第91章 本格推理小説のすゝめ(4)
「やはり弥生野一家の誰もが空については知らないようだね」
「誰かが嘘を吐いているということはないのかニャ」
「可能性がないとは言えないけど、誰も嘘を吐いているようには見えなかったな」
「そうニャね」
「それに、何のために嘘を吐くのか、って事もある」
「嘘を吐くメリットかニャ・・・ニャンだろう」
探偵陣は廊下を歩きながら話し合う。
「とりあえず使用人の人たちにも聞いてみようか。何か手がかりがつかめるかもしれない」
「そうするのニャ」
ふと気づくと、目の前に大型の置時計が現れた。
あてもなく歩いているうちに、廊下の端まで来てしまったようだ。
「これが例の古時計だね」
「立派なものだニャー」
ホールクロックと呼ばれるこの縦長の機械式置時計は、赤岩タルトの身長を優に超える高さで、硝子戸の中では丸い振り子が左右に揺れている。
「あの、どうかされましたか」
時計のそばの木製の引き戸を開けて、甚平姿の男性が出てきた。使用人の1人のようだ。
聞きなれない2人の声が気になって様子を見に来たのかもしれない。
「ああ、すみません。私はRR探偵事務所の赤岩タルトです。ご当主のご協力を得て、ある調査をしています。こちらは探偵助手のエ・クレア。そして、こちらが・・・・ええっ?!いない?!」
「ニャンだかさっきも同じセリフを聞いたような気がするのニャ」
「またトイレに行ったのかな。ていうか、水5Lもよく飲めたよね」
「あれだけ一気に飲んだら水中毒になるのニャ」
「もしかして、敷地内の自動販売機で買われましたか?」
甚平姿の使用人が2人に尋ねる。
「ええ。そうです。あの自動販売機はこちらのお宅が設置したものですよね」
「はい。弥生野家の皆様がお出かけの際は邸宅からショーファーが運転する車にお乗りになるのですが、使用人には敷地内の車移動は許可されていませんので、所要の際には徒歩で山道を往復しています」
「何そのブラック職場」
「バイクとか自転車とかもダメなのかニャ?」
「それは構わないのですが、邸の駐輪場を使用するには使用料月10000イィエンがかかるので、利用している使用人はおりません」
「何その漆黒職場」
「使用人の皆さんなら結構、外に出掛ける用事もあるんじゃないのかニャ」
「その通りです。ですので以前は山道の途中で行き倒れる使用人が後を絶たず、一致団結してストライキを行い、再三再四の交渉の結果、あの自動販売機を設置していただけたのです。ちなみに飲み物のラインナップは前当主弥生野伊佐也氏のチョイスです」
「ほとんど嫌がらせですよね」
「使用人の皆さんもお金払って買ってるんですかニャ」
「もちろんです」
「完全に嫌がらせですよね」
「あの料金設定は極悪非道なのニャ」
男性は日頃の鬱憤を吐き出すかのように言葉を続けた。
「基本的に食料配達等の方々も敷地内には入れないので、自分があの門の所まで取りに行っています。徒歩で。ふもとの町まで行って新聞を買ってきたり郵便物を取りに行ったりもしています。徒歩で」
甚平姿の男性の見かけは小柄で、とても毎日あの距離を徒歩で往復している風には見えなかったが、甚平の下にはとてつもない筋肉が隠れているのだろうか、と赤岩タルトはふと思った。
「失礼ですが、あなたは」
赤岩タルトの問いに甚平姿の使用人は答えた。
「申し遅れました。私はフットマンの田中と申します」
「フットマン・・・」
「毎度のことニャがら、この純ジャペン風邸宅でその格好でかニャ」
「ジャペンではあまり聞きなれない名称なもんで。ええと、従僕さんのことですかね」
「いえ!フットマンです!」
「同じじゃニャイのか?」
「違います!」
「さっきの会話で出てきた“ショーファー”も運転手さんの事ですよね」
「いえ!ショーファーです!」
「同じじゃニャイのか?」
「違います!」
「なぜそれほど横文字にこだわるのか、この純ジャペン風邸宅で」
「現当主の意向です」
「この純ジャペン風邸宅で?」
「当主は西洋趣味ですので。ご自分のお部屋はフローリング、シャンデリア、ステンドグラス、天蓋付きベッドなどなど、洋風に作られていますよ」
「この純ジャペン風邸宅で?」
「もうニャにがニャンだか」
「あれ。そういえば、田中さん。パーラー・メイドの方も田中さんとうかがったんですが」
「はい。パーラー・メイドの田中は私の妻です」
「そうだったんだニャ」
このフットマンにも弥生野空について聞いたが、顔も名前も見たことも聞いたこともないという返事だった。
「お電話でも聞かれましたが、本当に当家には空さんという方はいらっしゃらないのです」
どうやら、依頼者佐倉桜の問い合わせの電話を受けたのはこの使用人のようだ。
ボーンボーンボーン
古時計が3回鳴った。
先刻聞いた音だったが、こう近くで鳴らされると迫力が違う。
時刻に関して特段気に留めてなかった2人はまたもびくっ、と体を揺らした。
しかし慣れた様子のフットマン田中は涼しい顔で、まだ仕事が残っていると言い、先程出て来たドアに再び入っていった。
どうやら中は浴室らしかった。
~~~~~
2人は廊下を戻ったが、途中、廊下の分岐の部分で足を止める。
さっき通った時も、その分岐が気になっていた。
「エ・クレア君。最初にメイドの田中さんに間取りを教えてもらったけど、こっちの方の説明は無かったよね」
「はいニャ。分岐があるニャンて言ってなかったのニャ」
赤岩タルトは、猫探偵にちょっと行ってみようかと声をかけ、分岐に入った。
廊下はさほど長くは続いてはいなかった。
突き当たりに粗末な木の扉が1枚あるだけだ。
扉には外側に南京錠がかけられている。
「ここ、何の部屋だろうね」
「ノックしてみるのニャ」
何度か軽くノックをしたものの、応答はない。
「まあ、外から鍵がかかってるんだから中に人はいないよね」
「普通はそうニャね」
「メイドの田中さんはこの部屋の事、言い忘れてたのかな」
「そうかもしれニャイけど、“あえて”言わなかった可能性もあるニャ」
「何故?」
「それはわからニャイけど、この部屋だけ独立していて、いかにも怪しいのニャ」
「誰かに聞いてみようか」
「もし“家ぐるみ”で隠してるのだとしたら無駄なのニャ」
「じゃあ、この扉こじ開けてみる?」
「さすがにヤバイのニャ」
などと扉の前でしばらく2人で問答をしていると、
「そこで何をしておいでです」
廊下の分岐点の方から声がして、黒紋付きをパリッと着こなし、口ひげを蓄えた男性が現れた。
「え?あっ、すみません。RR探偵事務所所長の赤岩です」
やましいことは(まだ)何もしていなかったのだが、男性の威圧感ある物言いと居住まいに、赤岩タルトは思わず気後れしてしまう。
「旦那様よりうかがっております。探偵のお3人方がお見えだと。お1人の姿は見えませんが」
「いいえ。れっきとした探偵は2名です。こちらの猫はエ・クレアと言いまして、私の優秀な探偵助手ですが、もう一人は・・・」
「あ。戻ってきたのニャ」
その“もう一人”が分岐から小走りにやって来る。
赤岩タルトと猫探偵は視線を向け、黒紋付きの男性は後ろを振り返った。
「はぁはぁ、探し回りましたよ・・・こちらは?」
「わたくしはこの家のバトラーでございます」
「執事さんですか」
「バトラーです!」
「執・・」
「バトラー!!!」
「この件も最早恒例となってきたけど一応言わせてもらいましょう。この純ジャペン風邸宅で?」
「その格好でかニャ?」
「旦那様の意向でございます。先代の伊佐也様はジャペンの伝統に厳しいお方でしたが、今の旦那様はその反発心からか、洋風を好みますので、横文字以外の名称を使いますとこれまた厳しく罰せられるのでございます。先日もフットマンの田中がガーデナーの事を『庭師さん』などと呼んだものですから、旦那様がたいそうお怒りになって、田中のおやつの粉だらけきなこもちを取り上げてしまわれたのです。あの時の田中の嘆きようといったら・・・」
「粉だらけきなこもちって、確かあの自動販売機で売ってましたよね」
「なるほど。持ち帰って食べるという手があったか」
「オレっち達も帰りに買っていこうニャ」
「ところで、執・・・いや、バトラーさん。僕たちの調査内容については・・」
「もちろん存じ上げております。しかし、この家の誰にお聞きいただいても答えは同じですよ」
バトラーは「旦那様と仕事の打ち合わせの時間ですので失礼いたします」と言って、その場を後にした。




