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情報整理回
「という状況ですわ、ディル様」
「フィアが塵屋敷から出られて良かったよ!」
「ディル様!」
長々と近況を語った後、第一声が自分を心配する言葉。
感動のあまり、フィアンナはディルムの首に腕を回して更に抱きついた。
『夢路』による久しぶりの逢瀬。
会えない話せない触れられないを解消するべく、二人は密着している。
東屋の椅子に腰掛けたディルムの膝に、フィアンナが座る。不安定な上半身は、ディルムの右腕で支えられていた。
愛しの逢瀬だ。夢とはいえ、頭が作り出した空想より満足度が高い。
微睡むフィアンナの上で、ディルムは思考し小さく唸る。
「しかし、『異端』ねぇ……? 『スキル』を知らないだろうとは思っていたけど、まさかそんな単語を付けて駆除してるとは思わなかったよ」
「やっぱり、魔力暴走ですか?」
「十中八九そうだろうね。そういう子達の『スキル』は特出している場合が多いから、かなりの損害だよ。ビーが知ったらブチ切れて大暴れしそうだ」
そう言われると、鮮明にその姿が浮かんでくる。
思わず苦笑した。
「ディル様。ビーさんにこの事を告げたら、モンチェ辺境伯の領地にどの位で着きそうですか?」
「そうだねぇ……ヘンドルスト国の国境が森に当たる場所は一箇所だから、クリスとザックスを言いくるめてすぐに行くと思うよ。『スキル』に関する行動力は凄まじいからね、ビーは」
「でしたら、明日の夕方以降とお願いできませんか? レナータお姉様が言うには、明日の昼前には屋敷に着くというお話ですし」
「そうだね。今、近くの宿だったね。辺境伯令嬢との旅路はどうだい?」
「最高の一言につきます!」
拳を握りしめて断言する。
屋敷から出てから三日目の今、辺境伯領の隣まで来ていた。馬車でゆっくり移動すると、およそ一週間の距離だ。
だが、レナータの愛馬オフィリアによる単騎移動で、早めの移動らしい。弟が治るかもしれないという希望もあった、急いているようだ。
だからか、凄くフィアンナを気遣ってくれるのだ。
馬上では酔っていないか、休息が欲しいか都度聞いてくれる。
野宿はせず、宿泊できそうな町に寄って一夜を明かす。
美味しい食事、温かい風呂、寝やすい部屋着。
ワーキン侯爵家の何十倍も良い旅だ。また、景色も最高だ。特に公衆浴場で湯に浮いたり、コルセットのないワンピースで軽い振動で揺れるレナータの果実から目が離せない。
こんなにも優しくて美しくて素晴らしい令嬢が従姉。誇らしい限りである。ただ、やはり人というのは完璧ではないと改めて思い知った。
「レナータお姉様は素敵なのに、なぁーんであんな屑野郎が好きだったんでしょうねぇ?」
「自分にはない粗野な所が魅力的に見えてしまったんじゃない? 目が覚めて何よりだよ」
「本当にソレです!」
フィアンナは頬を膨らませて怒りを露わにする。可愛らしい反応はディルムの前だからこそ、無意識に制御している結果だ。
他の人ならば顔面を悪鬼のように変形させ、怒り狂って叫んでいただろう。
ヘンドルスト国において、辺境伯はあまり地位が高くない。
他国は恐れていて侵入などしないと高を括り、魔獣を狩るだけの野蛮な貴族。そういう認識らしい。
そんな辺境伯のレナータと五大家のワーキン侯爵子息が婚約したのは、水魔法使い同士だからである。
従兄妹ならまだ血は濃くなりすぎず、次世代も水魔法使いの可能性が高い。そんな浅い政略の元で結ばれた縁だが、レナータは騎士として剣を振るう屑野郎を想っていた。
対して、屑野郎の態度は変わらず。親族という枠から徐々に気持ちを積み上げればいいと、レナータは寄り添う努力をしたという。
それをぶち壊したのが、聖女である。
「しかし、ヘンドルスト国に学園があるとは思わなかったよ。マナー皆無な連中しか見たことないや」
「仕方ありませんわ、ディル様。教えるマナーが根本的にダメなんですから」
「それで文句が表に出ないあたり、五大家が強力という狭い世界しか見えてないからか。その辺りが狙い目かな……?」
思考を始めるディルムをうっとりと見上げるフィアンナ。愛おしい横顔で、自分の不満が浄化していく気分だ。
そう、王子達と聖女が出会った場所。それは学園。盲点だった。
パラロック国にも国立学校があるが、家庭教師を雇えないが学ぶ意欲のある少年少女への施設である。
十二歳から入れ、なりたい職業に必要な知識や実技を学ぶ。最短は一年間、最長で六年間だ。
対して、ヘンドルスト国の学園は貴族限定で強制入学。
十六歳から十八歳まで、五大家と魔法使いの偉大さと理不尽な上下関係を学ばされるという。貴重な時間の無駄遣いだ。
同じ考えの生徒は多く、学園の明暗がはっきりと分かれているらしい。
去年、入学の際に定められた魔法検査で『聖魔法』をたたき出し、話題になった令嬢。
名前はヴァネッサ・デンバー。
デンバー子爵家の三女で、ふわふわのピンクの髪を高い位置で二つに縛り、タレ眉にチョコレート色の目が母性を感じさせる。
正に聖女の名が相応しい。魅了された男共が口々に言っているらしい。レナータから見れば、心優しい純粋な少女を装っている腹黒い令嬢との事だ。
美形な令息には自分から近づき、文句を言う令嬢には嫌みを含ませて被害者ぶる。そうやって王子達に排除された令息令嬢は少なくないという。
『聖女』でない、『性女』だ。
一瞬で時の人となった『聖女』に、テオドール・ヘンドルスト王子を含めた側近が近付き、親衛隊になったという。
レナータの話で、フィアンナは初めて無理やり婚約者になった男の名を知った。
相手さんの名前判明