したらしい。
それで、恋心は枯れ果てたようだ。むしろ、それまでよく持った方である。
「恋は盲目というけれど……度を越してるよ。その聖女、王子に隠れて三人とも付き合ってるんじゃない?」
「ここまで来るとそうでしょうね。『聖魔法』への敬意だけではなく、恋心でもなければムリです」
「そこまでしてるなら、王子は気づいてそうだね」
「レナータお姉様の話では、気づいているけど自分が一番だと優越感に浸っているとか。気持ち悪っ」
「そんな恋人が母親の拒否で王妃になれないねぇ……玉座も恋人も手元に置きたいとか、国と同じで傲慢な王子様だ」
ディルムの言葉に全力で頷く。そんな身勝手でこっちは引き離されたのだ。少し考えるだけで怒りが頂点に達する。
フィアンナの髪をディルムが掬い上げ、軽く弄ぶ。それだけで嬉しいと恋しい以外の感情は吹き飛んだ。
「僕のスキルが『夢路』でなかったら、こうしてフィアと触れ合えなかったよ……夢で会えるから、まだ我慢できるんだ。なければ国も地位も投げ捨ててフィアと逃げてたよ」
「私もです、ディル様……! ディル様となら地の果て地獄の果てでも幸せです……!」
「可愛いフィア、愛するフィア。僕達がちゃんと結ばれる為とはいえ、百六十八時間も離れ離れは辛いよ……」
「ディル様ぁ……」
甘えた声でディルムに寄り添う。フィアンナも全く同じ気持ちである。一回り大きな手に自分の手を絡ませ、にこりと微笑む。
そうすると、ディルムも笑みを浮かべてくれる。好きな人の表情は全て愛おしいが、やはり笑顔が格別だ。そうして笑顔に見惚れ合っていると、ディルムの顔が強ばった。
驚くフィアンナに、ディルムは恐る恐る口を開く。
「フィア…………その学園、フィアも行くの…………?」
「え…………?」
言われて初めて、学園が他人事ではない可能性に気がついた。
適齢の令息令嬢が強制入学。フィアンナは入学する年頃。
屑一家からは何も言われていないが、あいつらに気遣いを求めるだけ無駄だ。説明も面倒だと、入学式当日に無理やり連れ出しただろう。
クソみたいなマナーと格差社会を学ばされる学園に、通わなくてはならない。そう考えた途端、悪寒が全身を走った。
「い、行きたくないですぅぅぅぅ! 無理っ! 想像しただけで鳥肌! 鳥肌立ちましたディル様ぁぁぁぁぁ!」
「あああああフィアぁぁぁぁぁ! 制服姿のフィア! 絶対可愛いの化身! 僕が傍にいたい、むしろ傍にいるべきだよぉぉぉぉぉぉ!」
「ディル様ぁぁぁぁぁ!」
「フィアァァァァァァ!」
寒気を吹き飛ばすべく、強く抱き合う二人。そのまま、『夢路』が終わる時まで離れなかった。
基本、互いの名前を呼びあって高まる2人。