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たわわ

 



「そっちで面倒みてくれるンですってぇ? 助かるわぁ〜!」

「王妃に相応しいようしっかり育てるんだぞ!」



 仮にも娘に言うセリフではない。特に暴力男、放置しておいてどの口が言う。

 ため息をつくことすらもったいない。フィアンナは()()から屑一家を睨みつけた。

 馬車ではなく、馬の背。フィアンナは馬の首にしがみついており、すぐ背後に手綱を握ったレナータが座っている。



 服の交換と情報メモを隠し持ったフィアンナは、勝手知ったる廊下を進んで屋敷を出た。

 その先で待っていたのが、馬に乗ったレナータである。堂々たる姿は様になっており、鼻血が出るかと思った。

 夢心地で馬に乗せてもらい、いざ出発というタイミングでこのセリフだ。ここで屑両親が近くに立っていることに気づいた。


 馬に乗る前なら、ニヤけた笑い顔に拳をめり込ませていただろう。今までの鬱憤を込めた拳。かなり効くはず。

 そう考えるフィアンナの頭上から、鼻で笑う声がする、見上げると、レナータが淑女らしい不敵な笑みを浮かべていた。見ほれる程に美しい。


「叔母様、義叔父様。それはこちらの台詞ですわ。使用人の質は雇い主の質と同義。雇い主の娘に自分の仕事を押し付けるなぞ、貴方達の事情など知らない他貴族から見たらどう思うやら? ワーキン侯爵家、ひいては五大家の名も多少ひび割れるかも知れませんわね」


 クスッと笑う姿が妖艶だ。屑両親が言われた意味を理解する前に手綱を操り、馬を走らせた。



 速い。とてつもなく速い。これが馬の全速力なのだろうか。



 乗馬させてもらったのは、今回が初めてだ。馬車とは違う。思わず目をつぶった。

 力強く規則的な蹄の音。全身をなぞって行く風の感触。

 背中でたゆんたゆんと存在感を強調するたわわな果実。何もかもが新鮮である。


 勢いにも慣れてきたので、ゆっくりと目を開ける。物凄い勢いで流れる風景に感動したものの、どこか違和感を覚えた。


 固い地面に生い茂る草花、遠くに微かに聳える山。パラロック国でもよく見る光景なのに、活気がないように思える。

 国全体がそうかと思ったが、少し大きな川の橋を渡った先では違和感が消えた光景になった。領主が屑一家だからだろうか。

 そんな考えが過ったが、少しずつ減速していく馬の方に意識が向く。内心、首を傾げていると、レナータから声がかかった。


「体調は問題なくて?」

「え、は、はい! すっごく速くて驚きました!」

「ごめんなさいね? 領境を過ぎてしまいたかったのよ。ワーキン領では息が詰まって仕方ありませんもの」

「それはそうですね」


 フィアンナの即答が面白かったのか、レナータはキョトンとした顔に柔らかく微笑んだ。

 麗しすぎて思わず豚のような声が出てしまった。恥ずかしい。

 ゆっくりと歩く馬は振動が緩く、会話ができる状態だ。何から話せばいいかと悩むと、レナータの方から話が再開した。


「ねぇ、フィアンナ。他国で暮らしていた貴女から見て、この国をどう思うかしら? はっきりと仰ってくださる?」

「じゃあ、遠慮なく。時代遅れのクセに頭でっかちで自分第一の五大家とかいうクソが権力握ってるダメな国です! 五大家に仕える使用人も屑仕様! あ、レナータ様は違いますね! 啖呵切ったのかっこよかったです!」

「あら、昔みたいに『お姉様』でいいことよ?」


 何気ない言葉が胸を貫通する。昔を覚えていない罪悪感が四分の三、残りはレナータに懐いていただろう自分の感性の変わらなさへの安堵だ。

 申し訳なさげに記憶が無い事を告げると、レナータも慌てて謝ってきた。むしろ気を使わせて悪いとフィアンナがまた頭を下げ、埒が明かないとこの話は切り上げになった。


「記憶をなくしてしまったなんて……ワタクシ、そこまで思い至らなかったですわ。自分の視野の狭さ。もっと広げなくてはなりませんわね」

「あのゴミ一家よりは全然マシですよ! 本当にあの屑野郎の従姉妹ですか!?」

「残念ながら、ワタクシの母とリリアンナ叔母様が姉妹ですの。だから、フィアンナ嬢とも血の繋がりがきちんとありますわよ?」

「そこはめちゃくちゃ嬉しいです! そういえば、レナータお姉様は私の誘拐知っていたんですか?」

「勿論。お父様とお母様と共に捜索隊を出そうとした所、叔母様が激怒しましてね。当時は意味がわかりませんでしたけど、どうやら跡取りではない女児にかける金が勿体ないと。人の親としても身内としても恥でしたわね」

「うーわ〜。もしかしなくても、私の扱いって元からぞんざいだったんじゃないですか?」

「……忌々しいことに」

「やっぱり」


 フィアンナは納得した。ヒステリックドケチなんて性格、そう簡単に変わるわけない。

 基本的に子育ては金がかかり、男より女がかかり、平民の数倍貴族は金をかける必要がある。

 ヒステリックドケチ女からすれば、第二子の娘は金食い虫にしか見えなかっただろう。

 暴力男と屑野郎は論外。男尊女卑が心に根付いている。まともに相手しなかったはずだ。

 考える程に、人攫いに感謝しか出てこない。


「あまりにも酷かったですもの……両親が養子の話を出したのですが、家名に傷をつけるのかと散々怒鳴り散らして……それでいて、誘拐されたからとわざと記者を集めてお涙会見。呆れ果てましたわ」

「『アテクシの可愛い娘ちゃンがぁ〜』って感じですかね? 信じる人なんかいなかったんじゃ?」

「ええ。五大家とその権力にあやかりたい一部の貴族、それに憧れる国民一割程度。それ以外の大半は、既にこの国のあり方に大なり小なり疑念を抱いている者達ばかりですわ。ただ、表立って言えば処刑。怪しくても処刑。国を出たくても、外を遮断している所為で計画が立てようもなし。体調不良を訴える民も多くてよ」

「完全な独裁国家なこの国ヤダ〜!」


 聞けば聞くほど、良い所が見当たらない。

 姑息な権力者もそう感じているからこそ、外との関わりを絶っている気がする。

 逆に、レナータがここまで外の感性なのが珍しく思えてきた。気になって尋ねると、目を丸くした後に微笑を浮かべる。


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