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第99章 赤岩タルト誘拐事件3 ~迷探偵、記憶をたどる~

「ここはどこだろう・・・」


タルト所長は見知らぬ場所で目覚めました。


「・・・う・・・ううん・・」


上半身を起こしました。

頭の奥がちりりと痛みます。

しかし、殴られたというわけではないようです。

その場で少し身動きしてみましたが、どこか怪我をしている様子もありません。

そして、手足の自由もききます。

拘束されているというわけでもないようです。


「・・・何か飲まされたのか?・・・頭がぼうっとする」


寝かされていたのは簡素な古いパイプベッドの上。

体に布団などはかけられていませんでした。

ここはどこかの部屋の中のようです。


「ここはどこだろう・・・どうしてこんな所に・・・・思い出せない・・・」


タルト所長は周りを見渡します。

10畳くらいの部屋で、ドアが1つ、窓は無し。

壁際にはこれまた簡素なデスク。

その上には何やら機械が数個置いてあります。

大型のラジオのようなものや、つまみやレバーが幾つか付いた得体のしれないもの。

マイクらしきものもあります。


部屋はシンプルで、生活感がまるでありません。

タルト所長はベッドから降り、重い足取りでドアに近づき、ノブをひねってみます。


ガタガタガタ


「開かない・・・か」


デスクの上の機械類を少しいじってみましたが、扱いがよくわからないものばかりです。

かろうじて電源を入れられたものもありましたが、ガーガーピーピーと弱弱しい音を出すだけで、何の情報も得られません。


「ああ、そういえば・・スマホ・・」


ベッドで寝ていたため、少し皺になったスーツのスラックスの脇ポケットを探ると、そこにはちゃんとスマホがありました。

しかし・・・・


「充電切れとはね」


はあっとため息をつき、ふと視線を外すと、デスクの隅の方に見慣れた物が置いてありました。

タルト所長はそれを手に取ります。


「これは・・・僕の名刺ケースだ。何故こんなところに」


それはRR探偵事務所所長である赤岩タルトの名刺が複数枚入った薄手の革製名刺入れでした。

タルト所長がいつも上着の内ポケットに入れて持ち歩いている物です。


「うーーん。まだちょっと頭が混乱しているな」


とりあえず頭を整理することが先決です。

数回深呼吸をして、肩と首をぐるぐるっと回し、タルト所長はこれまでの経緯を思い出します。


「・・・そうだな。今朝の事から考えよう。出勤前に、事務所のコーヒーが切れていたことを思い出したんだ。好きでいつも飲んでいた南極大陸産高級コーヒー豆を売っていた近所の商店街のCCOOFFEE珈琲店が何故か隣の隣の町の商店街に突然移転してしまったから、そこに寄って豆を買おうとして・・・」


あの偽造コーヒー豆、まだ売っていたんですね。


「そしたらその商店街で賞金10万イィエンの謎解きイベントをやっていて・・・うん、はっきり思い出してきたぞ」


タルト所長は狭い部屋の中をうろうろと歩き回りながら、脳もフル回転させようと奮闘します。


「そう。あれは簡単な問題だった。店で貰えるシートの問題には番号が振ってあったが、あれはフェイクだ。最終問題のヒントはイベント受付のテント。あのテントには虹の下に白い犬が描かれていた。虹の7色と犬の白、合わせて8色。これは問題シートの色と一致する。虹の外側から順番に赤、オレンジ、黄、緑、青、藍、紫、そして虹の下、つまりいちばん内側に白。この順に文字を並べるんだ」


ここからタルト所長のドヤ顔ひとり舞台が続きますが、しばらくの間お付き合いをお願いいたします。


「そして、並べる文字だが、こちらのヒントは参加カードに描かれたドキドキちゃんだ。お尻を振ってフラダンスを踊っている。そして彼女の台詞、『頭を使って考えよう!うまく言葉にできるかな?なかなか難しいよ!よーく考えて答えてね!』は4つの文が“しりとり”になっている。これは、両方“お尻”を暗示していると解釈できる。シートの答えのお尻、つまり1番後ろの文字をシートの色の順番で並べて行けば最終問題の解答となるんだよ」


えー・・・と。『頭を使って考えよう!』はどうなるんですか?


「は?思考をつかさどるのは頭部に決まっているだろう。みぞおちやくるぶしに考える力はないよ。何言ってるの?」


・・・・・・


「で、シートの方の答えだけど、赤の問題、『子供に大人気!お弁当に入っていたらうれしいね。ひき肉で作ったあの料理。小さくても美味しさギュギュウッと詰まっているよ!』の答えはミニハンバーグ。ミートボールとの2択に悩むが、“ギュギュウッと“だからね。物にもよるけど一般的にミートボールは豚や鶏のひき肉のイメージだ。ギュウ100%ならばハンバーグと考えるのが妥当だろう」 


タルト所長は、この場所に実体ある人間が自分自身以外存在しないにもかかわらず、何故か謎解きイベントの解答解説を始めます。


「次のオレンジのシート、『『○○の都』と呼ばれる都市。お洒落なマドモアゼルが集う街』、これは簡単。地球地理は僕の得意分野だ。答えは仙台。もりの都だ。東北地方には洗練された美しいお嬢さん(マドモアゼル)がたくさんいるということだからね。そして黄色、『イエズス会の創設メンバーで日本にキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルは何人でしょう』。古今東西、フランシスコ・ザビエルという同姓同名の人物は複数人いるだろうけど、イエズス会の創設メンバーで日本にキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルはただ一人だ。人数を聞かれているから、答えは“ヒトリ”。ひっかかりようのない簡単な問題だな」


タルト所長は解いた問題を一言一句違えずに思い出しながら、独擅場を続けます。


「緑の問題『大人気!白黒のかわいい動物。でも意外と気性の激しい一面も?!』の答えは当然、シャチ。水族館でのシャチのショーは子供たちにも大人気だ。青シートの『白くてとろとろ。栄養たっぷり!胃腸の調子も整えてくれて健康的な食べ物だよ』。胃腸の調子を整えるといって真っ先に思い浮かぶのは乳製品だ。“とろとろ”のヒントがあるから、ここはミルクプリンで決まりだろう。藍色は『元々は硬いよ。でも水や火を加えるとふっくらと・・・。主食としても食べられる、カレーと言えばコレ!な食べ物と言えばなんでしょうか』という問題。材料である小麦粉は、元は穀物の小麦でもちろん硬い。これに水や酵母など色々加えて加熱すると、ふっくらとしたナンが焼きあがる。カレーと一緒に食べるのはナンに決まっている。“カレーと言えばコレ!な食べ物と言えばナンでしょうか”と聞かれれば、もちろんその通り、正解だ。カタカナ3文字で答えるならば“イエス”だ」


まだまだ続きます。


「紫シートに書かれていたのは『ある生き物の形をした美味しいお菓子。中には餡がぎっしり詰まっているよ。頭から食べるかお尻から食べるか迷っちゃうね』。これもある意味、地球問題だね。答えはズバリ、ひよ子だ。アンテナショップの九州コーナーにも売っていたじゃないか。福岡名物のお饅頭、銘菓ひよ子さ。ひよこの形をしていて、中には黄身餡がいっぱい詰まっている。頭から食べると首が取れたみたいで可哀相だし、お尻から食べても生首みたいに残っちゃってこれまた痛々しいし、でも一口では食べられないし・・・で、食べ方を迷いに迷うお菓子だ。そして最後、白の問題。これは文学的で、僕が一番気に入った問題だ。『僕はただ広い自然の中にいる。正面は真っ白で道はなく、これからどこにでも行ける。ふと後ろを振り返る。そこには2本の道があった。僕は一体何者だろう』・・・・素晴らしい作品だよね。“僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る ああ、自然よ”・・・うん。いつ朗読してもいい詩だね、“道程”は。発表当初の“道程”は102行の長詩だったけど、今では9行に短縮された詩が教科書にも載っている。だから、この問題で問われている『僕』はもちろん、この詩“道程”の作者である高村光太郎だ」


シートの解答解説を終えたタルト所長は一息ついて、いよいよ最終問題の答えを発表します。


「さて、8問全部の答えが揃ったね。順に並べると、“ミニハンバーグ”“センダイ”“ヒトリ”“シャチ”“ミルクプリン”“イエス”“ヒヨコ”“タカムラコウタロウ”。最後の1文字だけを連ねると“グイリチンスコウ”。そう、例のアンテナショップの沖縄ブースで売っていた、具入りちんすこうが最終解答というわけなんだよ」


アース星と地球は密接で、特にジャペン国と日本は友好国なので、この解答にも納得です。


「で、具入りちんすこうを買いにアンテナショップに戻って、ついでに売り場の隅でほこりをかぶっていたシーサーのミニミニ掛け軸、定価50万イィエンを99.9%オフの500イィエンで売ってたから買って、すぐさまイベント受付に戻って、シートと具入りちんすこうを提出・・・・・とまあ、こんな具合で楽々クリアしたわけだ。受付の係員さんも、僕の博識ぶりに惚れ惚れしてたなあ。それで、『お客さま、素敵 (ぽっ)』なんて目でこっちを見るもんだから、ちょっとした雑学なんかをサービスしちゃったわけなんだけど・・・え・・と、それで名残惜しそうにしていた係員さんから10万イィエンを頂いてイベント会場を後にして・・・それからどうしたんだっけな・・・ううーん・・・・・ああっ!そういえば貰った10万イィエンは?!?!」


タルト所長は慌ててスーツのポケットを探ります。

そこに10万イィエンは・・・


「あった!」


ジャケットのポケットから2つに折りたたまれた封筒が出てきました。

封筒には、『金一封 謎とき・ドキドキ・食べ歩き!ついでにおこづかいも貰っちゃおう!完全制覇おめでとうございます 南商店街』と書かれています。

中のお札を出して数えましたが、ちゃんと10万イィエン揃っているようです。


そして、反対側のポケットからはミニミニ掛け軸が出てきました。

伸ばすと縦20cm横7cmくらいで、軸木も掛紐も付いた本格的なミニチュア版掛け軸です。

絵柄は色鮮やかなシーサーです。

購入後、タルト所長がこの巻かれた状態の掛け軸を自身でジャケットのポケットに入れました。


「つまり・・何も盗まれてはいないということか・・・まあ、名刺入れは胸ポケットから取り出されているみたいだけど・・・誰が何のために?」


考えてみましたが、その理由については全く思いあたらない様子のタルト所長。

とりあえずその話は置いておき、10万イィエンを入手した後の行動について思い返すことにしました。


「そうだ。それから、イベントにかまけてすっかり忘れていたコーヒー豆を買いに行こうと思ってまた商店街の方に入っていったんだった・・・・そうだ!その途中で藻蓋もぶたさんに会って・・・」


藻蓋さんとは、藻蓋モブぞうさん。RR探偵事務所に、飼育ケースから脱走したペットのマダガスカルヒルヤモリの捜索を過去7回依頼してくれたお得意さんです。

ちなみにそのうち5回は家の中で見つかりました。

2回は外に出て、野生のサバンナオオトカゲと井戸端会議をしているところを捕獲されました。

ちなみにちなみにその捕獲時には、ヤモリやトカゲのぴょこぴょこした尻尾に、エ・クレア助手の目がキラーーンと光っていましたが、飛び掛かる寸前でタルト所長に抱き留められ、その隙にスフレさんが網で優しくヤモリを捕まえたという顛末があります。


「で、少し立ち話をしていたら、藻蓋さんが、いつもお世話になっているお礼に何か奢らせて下さいと言ってくれて、近くの創作料理の店に入ったんだ・・・それから・・・うん、料理を頼んで・・・で、店長おすすめの『皇帝のしずく』とかいう黄色いジュースを飲んでいたら、藻蓋さんのスマホが鳴って・・・」


どうやら藻蓋さんに急用ができて、すぐに帰らなければならなくなったようです。

藻蓋さんはタルト所長に、「食事の途中ですみませんが、ここで失礼します。会計は済ませておきますので、赤岩さんはどうぞゆっくりして行って下さい」と言って足早に席を立ったのでした。


「うん。そうだった・・・その後、僕は残りの食事と、藻蓋さんが口も付けずに残していったジュースも飲み干して、さて店を出ようかと思って・・・思って・・・・・どうしたんだろう・・・え?・・ここから先の記憶が・・・全く・・・ない・・・」


さて、ここまでで皆さんもお気づきの事と思いますが、怪しいのは突然登場した妙な名前の飲み物です。

タルト所長はジュースだと思っていた黄色い色のこの飲み物、早速種を明かしますが、これはジュースではありません。

ゴッチェ・インペリアル。ハーブを使ったリキュールで、アルコール度数92度のお酒です。

それでなくともお酒に強い方ではないタルト所長、藻蓋さんの分まで一気に飲んでしまっては前後不覚になるのも当然です。

そんなものをおすすめしてくる店長さんもどうかと思いますが。


「それからここで目を覚ますまで、記憶が途切れている・・・僕はどうやってここに来たんだ?・・というか、結局ここはどこなんだろう・・・」


とりあえずは、目覚めてから続く軽い頭痛の正体がわかり、少し安堵したタルト所長でしたが、この場所に軟禁されている理由は分かりません。

外に出ようにも、窓は無く、ドアは開かない状況です。


「スマホも電池切れだし・・・さて・・・これからどうするか・・・」


何か脱出あるいは外部と連絡が取れる手段を探そうと、タルト所長がもう一度室内を物色し始めた時、ギギギギと音がして、彼はドアの方を振り向きます。


「・・・・!!」


ドアがゆっくりと開き、黒いタキシードにシルクハット、黒いマントを羽織った背の高い初老の男が入って来ました。


「・・・・・・」


そして、タルト所長と目が会ったその男は、タルト所長に向かって落ち着いた口調でこう言ったのです。


「やあ、赤岩タルトさん、お目覚めのようですな」

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