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屑野郎は大きく舌打ちをし、行儀悪くテーブルを叩いて立ち上がった。二人は仲の良くない知り合いのようだ。
互いに不快さを出し、相手を射殺そうと鋭く睨んでいる。
「何しに来た、レナータ。『異端』の処理報告か? それとも、這い蹲って再婚約を願いに来たか?」
「御冗談を。貴方への愛情は、あの日に一滴残らず枯れ果てておりますわ。それと、異端だの処理だのとよく言えますわね。ご自分の従兄妹相手に」
「我がワーキン侯爵家の高貴な血筋から、『異端』なぞ出るはずがない。大方、お前の父が他所に孕ませた雑種だろう」
「まぁ! 相変わらず視野の狭い事! 数が増え、多くの貴族にも出ているというのに! ですが、五大家は対岸の火事の如く、現場を知らずに指示するだけですものね。ろくな調査もせず、臭い物には蓋を。五大家に蓋をしたい者達が増える訳ですわ」
「小癪な……!」
なんて事だ、カッコ良さと貴族令嬢らしさが天元突破。
フィアンナは鼻息荒くし、レナータと呼ばれた麗人を凝視する。レナータを脳裏に焼きつけるあまり、大まかな話の流れしか分かっていないが問題ない。
この美しき令嬢はフィアンナと同じ感性の持ち主、つまりはヘンドルスト国で初遭遇のまともな人だ。
是非とも話をしたい、あわよくば仲良くなりたい。
バチバチと殺伐な雰囲気で会話するレナータと屑野郎。
言い負かされる心配より、屑野郎が力で解決した時に飛び出して盾になれるかが心配だ。
「それはそうと、此度は別件でわざわざ訪ねに来ましたの。貴方達、行方不明の妹君を探し、殿下と書類上の婚姻と仕事をさせる気とか」
「それがどうした」
「……正気の沙汰ではありませんわ。何年も放置しておいて、都合のいいように扱うなんて。操り人形ではないのよ?」
「あの女にも利益はある。王子の隣、あの人が居られない場所に立てる。それだけで充分だろう」
「違うでしょう? 貴方が他の方法を考えずに拘る理由。阿婆擦れ聖女が、書類上の妻になるのが喜ばしいのでしょう?」
図星だったのか、見ないふりをしていたのか。屑野郎がレナータに剣を向けるには充分な言葉だった。
間合いを詰めて剣を振り抜いて、ガキンッと金属音がして。
0(:3 )~ =͟͟͞͞(’、3)_ヽ)_
気がついたら、屑野郎が膝を突いていた。手から離れた剣が二、三度揺れて地に静止する。
右手を抑える屑野郎を、冷ややかに見下ろすレナータ。その手には、普通とは少し違う感じの扇子が握られている。
「二度も同じ手を喰らうとでも?」
「鉄扇か……卑怯な…………!」
「丸腰の淑女相手に剣をかざす方が卑怯ではありません? 勝てば官軍の考えは、騎士としては失格ですわよ?」
会話から判断するに、レナータが鉄扇で剣を防ぎ、持ち手を叩いて剣を落とさせたらしい。
格好いいが過ぎる。理解した瞬間、全身に痺れが走った。
ディルムと初対面した時以来だ。最も、あの時の方がもっと強い衝撃だった。
「ニルス様っ」
見惚れていたフィアンナの耳に、焦った声が聞こえた。
そちらを見れば、侍従が震えながら銀のナイフやフォークを握ろうとしている。屑野郎を守るべく、レナータに投げつけるつもりのようだ。
そんな事はさせない。
怯えた振りで侍従に近づき、手を伸ばした。
「く、喰らえ!」
「キャーアブナーイ」
投げる寸前に片腕に触れ、即座にスキルを発動する。
『暴投してニルスに当てる』。
侍従の放った食器類は放物線を描き、先の尖った部分から屑野郎へと降り注いだ。
「いででででで!?」
「ぶっふぉあ!」
チクチク刺さる食器の雨に、屑野郎が情けない声を出した。
それがフィアンナの笑いのツボに刺さり、吹き出してしまう。レナータと対比してあまりにも情けなくて、笑いが止まらない。
「ひー! ひー! 情けないお姿! 正しく『お貴族様』ですねぇー!? 私ぃー? 平民ですからー? 詳しく知らないですけどー!? そんっな情さけない姿の騎士様とか知りまっせぇぇぇん!」
「何だと!? この使用人風情……フィアンナ!? 部屋からどうやって出た!? マナー修得は!?」
「気づくの遅いですねぇー!? 他の人達もそう! 私が平民ですから!? 平民ですから、気にかける必要ないとぉ? 平民ですから、適当な本と一緒に軟禁していたのを忘れてましたかぁー!?」
「お前がマナーを覚えた頃に出してやるつもりだった! それすらも放棄するとは、ただでさえあの人に劣っている癖に! お前は王妃の座をなんと思っている!?」
「関係ない話ですね! 私、平民ですから! 他国の!」
ようやくフィアンナに気づいた屑野郎。上から目線で怒鳴るしか手を知らないようだ。
今までの鬱憤を込めて散々煽り、問いかけには淑女とは程遠い満面の笑みで答える。
真面目な顔で答えようとしたが、可笑しくて可笑しく無理だった。すぐに腹を抱えて大笑いに戻った。
腹と頬が痛いが、笑いが止まらないから仕方ない。
屑野郎がまた暴言を吐く前に、大きなため息がはっきりと聞こえてきた。瞬間、フィアンナはハッとして青ざめる。
麗しの騎士、レナータの前で煽りに煽り散らかした。呆れられるに決まっている。なんという失態だろう。
体の芯から冷えていく感覚だ。どうしようと内心焦るフィアンナの耳に、予想外の言葉が届いた。
「他国の人目線の反応。それで、如何にこの国が狂っているか分かるでしょうに。本当、五大家は頭が固くて困りますわね」
「ふざけるな! 平民以下の他国民などどうでもいい!」
「だから虐待紛いの扱いですのね? 何となく予想はしておりましたわ。叔母様、自分以外に着飾る事を嫌いますもの」
冷ややかに屑野郎を見ていた目が、フィアンナに向けられた。一転して慈愛に溢れた瞳に心臓が跳ね上がる。
「フィアンナ。この家を出て、ワタクシと共に来る気はありませんこと?」
「大いにあります!」
「では、彼女は我がモンチェ家で預からせて頂きますわ」
「勝手な事を抜かすな!」
「衣食住に淑女マナー。まともな令嬢の扱いをしていないと、先程ご自分で仰っていましたでしょう? 従姉妹であるワタクシが保護する必要がありましてよ。ワタクシから叔母様達にお話ししますわ。喜んで手放すでしょうね、あの人達は」
気品あるレナータの冷笑に、屑野郎は言葉を詰まらせた。
その様子も相まって、フィアンナのテンションは最高潮。両手でガッツポーズをして、喜びを表現していた。
この掃き溜めのような家から出られる。
それも、「わたしがかんがえる、さいきょうのおんなきし」である従姉妹、レナータによって。
どん底から天井まで跳ね上がったテンションはそう簡単に抑えられない、鎮まらない。
話をつけに歩き出すレナータ。慌てて後を追う屑野郎。呆然とする侍従を無視して、スキップ混じりで軟禁部屋へと戻った。
美貌よし!
スタイルよし!
マナーよし!
荒事よし!
こんな完璧な令嬢は最後までステキナンダロウナー。