21.好きでした。
翔とやり直す気持ちはないのか?と広崎先輩に聞かれて、戸惑う光。偶然、元の会社のビル前に行った光は、自分の本当の気持ちに気が付くことができた。
21.好きでした。
翔とやり直す気持ちはないのか?と広崎先輩に聞かれて、光は、正直に驚いた。
「・・・ないです。そんなこと考えられない。どうして、そんなことを言うんですか?」
一番に事情を知っているはずの広崎先輩が、何故?と光は、訝しんで聞き返す。
「うん。新村さんの気に触ったかもしれないんだけど、一度は岸田君と結婚しようと思ったんでしょう?私は、結婚したいって思えるような人と出会ったことなんかないのよ。だから、それだけの人と、この先、出会えるのかな?って思って、だったら、今回のことは、先にやってきた試練だと考えたら、2人でやり直すことは、できないのかな?」
「結婚を考える人と出会った・・・。ですか?」
「そう、それだけ岸田君は、大きな存在だったんじゃない?だから、新村さんは、ここまで傷ついたんじゃないかしら?」
広崎先輩の言葉は、ひと言ひと言、ゆっくりと光に届いた。シャボン玉が一つ一つ順番に弾けていくようなパチンパチンと音がして、気づいていなかったことにハッキリと気付いた。
瞬間,光の目から涙がこぼれた。涙はとめどなく溢れ出て、止まらなかった。
「せ、先輩。んぐっつ、えぐっつ。」
「新村さん!大丈夫?とにかく、出ましょう。」
突然、泣き出して泣き止まない光に驚きながらも、広崎先輩は、落ち着いて会計を済まして、光を店外へ連れ出してくれた。すこし歩いて、石のベンチに座ってから、やっと光の涙は、収まってきた。
「すびばません。」
それでも、まだ、鼻をグズグズさせている。
「いいのよ。急に踏み込んだことを言って、ごめんなさい。」
「いえ、ところで、ここは?」
と言って、光は、辺りを見回した。
「会社よ」
「え?」
広崎先輩に言われて、光は、驚いて顔を上げる。泣きながら歩いて来たから、気が付かなかったが、そこはオフィスビルが立ち並ぶ一角にある緑のスペースだった。
「正確には、会社の前だけどね」
と、広崎先輩が補足する。
光が改めて会社を見上げると、懐かしい会社がそこにあった。退職以来、訪れたことはない。こうして見上げるのは、入社試験・出社初日の時以来だ。入社試験の時は、とても緊張していたし、出社初日の時は、緊張していたけれど、入社できた喜びとこれから始まる社会人生活への希望でいっぱいだった。忘れていた気持ちだった。涙が自然と頬を伝っていく。
「・・・広崎先輩。私、この会社が好きでした。仕事も頑張っていた自分も会社のみんなも先輩も全部、全部、好きです。」
ビルを見ながら、光が言うと、広崎先輩は、そっと近づいて光の背中をさすってくれた。
「うん。新村さんは、好きな仕事を大切に一生懸命にしていたよ。だから、みんなも新村さんを好きになったんだよ。私もね」
広崎先輩の声も涙声になっていた。
突然、そこへ懐中電灯の光が照らされて、
「おーい、そこで何をしているんですか?」
と、声をかけられた。驚いて、懐中電灯を向けた方を見ると、ビルを巡回している警備員さんだった。
「あれ?もしかして、社員の方ですか?」
どうやら、広崎先輩の知っている警備員さんみたいだ。
「そうです。こんばんは、ちょっと近くに来たので休んでいただけなんです。すいません。」
光たちが、社員だと分かると警備員は、行ってしまった。その後ろ姿が見えなくなると、光と広崎先輩は、どちらからともなく顔を見合わせて笑った。放課後の教室で、用もなくお喋りしていたのを先生に見つかった女子学生のように、いつまでも笑った。




