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転職して良かったと、絶対に言ってやるっつ‼

会社の封筒で届いたのは、広崎先輩からの手紙だった。過去の辛い記憶が生々しく甦り、手紙を最後まで読めない光は、子供柔道教室に行き、子供達と健太兄・裕子さんに元気をもらう。

 11.前の会社からと柔道の試合

 今日は、水曜日。光は、久しぶりに八里警察署の道場に来ていた。

「久しぶりだな、光。ケガをしないように、しっかりと準備運動するんだぞ」

 健太兄が、声をかけてくれる。

「ハイッ」

 と光は、気合いの入った返事をして、言われた通りに準備運動を念入りにしてから、受け身の練習に加わった。ぐるんと回ってバシイィッと畳を叩いてスッと立つ。また、ぐるんと回りながら、光は、今日、健太兄に話そうと思っている前の会社から届いた封筒のことを考えていた。

 結局、あの日は封筒を開けずに翌日、出勤前に開けたのだった。

 どんな内容であっても仕事に行けば、取りあえずその間は忘れられるからだ。

 ・・・私は、いつまで引きずるんだろう。

 どんよりとした黒くて重い何かを追い出そうと、ふうっーと息を吐いて気合いを入れてから封を開けた。出てきたのは、思いがけず広崎先輩からの手紙だった。光が入社してから、ずっと一緒に仕事をしていた懐かしい広崎先輩の字だ。机の上に貼られた付箋まで思い出す。

 でも、何で先輩が会社の封筒で?と思いながら手紙を読んだ。


 新村さんへ

 突然にごめんなさい。

 私、どうしても新村さんに謝りたくて手紙を書きました。lLINEも電話も繋がらないし、って当然だよね。私の名前なんか思い出したくもないだろうから、普通の封筒だと読まずに捨てられるかもしれないと思って、会社の封筒を使わせてもらいました。読んでもらえていると信じて書きます。

 本当にごめんなさい。新村さんの話を信じず、傷つけてしまってごめんなさい。

 私は、新村さんが、杉本さんとお付き合いしている岸田くんを途中から好きになって、2人の邪魔をしているという杉本さんの話を真に受けてしまいました。全く逆だったんだね。どうして分かったのかというと、2人はお付き合いをやめまたんです。それで、杉本さんを問い詰めたら、仕事も出来て背が高くてカッコいい岸田くんをいいなと思ったら、すでに新村さんと付き合っていた。でも、岸田くんは、自分と付き合いたそうなことを言ったから、新村さんと別れやすいようにしてあげたのよって、ちっとも悪びれずに言ったの、すごく腹が立って

「噓つき。あなた私に何て言ったか忘れたの?全く逆じゃない。あなたが2人の邪魔をしたんじゃない。私も会社のみんなも騙して、あなたのせいで新村さんは、会社を辞めたのよ。責任取りなさいよ。」

 って言ったのよ。そしたら、彼女フンって鼻で笑って

「はあ?何を善人ぶって私のことを責めるの?自分だって新村さんに酷いことを言ったんでしょ?私よりも付き合いの長い後輩を信じなかったのは、自分じゃない。人のせいにしないでよ。」

 って言われてしまったの。本当にその通りだよね。何も言い返せなかったよ。

「新村さんと別れて私と付き合うって決めたのは、岸田くんなんだから、悪いのは彼よ。広崎さんだって自分を責めなくっていいんじゃない?」

 そう言い捨てて、杉本さんは行ってしまったわ。それから一言も話してないの。今、杉本さんは、取引先の仕事ができて、背が高くて、カッコよくて、お金持ちそうな男性と付き合おうとしているわ。結局、岸田くんよりも彼女にとっての条件がいい人ができたから、乗り換えただけなのよ。岸田くんは、訳が分からないって状態になってる。話はしていないよ。話したら彼を責めてしまうし、私には、彼を責める資格がないから。

 私がしないといけないことは、新村さんにちゃんと謝ること、そして、社内の新村さんへの誤解を解くことだと思ってます。社内の人たちは、私が言わなくても岸田くんと杉本さんを見て、どういうことだったか分かっています。

「やっぱりね。おかしいと思ったのよ。新村さんが、そんなことをする人じゃないと思ってた。」

 と、みんな言ってます。でも、今さらだよね。じゃあ何であの時って思うよね。

 本当にごめんなさい。みんなの分も謝らせてください。

 私は、新村さんとは他の人よりも仲間意識が強かったんです。自分が育てた後輩だし、私には、何でも言ってくれる、頼りにされていると勝手に思い上がっていました。だから、新村さんから何も話してもらえなかったということが、とてもショックだったんです。


 と、光は、ここまで読むのが精一杯だった。

 ・・・ダメだ。胸がズーンと重苦しいもので締め付けられる。広崎先輩から向けられた冷たい視線・杉本さんの勝ち誇った顔・迷惑そうな恋人翔の顔、何もかも覚えている。

 光は、手紙を引き出しにしまって、その日は仕事に行った。それから手紙は読んでいない。

「ようし、そこまで、次は乱取り稽古するぞ」

 先生の声がかかる。みんな、それぞれペアになっていく。

「光お姉ちゃん」

 一息ついている光に美咲ちゃんが、声をかけてくれた。

「光お姉ちゃん、ペアお願いできますか?」

 真っ直ぐな美咲ちゃんの目を見ると、それまでの手紙のモヤモヤが消えていく。

「ハイ、お願いします。」

 美咲ちゃんの気合いに負けないように光もしっかりとした返事を返した。

 だけど、乱取り稽古では、得意の一本背負いを仕掛けてくる美咲ちゃんを防御するのに必死で、終わる頃には立っていられないぐらいフラフラだった。

「光お姉ちゃん。大丈夫?」

 子供の美咲ちゃんに心配されている始末だ。

「光、久しぶりだったからな。整理体操もしっかりやっておけよ」

 健太兄にも声をかけられた。

「・・・はい。」

 はあぁ、疲れた。でも、いろんなモヤモヤを忘れられる。本当に有難い。


 帰りに寄った健太兄の家で、そう話すと

「うん、だから子供柔道教室はいいんだよな」

 健太兄もビールを飲みながら、そう言う。

「仕事で疲れているんだろうけど、子供柔道教室から帰ってきた方が、健太はスッキリ元気になってるもんね」

 裕子さんもそう言いながら、卓上のホットプレートの蓋を開けると、湯気の中に美味しそうなパエリヤがあった。

「キャー美味しそう。」

 光が歓喜の声をあげると

「おお、いい反応だなあ。この卓上ホットプレートを買ってから、卓上料理にハマってさあ。そんなに喜んでもらえたら、俺達も嬉しいわ。」

「うん。喜んでくれて嬉しいよ。それが、私に元気をくれるんだから。光ちゃん、しっかり食べてね。」

 裕子さんは、いつも神的に優しい。パエリヤも美味しい。お腹いっぱいになってから、

「で、お前のモヤモヤは何だ?」

 と健太兄が、話を向けてくれた。




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