転職して良かったと、絶対に言ってやるっつ‼
勤務初日、帰宅した光は、モヤモヤとした疲労感でいっぱいだった。
4.帰宅後
初日を終えて部屋についた途端に光は、ソファーに倒れこんで
「はあ~っあああー」
と叫んだ。改めて一日を振り返って、
「何だかなあ?どうだったかな?よかったのかなあ?この転職?明日から、続けて出勤してていいのかなぁ?私? どうなっちゃうんだろう。・・・どうしたいんだろう。」
と胸の中にあるものを全部、口に出した。出したって何も変わらないのだけれど、出さずにはいられなかった。
鞄の中で携帯電話が振動している。きっと、、また母からだろう。そう思いながら、携帯電話を手にすると、画面に表示されていたのは、やはり「母」だった。母という文字を見ただけで,母の声が聞こえてくる。何を言うのか,一言一句たがえずに声のトーンまで想像できる。
どうして前の会社を退職したの?どうしてお母さんに言わないの?今度の会社は何ていうところなの?世間の皆さんの恥ずかしくないちゃんとしたところなんでしょうね?そもそも一体どうして、こんなことになったの?お母さんに分かるように説明してちょうだい。
そういうに決まっている。
「・・・どういうことなのか説明してほしいのは、私もだよ。お母さん。」
そう呟いて光は、クッションに顔をうずめた。
「はあ~あっ。」
光は、もう一度、クッションの中で、うめいた。しかし、いくら、うめいてもダメだ。何をどうしようという力も湧いてこない。今日という日を迎えるまでに、光は、疲れ切っていた。もう一度、転職活動を再開する気力は1ミリだって残ってやしない。どうするアイデアも浮かんでこない。昔から、こんな時に力になってくれるのは、従兄弟で警察官をしている 谷 健太だった。
健太は、光より3つ年上の30歳、健太の母親は、光の母親の姉にあたる。お互いに1人っ子で、兄妹のように育ってきた。光は、健太兄と呼んで慕っていて、いつもくっついて一緒にいたがった。柔道を始めたのも健太兄が道場に通っていたからだ。光の母親のこともよく分かっていて、いつも相談相手になってくれていた。一昨年、健太が結婚してからは、距離を置いていたのだが、光が、前職を辞める頃から、また、連絡を取るようになっていた。健太は、今、小坂警察署で勤務しており、警察署の子供柔道教室の指導員をしている。小学生の女の子の相手がいるからと、転職活動に引きこもりがちな光を子供柔道教室に誘ってくれた。
「よし、道場に行こう。健太兄に話を聞いてもらおう。それまで、考えるのは、一旦、保留。」
と、クッションに呟いて、光は、風呂場に向かった。