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17,モヤモヤとした何か

翔が放った言葉は、見えない糸で光を縛り付けていた。美咲ちゃんと柔道をして投げられるなかで、心地よく空っぽになっていく。

 17.モヤモヤとした何か

 翔は、立ち去る前に

「お騒がせしてすみませんでした。」

 と、真木君に頭を下げて行った。

 翔の後ろ姿が小さくなっていくにつれて、光の緊張が解けていく。ホッと安心していいはずなのに、何故か心はこわばったままだ。

「新村さん、大丈夫ですか?」

 真木君の声にハッとして、顔をあげた。

「あ、ああ、うん。大丈夫。ありがとう。」

 そう言って、頭を下げる。それを見て真木君は、

「岩村さーん。真木です。こっちもう大丈夫です。」

 と、駐車場入口の岩村さんに向かって声をかけた。

「あ、真木君。今日はどうしたの?早くない?」

「うん、今日、野間さんが、ちょっと早く帰るから、俺が交代要員として早出出勤なんですよ。」

「あ、そうなんだ。どうりで、ちょっと早いと思ったんだ。おかげで、私も助かりました。」

 そう言って、もう一度、頭を下げると

「帰り、1人で大丈夫ですか?」

 心配そうに聞いてくれる。

 ・・・真木君も翔のことを聞かないんだな。

「うん。大丈夫。しっかり気を付けて帰る。ありがとう。」

 そう言って、光は、駅に向かって歩き出した。あれだけのことを言って立ち去った翔が、もう待ち伏せをしているとは思えなかった。


(俺たちの過ごした時間)

 その日以来、光の頭の中では、翔が言っていた言葉がぐるぐる回っていた。

 ・・・2人が出会ってから、お互いの誕生日やクリスマス、初めてをたくさん過ごした。仕事だって就職してからずっと、翔と一緒に思い出がある。切り離せない。それを自分が一方的に壊しておいて、何言ってんの?

 それが事実だ。だけど、もやもやとした何かがずっとあって、それだけで割り切っては、片付けることが出来なかった。まるで以前の母親への気持ちのように、分かってはいてもすっきりと解決できない何かだ。

 そんな状態で仕事には出ていたが、どこか、ぼんやりしていたように思う。職場のみんなは、真木君に助けられた一件を知っていながら、相変わらず何も聞かずに接してくれていて、シフトも1人勤務にならないようにしてくれていた。万が一、翔がまたやってきた時のためだろう。黒田さんに、こっそりとお礼を言ったら、

「お礼は、協力してくれている、みんなに言ってください。」

 黒田さんは、黒田さんらしい優しい表情で言ってくれた。

 ・・・そうだ、ここで気を付けないと以前と同じ失敗をしてしまう。自分の中で、どう言えばわからなくても相手に迷惑だからと遠慮せずに伝えなければいけない。光は、広崎先輩を思い出した。

「黒田さん、私、まだ気持ちが落ち着いてなくって、とても皆さんにお伝えすることができない状態です。ご迷惑をおかけしてすいませんが、黒田さんからお伝えしていただけないでしょうか?本当に皆さんに感謝しているんです。」

 光は、正直にありのままを話した。黒田さんなら、分かってくれる。そう信じていた。

「大丈夫。みんあ仲間ですからね。それに僕のほうでもちょっと・・・」

「ちょっと?どうかしたんですか?」

「ああ、いや。ちょっと、僕も考えていることがあるんで、新村さんにもみんなにも仕事をしやすいように職場を整えますからね。安心してくださいね。」

 黒田さんが、ちょっと慌てた様子だったが、とにかく、ここは黒田さんにすがるしかない。

「ありがとうございます。」

 そう言って、デスクを離れた。みんなにもお礼を言わないといけないが、あれから、真木君には会っていないし、野間弟は、

「こないだは、ありがとうございました。」

 と言っても

「あ、はあ。」

 と顔をそむけてしまうので、会話にならない。

 野間兄は、

「いや、僕は、新村さんのお役に立てれば・・・」

 何か言ってるけど、下を向いて口の中で、もごもご言ってるから分からない。とりあえず、

「ありがとうございます。」

 と言っておいた。岩村さんには、翔が待ち伏せしてたこととか話したいけど、何か言おうとしても

「いいから、仕事しろ。」

 と、どやされるばかりだ。

 まだ人間関係が浅いためか、男女差なのだろうか?みんな詮索してこなかった。とにかく、光にはありがたい。翔のことだけを考えよう。いや、考えなくていい。

 そうして数日が過ぎて、美咲ちゃんの柔道の地区大会の日を迎えた。


「顔色は悪くないみたいだな」

 健太兄が、じっと光の顔を見て、大丈夫か?と聞いてくる。翔とのことを話はしたが、広崎先輩の時のように家に行ったりはしていなかった。

「うん、仕事も行けてるし、今日は美咲ちゃんのために頑張らないといけないから、暗い顔もできないでしょ」

 そう言って、光は、道着の帯を締めなおして気合を入れた。

「おう、美咲ちゃん、優勝して全国に行くって気合いがはいってるからな、頼んだぞ」

 健太兄もそう言って、帯を締め、2人で試合会場を見ると、まだ試合が始まる前で、各自が割り当てられた順で自由稽古をしていた。4面ある試合場で「えいっ。」「もう一本」といった。声が響く。

「光ちゃん。お願いします。」

 着替えて準備体操を終えた美咲ちゃんがやって来た。

「私からでいい?」

 光が聞くと

「はイッ、お願いしまう。」

 へんな返事が返ってきた。

「あれ?美咲ちゃん、緊張してる?」

 光と健太兄が、びっくりして美咲ちゃんを見る。美咲ちゃんは、自分でもうろたえて

「あ、あ、あれ?緊張してるのかな?私。」

 と頬に手をあてて俯いた。その背中をポンと健太兄が叩いて

「さあ、行って来い。光と一つづつしっかりと組んでくるんだ。」

 と笑顔で声をかけた。

「はいっ。」

 美咲ちゃんが、しっかり返事をして、歩き出す。その後を歩き出しかけた光に

「頼んだぞ、ゆっくりと美咲ちゃんの得意な一本背負いをしっかりと決めさせるんだ。」

 健太兄の考えは、光にも分かった。得意技を確実に決めることで、美咲ちゃんの緊張をほぐして自信を取り戻させる。そうして、他のライバルたちには、一本背負い以外の手の内を見せずにすむ。

 そうして、美咲ちゃんと何本か組むうちに次第に美咲ちゃんの緊張は、解けていった。調子も悪くない。光自身も何度か宙に舞ううちに、モヤモヤがなくなって空っぽになっていった。

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