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勢いで書き始めた
眩い晴天。一年の中でも日差しが強い日々の季節だから、珍しい天気では無い。
ただ、晴れやかな空とは違い、フィアンナの胸はどんよりとしている。
パラロック国、カドヴァーノ男爵邸。フィアンナは首を傾げ、自身の胸を押さえた。
膨らみがほとんどない胸は、皮膚の下で鼓動する心臓を感じやすい。悲しくなる時もあるが、きっとまだ成長するはずだ。
鼓動に違和感はない。反対側に首を傾けると、隣で刺繍をしていた女性が顔を上げた。
「あらあら。フィーちゃん、どうしたの?」
「いやいや何でもないですごめんなさい!」
なんという失態。見られてしまった。両手と顔でぶんぶんと否定していると、面白かったらしくて小さく笑った。
さすがこの邸の持ち主、フローラ・カドヴァーノ女男爵。フィアンナには真似できない上品な笑いだ。
「あの子にあげる刺繍でぼんやりするなんて、疲れているのかしら?」
「疲れてないです! 頑張ります!」
そうだ、この刺繍は愛する彼に上げる物。
彼に嫁いでも恥ずかしくないよう、花嫁修業を義母となるフローラが教えてくれているのだ。
気合いを入れ直し、刺繍に取り掛かる。
描くは彼が好きな鷹である。
一針入れては彼の為。
二針入れても彼の為。
三針以降も、全てが彼への愛となって表れるのだ。
「あぁ……好き! 大好き! 愛しています! 今すぐ永遠を誓いたいです!」
「あらあら。落ち着きなさいな、フィーちゃん」
フローラが優しくフィアンナに触れ、そこから温かい魔力が流れ込む。心地よい感覚は、愛情から天元突破したテンションをみるみる戻していく。
フローラのスキル、『鎮静』。
かつて子を孕んだ獣の如く、戦闘体勢をとっていた王妃さえも落ち着かせた、癒しのスキル。フィアンナからすれば羨ましい力だ。
この世界には人が使う不思議な力がある。それが魔法とスキルだ。両方、魔力を消費する点だけが一緒だ。
魔法は才能ある人しか使えず、火水風雷土と聖魔法という六種類しかない。魔法の適性を持つ人は、重宝されやすい。
対してスキルは誰もが持ち、人の数だけスキルがあると言われている。スキル名はより明確に力を理解する為で、努力次第では派生させられるらしい。
正直、そこまで詳しくは知らない。そもそも、スキル自体がここ百数十年程で広く知れ渡った代物だ。
最初に発見した学者は、歴史書に真新しい名前を載せていた。
それ自体も、つい最近に学んだ事だ。半年前から、この屋敷に住まわせてもらって、様々な事を教えて貰っている。
自分の頭の出来はいい方ではなく、ある程度の常識とこの国の軽い歴史くらいしか覚えていない。
そんなフィアンナでも、スキルと魔法はすぐに覚えた。自分に凄く関係しているからだ。
このスキルがなければ愛する彼に会えなかった。
こんなにも優しい義母にも、頼もしい義父にも恵まれなかった。
自分の身元も保証されなかった。
昔を考えるほど、気持ちが沈んでいく。考えを切りかえ、愛おしい彼の事を考え始める。
落ち込むまでには数十秒かかっても、彼を考えれば一秒でハイテンションだ。
そして、上がったテンションは五感を普段よりも尖らせ、彼の帰宅の音をしかと聞き分けた。
「帰って来ました!」
「え、あら本当」
驚いたフローラも、邸内に響く早足の音で気づいた。フィアンナは既に刺繍を軽く片付け、身なりを整えている。
そして、扉に向かって猛ダッシュ。同時に扉が開いた。
「フィアァァァ!」
「ディル様ぁぁぁ!」
扉を開け、両腕を広げる愛しい彼の胸元に、フィアンナは勢い殺さず抱きついた。愛しい彼は体勢を崩すことなくフィアンナを受け止め、その背に腕を回して強く抱きしめる。
互いの体温、鼓動、全てが密着して伝わり合う。最高の瞬間にうっとりと微笑んだ。
「ああディル様! 四時間と十三分五十二秒ぶりのディル様! いつ見ても素敵!」
「僕も会いたかったよフィア! 抱き締めるのは四時間三十三分二十五秒ぶりだ! このまま離したくないよ!」
「ディル様〜!」
「フィア〜!」
悦に浸る二人。フローラや使用人、一緒に帰ってきた義父のカミルはいつもの事だと、傍目から見ている。
貴族としてどうなのかと言われたが、仕方ないのだ。愛おしいという気持ちが溢れて、抑えられないのだから。
フィアンナはうっとりと愛おしい彼を見つめた。
設定ガバガバの可能性あり。
よろしければお付き合いください
これだけだと分からないので、また夜に更新します