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転職して良かったと、絶対に言ってやるっつ‼

転職先に初出勤した。主人公。新村 光は、思っていたのと全く違う部署に配属されてしまった。配属先に向かう電車の中で、光は、転職に失敗したのではないか?と、前職を辞めた経緯を思い出しながら、不安を募らせていった。

2 どうして転職することになったのか?

 地下鉄に揺られながら、光は、転職に失敗したのかなあ?とぼんやりと考え始めていた。

 光は、母子家庭で育った。光の母親は、とにかく世間に恥ずかしくないようにというのが、口ぐせだった。一体、何をどうすれば、母の言う世間に恥ずかしくないのか?光には全く分からなかった。分からないまま成長し、次第に自分自身が、恥ずかしい存在のような気がして、一刻も早く、母の元を離れたいという気持ちだけを持っていた。

 ・・・大学を卒業して、世間に名前の知られた大手文具メーカーの一般職に就職した。光には特にやりたい仕事ではなかったが、母が望む形で就職できて、うるさく言われずに母と離れて暮らしていけたら、それでよかった。自分がないみたいだけれど、光が2歳の時に父親と離婚して、シングルマザーで光を育ててくれた母の願いを叶えることが、光が一番したいことだったのかもしれない。

 就職すると、さらに母が喜びそうなことが起きた。営業職の彼が出来たのだ。彼 岸田きしだ しょうは同期だけれど、一つ年上で入社前からセミナーなどで顔見知りの間だった。入社後も何度か顔を合わせる機会があり自然と付き合うようになっていった。4年が過ぎて何となく結婚を意識し始めた頃、急に彼の様子がおかしくなった。LINEの返事が減っていき、会おうと言っても断られた。社内だから仕事が忙しいのは分かっている。だが、何となく気持ちが離れていっている様子はしていた。それが決定的になったのは、社内に信じられない噂がたったからだった。

「ね?新村さん。営業の岸田さんと何かあるの?」

お昼に給湯室で2年上の先輩、広崎 幸江に突然そう言われて、光は給湯器からマグカップにお茶を入れていたのだが慌ててお茶をこぼしそうになった。

「えっつ?何ですか?急に?」

そう言いながらも光はドキドキしている。

「んー。あのさ、岸田くんて総務の杉本さんと付き合っているらしいの。結婚も決まりそうなんだって」

「え?え?」

付き合ってる?総務の杉本さん?確か、2こ下のいかにも女子っぽい可愛い子だ。それに結婚?私じゃなくて?なんで?

びっくりして頭の中でいろんな言葉がグルグル回りながらも光は、落ち着いた声で

「だけど、そんな噂と私がどうして?」

と先輩に聞いた。

「うん。実は、新村さんも岸田くんのことが好きで、二人の結婚を邪魔しようとして、杉本さんが困ってるらしいって・・・」

広崎先輩が言い終わらない内に光は、

「はああああー!?」

と自分でも驚くほど大きな声が出てしまって、慌てた広崎先輩が両手を胸の前でブンブン振って

「ちょっと、ちょっと。声が大きいよ。こっちがびっくりするじゃん!」

と焦り出した。その様子を見て光は、何故か怒りを覚えて

「先輩、それ、誰が言ってるんですか?事実無根もいいとこです。許せませんっ!」

と強い調子でまくし立てた。

「分かった。分かったから。新村さんが関係ないのは分かったから。とりあえず、お昼ご飯食べよう。ね?お昼休みが終わっちゃうよー」

先輩ズルい。光は、胸がざわざわして、とてもお昼を食べられる状態じゃなかったけれど、先輩の目があるのでお昼ご飯を食べた。光は、自炊していて、お弁当も自分で作っているのだけれど、今は、自分で詰めたおかずが全然目に入らなかったし、味もしなかった。

「・・・翔にこのことを聞かなければ」

頭の中は、それでいっぱいだった。

先輩は、噂話を総務の同期から聞いたと教えてくれた。杉本さん自身が、新村さんに横恋慕されて困っていると周りに言っているそうだ。

「?自分で言うのって、おかしくないですか?付き合ってます。結婚します。って発表しちゃってますよね?」

と光が言うと、先輩も

「でしょ?だから新村さんに聞いたのよ。あの子が噓を言ってるのか、どうかってね。実際に付き合ってて結婚するのなら、何で新村さんの名前を出すのかなあ?何か恨まれるような心当たりはないの?」

広崎先輩は、入社当時からずっと光の隣のデスクで仕事を一から教えてくれた一番信頼できる人だ。ベタベタした深い付き合いはないが、光とは気が合って仲が良い。

「いえ、心当たりは、ないです。」

先輩の目を真っ直ぐに見て光は、言った。恨まれる心当たりはもちろんないが、翔と付き合っていることを言いたいがまだ言えない。後から思えばこの時の光の判断は間違っていたのだが、光は、昔から人に頼るとか甘えるいうことが無意識のレベルで出来ない人間だった。

 ・・・この時、先輩に全部話していたら、あんな事には、ならなかったのだろう。

 その夜に会った翔は、杉本さんを連れてきて

「彼女のことを好きになった。彼女と結婚をするつもりだ」

と言った。

 ・・・こんな人だったんだ。今まで2人で過ごした時間も光の気持ちも全部、ぐしゃぐしゃに踏みつけて終わりにできる。こんな人だったんだ。

 光は、ただ呆然と翔を見ている。翔は、ばつが悪そうな顔をして、光から目をそらして、隣の杉本さんの後ろに隠れようとしていた。一刻も早くこの場所から立ち去りたい。と、全身で語っていた。

 無言の2人を置き去りにして、勝ち誇ったような杉本さんが、何か言っている。それを無視して、

「あなた、私が、翔に横恋慕して、2人の邪魔をしていると言いふらしているそうね。それは、あなた自身のことでしょう?そんなことをして恥ずかしくないの?」

と、光は、杉本さんに問いただした。すると、杉本さんは、ニッと笑って、

「だって、今の状況だと、本当のことでしょう。新村さんこそ、恥ずかしくないんですか?振り向いてもらえない彼に固執して、みっともないですよね。」

と、嬉しそうに言ったのだ。

 杉本さんは、悪びれるどころか、光を傷つけることを楽しんでいる。自分の一言一句に光が傷ついていく様子を見て楽しんでいる。光は、幼少の頃、光をいじめて仲間はずれにしたクラスメートや、光と母を見て「ほら、あの家は、母子家庭だから」とひそひそ話をしていた近所の人を思い出した。

 いけない。こんな人間の傍にいてはいけない。

 ただ、その恐怖でいっぱいになって、その後、どうしたのか覚えていない。翌日、会社に行ったが、杉本さんは、付き合っています宣言をして、噂を公のものにしていた。

 光は、見る人は、ちゃんと見ている。分かってくれる。と、沈黙を貫いていたが、ある日、広崎先輩が、

「新村さんも見かけによらないわよね。大人しいふりしてね。」

と、給湯室で同僚に言っていたのを聞いてしまった。

 その時に、光は、終わった。どかで、信じていた何かが壊れてしまった。

 ずっと、真面目に一緒に仕事をしていた光の姿よりも、根拠のない、見てもいない噂話を信じて、光にレッテルを貼って、人間性を決めつける。こんな、こんなことをされるんだ。こんな目に合うんだ。

 もう、誰も信じない。誰かと一緒にいたくない。誰もいない所で、ひっそりと生きていたい。

 そう思って、オペレーターの仕事を選んだのだった。警備会社のオペレーターなら、顧客も会社が多いし、しゃべることも決まっている。チームで仕事をしないのも安心だった。

 ・・・なのに、なあ。病院で警備員かあ。転職は、失敗だったかなあ。と、光は、またぼんやりと考えた。




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