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第89章 本格推理小説のすゝめ(2)

それからまた少し歩を進めた後、ふと、人間の何倍もの聴覚をもつ猫探偵が、かすかな音を聴きつけた。


「ウニャッ?!この音は!」

「え?何ですか?」

「何も聞こえないけど」


道の先には小さな橋が架かっていた。

猫探偵の聴覚は、流れる水の音を捉えていたのだ。


「敷地内を川が流れていたのか」

「ここの水を飲めばよかったですね。綺麗そうですし」

「いニャ。川へと降りる足場は無いのニャ」


そこで赤岩タルトが川上から流れてくる何かに気付いた。


「うん?なんだろう。何かが流れてくる」

「もしかしてあれ・・・」

「カッパなのニャ!!」


体格は人間の子供のようだが、それと間違いようもないほどに全身が緑色だった。

頭頂部には皿があり、嘴や甲羅も見てとれる。

水中から突き出した右手にははっきりと水かきも存在する。

もちろん、雨の日に着るあの合羽レインコートではない。

明らかに妖怪の河童だ。


川は小さく、水量は多くない。

流れもあまり速くはなさそうだが、泳ぎの得意なはずの河童が時には失敗することもあるのだろうか、流れに押されて溺れかけている。


「『河童の川流れ』とはまさしくこのことだね」

「うまい事言ってる場合じゃないのニャ!助けニャイと!」

「あ、ちょうど空になったペットボトル(5L)があるんで、浮き輪代わりになるんじゃないでしょうか」


赤岩タルトが空のペットボトルを受け取り、河童の手元に投げてやった。

河童は、それに気づいてペットボトルにしがみつき、水中から体を起こして体勢を整えた。

どうやら無事のようだ。

一息ついた後、橋を見上げて、救世主たちの姿を見つけると、軽く右手を振った。

そして、ペットボトルにつかまったまま川の流れに任せてゆっくりと川下へと消えていった。


「もう溺れないように気をつけてねーーーっ」


河童に声をかけた後、「可愛いかったですね、河童」と振り返ったが、赤岩タルトも猫探偵も、(そうかなあ?)(そうかニャア?)の表情を浮かべるのみだった。


~~~~~


九十九折りの山道を抜けると、ようやく弥生野邸が見えてきた。

遠くからでもその大きさが際立つ立派な平屋の純ジャペン家屋。

ジャペン家屋は、地球の日本家屋と全く同じ構造を持つ、ここジャペン国の伝統的な建築物である。

残念ながら3人の中に詳しい者はいなかったが、屋根瓦は素人目にも高級なものだとわかるほどだった。


3人はその豪邸の前に到着した。

周りは板塀で囲まれていて、木製の格子の門扉がある。

塀の内側にはかなりの広さの庭もあるようだ。

綺麗に整えられた松の木が顔をのぞかせている。


「きっと庭には池があって、大きな錦鯉とかが悠々と泳いでいるんでしょうね」

「そしてきっと鹿威ししおどしがカコーーーンといい音を鳴らしているのニャ」


余裕を持ってかなり早めに出発していたので、予定外のワンダーフォーゲルに見舞われたものの、約束の時間にはぎりぎり間に合った。

インターホンらしきものは見当たらなかったので、門扉を開けて声をかける。


「ごめん下さい」


赤岩タルトの声に、中から


「はい、ただ今」


と声がして、和服に割烹着を身に付けた中年の女性が出てきた。

ここジャペン国でも日本の和服は浸透している。

ジャペン家屋に住むジャペン人は往々にして和服を好むのである。


「弥生野様と本日お約束で参りました」


赤岩タルトが挨拶をきりだすと、


「探偵事務所の方でございますね。うかがっております。どうぞ中へ」


と言って、その女性は3人を邸内へと招き入れた。


「現在旦那様が在宅ですので、お話は旦那様がおうかがいいたします。応接間の方へどうぞ」


女性の案内で、邸内の板張りの長い廊下を進む。


「あの、失礼ですがあなたは家政婦さん・・いや、女中さんですか」


赤岩タルトが歩きながら質問する。


「いえ。パーラー・メイドです」

「・・・はい?」

「・・・メイド?」

「この純ジャペン風邸宅でその格好でかニャ?」


孔雀が描かれたふすまの前に到着すると、パーラー・メイドは客の到着を部屋の中にいるこの家の主人に告げる。


「どうぞ」


中からの入室を許可する声を聞くと、パーラー・メイドはふすまを開けて3人を中へ通す。

そこは20畳くらいの和室で、床の間には水墨山水の掛け軸がかかり、木製の円形飾り棚にはいくつかの小さな盆栽が置かれている。

そして、中央付近の大きな座卓の奥には着流しの良く似合う50歳前後と思われる貫録のある男性が座っていた。


男性が、入ってきた客人に声をかける。


「私が当主の弥生野やよいの 浅比あさひです。なんでも人をお探しとの事。私どもでお力になれればいいのですが」


「はじめまして。RR探偵事務所所長の赤岩タルトと申します。こちらは助手のエ・クレア、おしゃべりにゃんこ認定猫です」

「ああ、それはそれは。珍しいお客さんで」

「こんにちはなのニャ」


「そして、こちらが・・・・・ええっ?!いない?!」


赤岩タルトはもう一人の同伴者の紹介をしようとしたのだが、猫探偵の隣に座っているはずのその人物の姿はどこにもなかった。

すると、先程のパーラー・メイドがすかさずフォローを入れる。


「お連れのお嬢様なら、お手洗いの場所をお尋ねになられましたのでご案内いたしました」

「あ・・ああ、そうですか。それはどうもすみません」


赤岩タルトと猫探偵は、顔を寄せて小声でひそひそと言葉を交わす。


「そういえば、さっき大量の水を飲んでたね」

「河童助けた時にすでに5Lのペットボトルが空になってたのニャ。明らかに飲みすぎなのニャ」


その時、ボーンボーンと大きな音が2回鳴り響いた。

突然の轟音に、赤岩タルトは肩を揺らし、猫探偵の方はビクッと一瞬宙に浮いた。

当主の浅比がその音源について説明する。


「廊下の奥に大きな古時計があるんですよ」

「おじいさんの、ですか?」

「今はもう動かないのですかニャ?」


「いえ。曽祖父が買って来たものです。今もまだ動いていますよ、その時計」

「ひいおじいさんの時計でしたか」

「鳴ってるんだから動いてるのは当たり前だったニャ。てへぺろニャ」


「使用人たちがどこにいても聞こえるように音を大きくしてあるんです。驚かせてしまって申し訳ない」

「いえいえ」

「いニャいニャ」


いつのまにか座卓の上には、緑茶の入った草花紋の湯呑みと、一口大に切り分けられて楊枝の添えられた羊羹が置かれていた。

さきほどのパーラー・メイドだろうか。


「ところで、ご用件を詳しくお伺いしましょうか」


浅比が、おそらく自分用だろうと思われる素焼きの長湯呑に口を付け、それを座卓の上に戻しながらそう切り出した。


「あ、はい。電話でお伝えした通り、人を探しています。弥生野空さんという女性なのですが、こちらのお宅の方ではありませんか」


浅比はつと眉を上げたが、何事もなかったように表情を元に戻した。


「そういえば使用人から同じような事を問い合わせる電話があったと聞いた覚えがありますが、こういったことは珍しくもありませんので特に気に留めていませんでした」


これだけの古くから続く名家だとこんな不審な電話や訪問客も少なくは無いのでしょうか、という赤岩タルトの言葉には、ははは、とただ乾いた愛想笑いで答える浅比だった。


「うちには女性、男性に関わらず空という人間はいませんね。親類縁者にもその名前はいないはずです」

「では、この女性に見覚えは」


赤岩タルトはスマホの画面を浅比に見せた。

スマホには、依頼者から受け取った弥生野空の写真データが取り込まれている。


「若い女性ですね。いえ、見覚えはありません。娘もこの方と同じくらいの歳ですが、名前は香澄かすみですし、顔も全く違いますよ。今おそらく屋敷内にいると思いますが、なんでしたら彼女に話を聞いてもらってもかまいません」

「そうさせていただけると助かります」

「ご当主さん、迷惑ついでに他の人たちの話も聞いていいですかニャ」


当主は特段嫌な顔もせず、探偵たちが屋敷内を立ち回り、家族や使用人たちに聞き取りをすることを了承した。


「ではお言葉に甘えて早速失礼します。行こう、エ・クレア君」

「はいニャ」


赤岩タルトと猫探偵は席を立った。

パーラー・メイドはいつのまにかいなくなっていた。

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