26.終わりの始まり
翔とのことが終わってから、数ヶ月が経ち、光は、本社への異動を命じられた。病院警備の現場勤務最後の日を光は、どう過ごすのか?それぞれが抱える課題は、どうなるのか?
26.終わりの始まり
「明日から本社勤務ですね。寂しくなりますが、頑張ってくださいね。」
黒田が、笑顔で光に言う。
3月中旬になって光は、黒田から本社でオペレーター勤務となったことを告げられた。入社当初は、希望していたオペレーターだったが、様々な出来事を経て勤務した病院の警備員という職場に多少の未練がないわけではなかった。だが、これも一つの転機なのだろう。それから数日間の勤務を続けて、いよいよ今日が最後の日となった。
「はい、勤務の後で荷物を片付けして、夜勤の方々にもご挨拶してから帰ります。」
光が言うと、黒田は、
「そういえば、先日の挨拶の時は、真木君はいなかったですね。彼も就職が決まったから、挨拶をしたんですけど、その時は、逆に新村さんはいませんでしたね。」」
「はい。今日は、最後に会えてよかったです。」
光は、黒田にそう言って頭を下げてから、勤務に向かった。まずは、院内の巡回からだ。一緒に巡回するのは、野間兄だった。
「に、新村さん。」
半分くらい回ったところで、野間が話しかけてくるが、相変わらず、言葉に詰まっている。「はい。」と返事をして野間を見上げるが、野間は前を向いたまま話している。
「新村さんは、あの、柔道を続けるんですか?」「えっつ?」
予想しなかった野間の質問に、思わず大声を上げてしまった光に今度は野間が驚いて、
「えっつ!」と光を見下ろした。それで光と野間兄は、やっと目が合ったのだが、
「私が柔道をしているって、どうして?」
と光が聞くと、野間兄は、また前を向いて
「あ、あの自分は、自分はですね。プロレスが好きなんですが、その、エビスプロレスという小さい地元の団体プロレスなんですが、そこのレスラーでゴールドサンダーという人がいまして、その人が子供柔道大会にコーチで参加していると聞いて見に行ったんです。その時に、新村さんが子供さんの稽古相手をしているのを見ました。」
「ああ、それで、私が柔道をしているのをご存知だったんですね。」
まさか、あの場に知り合いがいたなんて、思いもよらないことだった。
「自分、格闘技は見るのは好きなんですが、全然、できないんです。運動神経がないっていうか、怖がりでして、だがら、新村さんが子供さんの稽古相手をして、しかもあんなに綺麗に投げられていて、感動しました。」
野間兄は、興奮して一気に喋った。
えーっつ。あんな姿を見られていたんだ。綺麗に投げられてって、褒められているんだろうか?むしろ、綺麗に投げてくれた美咲ちゃんがスゴイんですけどと、言おうとして野間兄を見上げると、まだ興奮して巡回作業をしながら話し続けている。
光は、美咲ちゃんを思い出していた。美咲ちゃんは全国大会に行ったものの2回戦で敗退してしまった。得意技を仕掛けられず、判定負けとなったが、美咲ちゃんは、満足していた。「背負い投げにこだわり続けられたんだもの。私の柔道らしいでしょ。」と、美咲ちゃんらしくサッパリとして清々しかった。
「新村さん?」
いつの間にか野間兄は話し終わったのかエレベーターの前で光を待っている。「すいません。」と言って光もエレベーターに乗る。
「野間さんは、格闘技は何でも好きなんですか?」
話を聞いていなかったことを誤魔化すために、野間兄に話しかけたが、成功したらしく、それからずっと巡回が終わるまで喋っていた。巡回が終わり事務所に戻ってくると、光は、
「このまま次の正面玄関に行ってきます。」
と、すぐに正面玄関に向かった。次は、ガンさんと一緒だった。ガンさんと一緒に仕事をするのは、これが最後だ。少しでもガンさんと一緒に仕事をしていたかった。
「え?新村さん。あの、自分は、その新村さんが、、、」と野間兄が焦りながら言ったのだが、もう光には聞こえていなかった。




