第92章 本格推理小説のすゝめ(5)
「はあ、ここでの僕たちの不審な言動については有耶無耶になって助かったよ」
「こじ開けようとしていなくてよかったニャンね」
「ここ、何の部屋ですか?」
「僕たちもさっき見つけたばかりでわからないんだけど、外から鍵がかかってるようなんだ」
「ニャんなのかニャー」
「あの・・私、ちょっと聞いたことがあるんですけど、昔、村の名士とかの大きなお屋敷で、出生に問題のある子どもとかを隠匿するために家の一角に閉じ込めておく部屋があったとか・・・」
「座敷牢か?!」
「ニャニャッ?!」
「いや、しかしそれはちょっとホラー系の時代小説とかの世界だけ・・・」
「ホラーなのニャ!ホラーは大きなホラなのニャ!!ニャニャーニャニャー!!!」
猫探偵は大のホラー嫌いである。
「落ち着きなさい、エ・クレア君。大丈夫だから」
「・・・はいなのニャ」
「確かに昔はそういうこともあったと噂されているけど、さすがに現代の世の中に座敷牢とかないでしょ」
「でも、ここに閉じ込められているのが空さんだとしたら・・・・みんなで存在を隠すのも納得できますし」
「・・・ウニャ。監禁されている空っちが、使用人の1人にでも密かに協力してもらって桜っちと文通していたとすればつじつまも合うニャ」
「まさか」
「ニャ!思い出したのニャ。確か娘の香澄っちに話を聞いた時、自分の事を“長女の”って言ってたニャ。普通なら別段引っかかる事でもニャいけど、こうなってみると、“次女”がいるからわざわざ“長女”と言ったのだと解釈することもできるのニャ!」
「その“次女”が幽閉されている空さん・・・・」
「まさか」
「監禁なんて!明らかな虐待ですよね?!やっぱり空さんはこの家の人たちに不当な扱いを受けて・・早く彼女を助け出しましょう!!」
「こんな事、許されないのニャ。早く彼女をここから出してあげるのニャ!!」
その時、廊下の向こうからかすかに男の叫び声が聞こえた。
「今のは?!」
「何でしょう」
「行ってみるのニャ」
3人は声のする方に急いだ。
近づくにつれて声ははっきり聞こえてくるようになった。
声は「旦那様」「旦那様」「どうなさいました」としきりに繰り返している。
声がするのはとある部屋の中からだった。
その部屋は例のパーラー・メイドの話によると、『旦那様のお仕事部屋』らしい。
当主の仕事が何であるかはっきりとは聞かなかったが、どこかの会社の会長だったり、株の取引きをしたり、商業ビルのオーナーだったりと何やら手広くやっているようだ。
そして、その仕事についてバトラーと相談したりしているのがこの部屋だということだった。
先程バトラーは「旦那様と打ち合わせがある」と言って中座した。
つまり、この部屋の中にいて叫んでいるのは・・・
「バトラーさん!どうしたんですか?!」
赤岩タルトと連れの2人は入口が薄く開いている『お仕事部屋』に走り込んだ。
部屋の真ん中にバトラーがしゃがみ込み、倒れている人物の肩を揺すっていた。
倒れているのは弥生野家当主の浅比だ。
浅比はうつぶせに倒れていたが、外傷は見当たらない。
傍らには重たそうなガラス製の灰皿が転がっている。
「この灰皿で殴られたのか?!」
「ニャニャッ!!さ・・さつ・・さつ・・さつじ・・・」
「そんな馬鹿な!・・・息、してますよね?!」
普段は卒なく職務を遂行しているであろうバトラーは、この事態に大いに取り乱し、ただただ主人に呼びかけるしかできていなかった。
すると、バトラーに揺さぶられていた主人の肩がぴくりと動いた。
「旦那様!!」
目を覚ました浅比は、顔をしかめて右手で後頭部を押さえながら、左手でバトラーの手を借り、上半身を起こした。
「どうなさったのですか旦那様。お怪我は?!何があったのでございますか?!誰がこのような事を?!」
バトラーに矢継ぎ早の質問を受けた浅比は、大声を出さないでくれないか、と注意し、入り口付近に立っている3人に気付いた。
「その灰皿で殴られたのですか?」
赤岩タルトが少し抑え気味の声で浅比に尋ねる。
「・・・おそらく・・・いや、後ろから突然の衝撃を受けたので、確かな事は・・」
「旦那様、救急車をお呼びします」
冷静さを取り戻したバトラーがそう言って部屋を出ていこうとしたが、
「いや。それには及ばない。出血もないようだし、大事にしたくない」
と、浅比が制止したが、赤岩タルトは異議を唱えた。
「いえ、そうはいきませんよ。これは傷害事件です」
「・・・・しかし・・・」
「この状況では犯人が外部から侵入した可能性は低いです。お気持ちは分かりますが、このままにするとまた狙われるかもしれませんし、他の家族の方に危害が及ぶということも・・」
「それは困る。・・・わかりました。では、探偵さんにお願いしましょう。できるだけ事を荒立てずに解決して下さい」
「ご依頼、承りました。我々RR探偵事務所にお任せください」
赤岩タルトは力強くうなずいた。
「では早速ですが、状況を詳しくお伺いできますか」
「詳しくといえども、本当に自分が聞きたいくらいなのだが」
そう言いながらも、浅比はこれまでのことを説明した。
午後3時15分からバトラーとの仕事の打ち合わせを予定していた浅比は、3時前には自分の仕事部屋に入り、資料などの確認をしていた。
仕事部屋にはファイルが収納された棚が幾つかと、部屋の奥に広い仕事机が1つあるだけで、シンプルな造りになっている。
「古時計が3時の鐘を鳴らした直後でした。私は扉に背を向けて机の上の資料を整理していました。私が中にいる間は普段から部屋の鍵は開けたままでして、犯人は音もなく入ってきたようです。そして後頭部をガツン、と。バトラーが部屋に来るまで、そのまま昏倒していたというわけです。犯人については男か女かもわかりません」
「犯人や動機に心当たりは」
「ありません」
「バトラーさんはどうです?」
「旦那様が誰かに恨まれるなど。ましてや邸内の者に。誰が何の目的でこのような事を。全く信じられません」
「この灰皿は?」
「これは常時こちらの仕事机の上に置いてあるものです」
赤岩タルトはそれを聞いて違和感を覚えた。
「・・・うん?ご当主はこの机で資料の整理をされていたんですよね。犯人がこの机の上の灰皿を手にしたのなら、その時に気付いてもおかしくないですよね」
思いついた疑問を口にすると、まだ少しぼんやりとしている様子の浅比は、
「そうですね・・・では、灰皿で殴られたのではないかもしれません」
と言った。
「怪我の様子から見ても、灰皿が凶器ではないとみていいでしょうね。こんな重い灰皿で殴られれば、もっと大事になっていたでしょう。他に凶器になるようなものはこの部屋には見当たりません。犯人が持ち去ったのでしょうか」
と赤岩タルトは腕を組み、独り言のようにつぶやいた。
それから顔を上げて、
「では、またみなさんにお話を聞いて回ります。ご当主、お大事になさって下さい。何か思い出したことがあればお知らせください」
と言い、2人を連れて部屋から出て行った。
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「まさかの本格的事件発生ニャ」
「うん。このタイミングでこの事件。空さんの事と無関係だとは思えないけど」
「犯人捜しより、空さんの救出が先ではないですか?」
「座敷牢を開ける方法は・・」
「また使用人に見つかる危険があるのニャ」
「あ、そうだ。僕たちの推理では、使用人の中にも空さんの味方がいるということだよね」
「そうニャ。監禁されている空っちがこっそり文通するためには、使用人の協力が絶対必要なのニャ」
「空さんのお世話をしている人が第1候補だよね」
「侍女さんとかかニャ?」
「あ、それ聞かれると怒られますよ。レディーズ・メイドとかって言わないと」
「そうだ。確か、フットマンの田中さんの話で気になることがあったな」
「何ですか」
「田中さんは新聞や郵便物を取りに毎日山を下っているという話をしていた。文通は、こちらから手紙を出すのももちろんだけど、“受け取る”ことも重要だ。家人に隠れて手紙を受け取るには、この家で一番最初に郵便物を受け取って仕分けをする使用人と手を組む必要がある」
「つまり、空っちの協力人はフットマン田中なのニャ!」
「では、彼に話を聞きに行こうか。同時に浅比さんの事件についても聞き込みをしていこう」




