第93章 本格推理小説のすゝめ(6)
「ですから、空さんという方はいません・・え?この家の次女?いいえ。浅比様のお子様は香澄様と乃耶麻様のお2人だけです。隠してませんよ、人聞きの悪い・・・・え?座敷牢?・・・・本気でおっしゃってます?一体いつの時代の話ですか・・・・はい?廊下の奥の部屋?あれは納戸、ただの物置きです。外から鍵がかかる部屋なんて大体どこのお宅でもそうなんじゃないですか?・・・え?郵便物ですか?それはおっしゃる通り私の担当ですよ。ここはご存知の通り人里離れた山奥ですからね。新聞や郵便物は配達してくれないんです。ですから私がふもとの小さな町まで毎日取りに行ってるんです。もちろん、こちらからの郵便物を投函するのも私の仕事です・・・・・・はい?で・す・か・ら!今まで郵便物の中に弥生野空さん宛ての手紙が入っていたことは1度もないですし、佐倉様への手紙をことづかったこともありません!」
フットマンは探偵のしつこい追及に対してさすがに苛立ちを隠そうとしなかった。
そして、浅比の事件についても言及する。
「ええ。もちろん先程の騒動については知っていますよ。しかし、バトラーから、騒がず普段通りの仕事を続けるようにとのお達しがありましたから」
「え?もう?“お達し”早くない?!」
「オレっち達、現場を出てすぐにここに来たのにニャ?!」
「使用人は全員、使用人同士でつながる携帯式無線『ピピッと話せる使用人専用無線』略して『PHS』を持っていますから」
「PHS」
「無線は音声だけですが、文字でやり取りしたい場合は同じく使用人同士でつながる携帯式メッセージ送受信機『ポンッと軽快で便利なルーター機能付き文字通信機』略して『ポケベル』もあります」
「ポケベル」
「なかなか無理があるのニャ。無駄な機能もついてるしニャ」
赤岩タルトは浅比の事件についてさらに追及したのだが・・・・
「はぁ~~っ?!アリバイですって?!事件が起こったのは3時なんですよね?その時間の私のアリバイをお聞きになりたいと?・・・・・ええ、浴室の前であなた方と一緒に古時計が告げる3時の時報を聞きましたけど何か?!」
~~~~~
「フットマンさん、お怒りでしたね」
「・・・ははは」
「アリバイ聞いたのはまずかったニャ」
3人は他の従業員にも話を聞きに行った。
パーラー・メイド田中の話では、毎日午後2時55分から3時5分までの10分間、メイドたちはおやつを兼ねた小休憩をとるということだ。
今日もパーラー・メイド、チェンバー・メイド、スカラリー・メイドの3人はキッチンのテーブルでお茶とクッキーを楽しみながら雑談していたらしい。
「3人はシロかな。共謀していたら別だけど、そんな様子もないね。まあ、探偵の勘でしかないけど」
「使用人さんは全部で何人なのかニャ?」
「それなら、私がトイレに行ったとき、ランド・スチュワードさんに会ったんですが・・・」
「ああ、そう言えば僕たちもチラッと見かけたね。すぐに仕事に戻って行っちゃったから彼の話は聞けなかったけど。確かランド・スチュワードって・・・」
「全使用人の長である家令さんの事だニャ。これまた純ジャペン風の様相だったのニャ」
「その呼称、怒られますよ。確かにぴっちり和装でしたけど。それで、そのランド・スチュワードさんの話では、メイドさんがさっきの話に出てきた3人、バトラーとフットマン、そして今日はお休みでここにはいないガーデナーさん、そして普段は常駐しているショーファーさんは、ぎっくり腰とぎっくり首とぎっくりくるぶしを併発して緊急入院しているそうです」
「全部で8人ニャ。で、今この屋敷にいるのが6人なのニャね」
「フットマンのアリバイは完全だね。メイド3人もとりあえずのアリバイはある。あとは、ランド・スチュワードと第1発見者のバトラーだね」
「第1発見者を疑え、ですか」
「実際には第1発見者が犯人のケースはそれほど多くないらしいけどニャ。彼は3時にどこにいたかはわからないけど、3時の時報の後でオレっち達に会ってるのニャ」
3人は邸内の他の人物にも話を聞いて回った。
ランド・スチュワードはその時間、外部の人間と電話で話していたという。
弥生野家の土地に関する彼の仕事の電話だったため、詳しい内容については教えてもらえなかったが、使用した固定電話の通話記録からも、その証言が嘘ではないことが明らかになった。
バトラーは、香澄の部屋にいたという。
香澄の部屋には部屋の主の香澄と、赤岩タルトが香澄の部屋を訪ねた時に部屋に入ってきた香澄の母がまだ残っていた。
そしてバトラーを加えた3人で、着物を新調するために呉服店の外商を呼ぶ予定などの相談をしていたらしい。
「これでバトラー、香澄さん、佐都夫人のアリバイが成立・・・か」
「これも共謀の線を考えなければ、だけどニャ」
残るは弥生野家長男、弥生野乃耶麻だけだったのだが、彼のアリバイはフットマンのアリバイと同じくらいに最も確実なものであった。
PC版『ストーリー&ファイター』のゲーム実況を生配信中だったのだ。
対戦者や視聴者とのやり取りのログも残っているため、疑いようのないアリバイだった。
「全員にアリバイがあるのニャ!?どういうことなのニャ?!」
「いや、エ・クレア君。もう一人いるじゃないか、調べなければいけない人物」
「ウニャ?誰ニャ?」
「誰ですか?」
2人は赤岩タルトの次の言葉を真剣な面持ちで待った。
「それはもちろん、弥生野空さんだよ」
赤岩タルトは言った。
~~~~~
「やっぱり座敷牢は存在するんですね?!」
「空さんは座敷牢を抜け出したのかニャ?!」
「そう考えていいだろうね」
「座敷牢があるとすれば、やはり廊下の分かれた先のあの部屋かニャ」
「廊下から見ただけだけど、庭には見通しのいい東屋だけで、離れとかの建物は無かったしね」
「地下室もなさそうでした」
「でもあの部屋、外から鍵がかかってたニャ」
「抜け道があるのかもね」
「長い年月をかけて床に穴を掘って脱走経路を作ったのかも」
「とりあえず行ってみよう」
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「・・・・こちらは物置であるとフットマンからお聞きのはずでは?」
しつこく食い下がる探偵陣に根負けして、バトラーは例の部屋の鍵を開けたのだが、そこには掃除道具やガーデニング用品、タイヤなど車関係の用具が、取り出しやすいようにきっちりと並べられていただけだった。
もちろん、人の気配はない。
無論、中で誰かが生活していた痕跡もない。
言うまでもなく、ここは“単なる納戸”でしかないのだ。
バトラーは、胸元からすっとスマートにスマートフォンを取りだし、何やら検索する。
そして、検索結果を淡々と読み上げる。
「YAFFOO知恵の大袋。質問:物置に置いてはいけないものは何ですか?・・・ベストアンサー、い草教布教の会☆会長ちゅーちゅーネズミ♪さんの回答:食品・衣類・書籍・火気のある物・湿気に弱い物・生き物」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「生き物」
「わかりました。2回言わなくていいです。すみませんでした」
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「やっぱり弥生野空さんは架空の人物ニャんじゃないのかニャ」
「そんなわけないです!きっとどこか別の場所に監禁されているんですよ!探しましょう!」
「架空の人物だとして、誰が弥生野空を演じてたかという話になるんだけど」
「怪しいのは・・・あのちょっと軽薄な長男、弥生野乃耶麻かニャ。女の子と文通したいがために、女性を騙ってみんなをだましていたのニャ」
「うん、確かに彼ならやりかねない気もするけど、ただね。手紙を“送る”事は、家族にも使用人にも隠れてこっそりとできると思うんだよ。でも、手紙を“受け取る”方はどうだろう。いつ届くかもわからない手紙だよ。あのフットマンにも誰にも気付かれずに受け取ることは難しいと思うんだ」
赤岩タルトは話を続けた。
「今回の2つの謎。僕にはもう真相が見えてきたよ」
「え?!本当かニャ?!」
「犯人がわかったんですか?!」
「うん。これまでの調査結果から導き出される結論は1つだよ」
「!!!!」
「!!!!」
「さあ、いよいよ謎解きと洒落込もうじゃないか」
赤岩タルトは不敵に微笑んだのだった。




