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失敗した

従兄弟の健太兄に愚痴を聞いてもらったり、小学生の柔道教室に通って気分転換をしながら、とりあえず警備員の仕事を続けていた光だったが、患者さんの命に関わるような大きな失敗をしてしまう。

 6.失敗した

「おはようございます。」

 病院の警備員の仕事は、朝8時に正面玄関で病院職員・看護師さんと一緒に整列して患者さんを出迎える挨拶から始まった。

「ひゃ~。百貨店みたい。病院ってこんなに患者に媚びるものなの?」

 と自分の知らない世界に光は驚いた。挨拶の後は、病院内の巡回警備だ。これは、定時にチェック簿冊を持って回るので、時間と場所が分かる為、覚えておくことは少ない。

「新村さんがいて下さったら、女子トイレは助かります。」

 と、一緒に回ってくれている黒田さんが言う。

「男子トイレは、調整して手分けしてやるようにしていきましょう。今の時代は、患者さんにも配慮が必要ですからね。」

 係長は、事務の面でも新しい感覚を持っているし、何よりも優しい人柄に好感が持てた。新しい職場に心の優しい人がいて信頼できる人がいるというのは、嬉しかった。

 数日は、黒田さんについて回って、側でちょろちょろ動いているだけだったので楽だった。岩村さんが、「おい。」「ちょろちょろすんな」といちいち怒鳴ってくるのが面倒くさいけど。嫌だなと思うのは、そのぐらいで、数日は、順調に過ぎて行った。

 ある時、光は正面玄関で患者さんの案内に立っている時だった。入院患者らしい病衣着のおばあさんが中から出てこようとした。

「どうされました?」

 光は、おばあさんに走り寄って声をかけた。入院患者の外出は禁じられている。

「あのねえ、手紙を出しに行こうと思って。」

 おばあさんは、にこやかに手紙を持った左手を胸の辺りまで上げた。

「申し訳ないのですが、、入院患者さんの外出は禁止されておりまして・・・」

 光がそういうのをまるで聞いていないふうに、おばあさんは話し出した。

「私はねえ、もう一ヶ月も入院しているのよ。お友達に元気になったと知らせたくって。若い人みたいにメールだなんだって、そういう事は出来ないのよ。」

「ですが、入院患者さんの外出は・・・」

「いやだ、すぐそこじゃない。こんなの外出っていわないでしょう。」

 確かに郵便ポストはすぐそこにあった。10m先のポストに行くことが外出になるのかな?という気持ちもあって、少し迷ったが光は、おばあさんに付き添ってポストまで一緒に行った。おばあさんは、嬉しそうに何度も頭を下げて院内に帰って行った。

 ・・・良かったな。おばあさんの笑顔を見ると光も嬉しくなって、この仕事って悪くないかもと思えた。

 それもその後、黒田に呼び出されるまでの一瞬だった。


「新村さん、病院さんから警備員が入院患者さんを院外に誘導した。と事実確認と報告を求められているんだけど、心当たりはある?」

 と後日、黒田から別室に呼び出された光は、すぐに思い出せた。

「はい。おばあさんが手紙を出しに行きたいと言ったので、正面玄関近くのポストまで付き添いました。そのことでしょうか?」

 光は、そんなことで?という気持ちだった。何なら良い事をしたのではないか?おばあさんはあんなにも喜んでいた。

「うん。それだよ。実は、その患者さんが、その日に熱を出したらしくてね。パジャマ姿のままで、女性の警備員さんとちょっと手紙を出しに院外に出たと言っているそうで、幸い、もう熱は下がったらしいんだけど、これが、どういうことかわかるよね?」

 黒田さんは、優しい口調で言ってくれたが、私は、立っていられないくらいの衝撃を受けた。

 そんな、そんな。1分もない時間で熱なんかでるものなんだろうか?衝撃的過ぎて言葉も出ない。黙って立ったままの私に黒田は、言葉を続ける。

「僕達のように健康な人間と違って、患者さん達は病気で体力も劣っている。病院内は、温度管理されていて、回復に最適な環境になっているんだ。新村さんは、そんなこと知らなかったし、考えもしなかったのかもしれない。家族や自身が病気をしたことがなかったら、みんなそうだよ。だから、患者さんが許可なく院外に出ることは、ルール化されて禁止になっているんだ。」

 黒田は、言葉を選んで光に説明してくれる。けれど、こんな優しい言葉は、光には、余計につらい・・・いっそ、思いっ切り怒鳴ってくれた方がいい。

「すいませんでした。」

 光は、謝る以外に何も言えなかった。

「何でも禁止だと言って、その瞬間は、患者さんを悲しませることになるかもしれない。けれど、本当に患者さんのためになることを考えて仕事をしよう。新村さんは、おばあさんの気持ちを汲んで優しい行動ができた人だから、次からは、より良い優しい仕事をしてくれますね?出来ますね?」

 黒田は、優しい言葉で光を励まして微笑んだ。

「はい。」

 光は、涙をこらえて、しっかりと返事をした。悔しかった。自分自身が悔しかった。そして、黒田という上司に恵まれたことが有難かった。

 ・・・しっかりしよう。ちゃんと警備員の仕事をしよう。

 光が、新しい仕事に向き合えた瞬間だった。



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