第87章 本格推理小説のすゝめ 序章2
「そういえば、メールで何通か相談が来てたから見てみるかい?ひょっとするとスフレ君御所望の難事件が転がり込んでいるかもしれないよ」
タルト所長は最近購入したノートPCを広げて、RR探偵事務所宛てのメールをチェックします。
タルト所長の顔の両脇にはスフレさんとエ・クレア助手の顔。
3人でPC画面を覗き込みます。
【ショッピングモールで重大事件です!】
「あの駅前のモールかな」
「でも、本格推理小説の舞台がショッピングモールというのも情緒がないっすね」
「しかし、人のにぎわう大型商業施設に時限爆弾が仕掛けられ、手に汗握るノンストップ・ミステリーへと展開する推理小説も悪くないのニャ」
【モール内のブティック『しまばら』にて、着逃げが発生】
「所長、“ブティック”って何すか?」
「今で言うセレクトショップの事だよ」
「昔で言う服屋さんの事だニャ」
「所長、“着逃げ”って何すか?」
「それは僕も知らない」
「はじめましての単語ニャ」
【試着室に持ち込み、元々着ていた衣類の下に商品を着こむことにより店外へと持ち出す手口で、これまでに15着が窃盗被害を受けています。盗まれたのは全て『しまばら』オリジナルの限定商品、天草から採った繊維を織り込んだ天草五郎Tシャツ(税抜53000イィエン)です】
「うーーん。所長、この事件、本格推理小説になりますかね」
「とりあえず防犯対策指導をしておこうか。窃盗犯の方は黄島先輩に任せていいだろう」
「次のメール見るニャ」
~~~~~
【はじめまして。商店街のまさか酒屋の奥さんから紹介いただきメールしています。私は隣町でイタ飯屋を経営しています】
「所長、“イタ飯屋”って何すか?」
「今で言うイタリアンレストランの事だよ」
「昔で言う西洋料理店の事だニャ」
「洋食ですかぁ。私、今日はB定間に合わなかったんで、結局A定のミックスフライ定を食べたんですよねー。今日のB定、“まるごと1尾伊勢海老づくし”だったのに。最近、B定の競争率高くてずっとA定ばっかだったから、洋食より和食がいいんですけどねー」
「一体何の話をしているんだ」
「ランチに行くんじゃニャいのだぞ。仕事なんだから・・さて、依頼内容は・・・」
【先日、店内で密室殺人事件が発生しm…
「却下っす!!」
「本格推理小説になる予感がひしひしとしているんだけどね」
「うちでは取り扱えない案件なのニャ。次のメール見るのニャ」
~~~~~
【突然ご連絡差し上げて申し訳ありません。
私は某芸能事務所にてマネジメント業務を行っている、鷺田と申します。
実は今担当している国民的スターが精神的に非常に疲れており、
本人の希望でどうしてもあなたとお話ししたいと言っております。
お手数ですが、下記の電話番号にお電話いただけないでしょうか】
「所長、“それがしげいのうじむしょ”って有名な事務所なんすか?」
「“ぼう”芸能事務所ね。具体的な名前を伏せたい時に使うんだよ」
「本格推理小説になりますかね」
「絶対ならない」
「取り扱っちゃダメなタイプの案件なのニャ。次行くのニャ」
~~~~~
【突然のメール失礼します。
私は佐倉 桜25歳、ベンチャー企業でウェブデザイナーの仕事をしています】
「また“突然すみません”パターンニャ!」
「これもスパムメールか」
「所長、”スパムメール”って何すか?」
「今で言うスパムメールの事だよ」
「昔で言う迷惑メールの事だニャ・・・て、タルト所長、早くも適当に返し始めたのニャ」
タルト所長、一応ちゃんと説明してあげて下さいな。
もしも(自称ではあるが)探偵助手のスフレさんが、外で無知をひけらかしてしまったら、RR探偵事務所の沽券にも関わりますよ?
「スフレ君、スパムメールとは受信者の意向を無視して無差別かつ大量に一括してばらまかれる各種ネットメディアにおけるメッセージのことだよ」
「ほぅほぅ。勉強になるなぁ」
「ちゃんと覚えておくんニャぞ、スフレ」
「さて、このメールも削除・・・と」
「あ!待ってください、所長!これ、ちゃんとした依頼メールのようっすよ!」
「ホントだニャ。続きを読むのニャ、タルト所長」
【今回、少々奇妙な出来事に遭遇したので、相談に乗ってほしくてメールしました。
私には2年前から文通している友人がいます】
「所長、“文通”って何すか?」
「今で言うDMの事だよ」
「昔で言う往復書簡の事だニャ」
【雑誌のペンフレンド募集コーナーで知り合って、郵便で手紙のやり取りをしていただけなので実際に会った事はありません】
「いつの時代の話なんだろうか」
「所長、“ペンフレンド”って・・・」
「もう!とっとと先に読み進めるのニャ!」
【文通相手の名前は弥生野 空さん。23歳の女性です。
先日、文通も長く続いていたので、彼女に会ってみたくなり、その旨を彼女に手紙で伝えたのですが、極度の人見知りで会うのは恥ずかしいとのことでした。
それなら声だけでも、と思って電話帳で調べると、弥生野さんの電話番号がわかりました。
住所も彼女と同じです。
それで電話をかけてみたのですが、電話口に出てきたのは男性で、『確かにうちは弥生野だが、空という人物はいない』と言うのです。
私が手紙を送っていた住所も伝えました。
『それも自分の家の住所で間違いないが、とにかくこちらに空という者はいないし、23歳の女性もいない』と、けんもほろろでした】
「うーーーん。どういうことでしょう」
「2年間文通が続いているんだから、住所が間違ってたということはないよね」
「これだけではまだちょっとわからないのニャ」
【この経緯を空さんに手紙で伝えたのですが、その後彼女からの返信は無く、音信不通となってしまいました。
勝手に電話番号を調べてコンタクトを取ろうとしたことを怒っているのかもしれません。
彼女に謝って、できることなら文通を続けていきたいのです。
助けていただけないでしょうか。
私と彼女の連絡先を添付します。
それと実は、以前彼女の手紙に同封されていた写真があります。
お互いの顔写真を交換したのです。
こちらも画像データで添付しておきます。
不躾ながら、とりあえずの調査費用をネットバンクから振り込んでおきました。
どうかよろしくお願いします】
「え?もう調査料振り込んでくれてるの?」
「エ・クレアさん!チェックして下さい!」
「ちょっとお待ちニャ・・・・・ニャニャッ!!本当に振り込まれているのニャ!!」
エ・クレア助手がスマホから事務所の口座を確認すると、確かに相応な額の入金があります。
「所長、この事件、本格推理小説になりますかね」
「なるさ。・・・いや、ならなくてもするさ」
「これで今月の光熱費が確保できたのニャ」
「『存在しない謎の女の正体を追え!』いいですね!本格推理の予感がしてきました!じゃあ、今回の仕事はこの依頼に決定っすね!」
「ああ。まあ・・それはいいんだが・・・」
「何か問題でも?」
「君だよ、君。『私と猫と迷探偵と』をB級ギャグ三文小説にしているのは、ひとえに君の奇想天外な言動であってだね・・くどくど」
「本格推理をしたいって言い出したのはスフレなんだから、今回はちゃんとするんニャぞ!」
「むーー。わかってますよぉー。」
じーーーーーーーっ
ジーーーーーーーッ
「わかってますから、2人とも無言で圧をかけるのやめて下さいっす!」
「本当かなあ」
「不安しかないのニャ」
「ほんとに大丈夫ですって。それより早く仕事に取りかかりましょうよ。どうするんですか」
「それはやっぱりこの弥生野空さんの住所を訪ねるしかないでしょ。僕たちは安楽椅子探偵ではないのだからね」
「RR探偵事務所は行動派の探偵だからニャ・・・約1名、行動のみのスタッフがいるけどニャ」
「ああ、それと。もう1人、本格推理小説の障害となる人物がいたな」
「はいニャ。完全なる障壁がいるニャ」
「え?え?誰っすか?」
え?誰でしょうか。
「あなたですよ、天の声」
ええーーー???
「『ええーーー??』じゃなくてニャ!」
「大体、地の文が個性を有するなんておかしいでしょ。我々の会話に入ってくるとか」
「それに、地の文の“ですます調”にも違和感があるのニャ」
「そういえば普通、小説って“だ・である調”が多いっすよね」
いえいえ、これがこの小説の1つのウリでありましてですね・・・
「今回のタイトルは?」
・・・本格推理小説のすゝめ・・?
「よって、今回はですます調もメタ発言も禁止とする!」
ええーーー???
「『ええーーー??』じゃなくてニャ!」
「地の文はあくまで地の文であって、地の文以上でも地の文以下でもあってはならない!」
「所長、いつもの“ちょっとうまい事言ってやった感”が満面に浮かんでるっすよ?」
ちょっと待ってくださいな。
わたくし天の声またの名を地の文さんが個性を封印しちゃうと、あの便利なメモリーリメンバーが使えませんよ?
「問題ない」
「今回はそれほど長編にならないから大丈夫なのニャ」
「私は本格推理ができるのならどっちでもいいっす」
そこの猫さん、思いっきりメタ発言しちゃってますけど?
(完全スルー)「というわけで、次章から『私と猫と迷探偵と 本格推理小説編(?)』が始まるのだニャン♪」
「最後の“(?)”が若干気になるっすけどね」
「やれやれ、どうなることやら」
”黄島先輩”とは赤岩タルトの大学時代の先輩、黄島キンツバ刑事のことです。
初登場は『第22章ノックスの十戒8』です。




