Ivy -絡まった毛糸 七月の翠-
「おいていかないで」
光も、俺の顔すらも映さない瞳。
健康な人のそれとは似ても似つかぬ、引き攣った病的な呼吸音を響かせる喉から、的外れな言葉が紡がれた。
「......っ、」
抵抗も、否定も、肯定も、慰めも、なにひとつ許されはしない。首にかけられた腕は、弱々しく震えながらもしっかりと俺の体を押さえつけるだけの力があった。
時計は午前四時。
雲ひとつない薄暗い空は、俺たちを見下ろして嘲笑っているのか。
思えば、出会ったばかりの頃もこんな目をしていた気がした。 大切な人たちに置き去りにされてひとりぼっちになって。溺れて息が出来なくなっていたところを助けたのは、俺も誰かに必要とされていたかったからだろう。
ひとりは寂しい。
その寂しさを知っているもの同士、漸く分かり合える人と出会えたんだと。やっと自分も幸せを手にすることが出来たのだと。そう思ったのは、誤認だったというのだろうか。
少なくとも、俺が倒れてしまうまでは、幸せだったはずだ。
置いていかれる恐怖に苛まれながらも、それを心の中に閉じ込めて、俺のために動いてくれていた姿は、まだ記憶に新しい。
だけど、閉じ込めた傷は、ずぶずぶと音も立てずに深くなっていったんだ。それが分かったから、俺も本心を閉じ込め、その傷をどうにか埋めようとした。
それもきっと無駄な努力だったのだ。
お互い、生きる活力を失って、飯も睡眠も取らずに、仕事に明け暮れていた。すっかり細くなってしまった体躯が崩れ落ちるのも、時間の問題だった。
「このままじゃいけないよ」
知り合いの精神科医は、俺の腕を取り、俺が仕事を続けるのを止めようとした。
だけれど、今この状況で仕事を休むということは、もう誰からも必要とされなくなることと同義な気がして。
愛する人がぼろぼろになっていくのを横目に見ながら、見えないふりをして、自分も体を犠牲にして働いた。
もうそろそろ、命なんてどうでもいいと思っていた頃だ。
手をかけられているのは首だけで、四肢は自由に動く。
たとえ息が苦しくても、人ひとりくらいその気になれば、投げ飛ばすことは出来る。
何かが絡まっているようだ。目に見えないナニカ。
いうなれば、蔦みたいなものが、俺と俺の愛する人に絡みついて、離れないように縛り付けている、ような。
ぞわぞわ、と体を這っていく悪寒。
病み上がりの体は限界を迎え、頭が脈打ち、口から生温い液体が溢れ落ちる。
「ごめんね、」
おかしな呼吸の合間に、掠れた声が混じる。あぁ、そういえば、昔からよく謝るやつだったなぁ。
とっくに朦朧とした意識の中で考えることなんて、そんなちっぽけなことだった。
もう目蓋が上がらない。最後くらい、愛する人の優しい瞳が見たかった。
「だいすきだよ」
あぁ、俺もだよ
こちらの作品をもとにした楽曲を投稿しています。
良ければお聴きください。
https://youtu.be/xXyCjiLacp8