第86章 本格推理小説のすゝめ 序章1
「所長!所長!」
RR探偵事務所。
いつもの3人組がいつものまったりとした午後を過ごしています。
「なんだい、スフレ君。君はいつも騒がしいね」
事務所の若き所長、赤岩タルトは、声をかけてきた自称探偵助手、青山スフレの方を一瞥もせず、ソファに座ったまま紅茶を飲みながらアルファベットで書かれた新聞を読んでいます。
「タルト所長、英字新聞なんか読めるのかニャ?」
事務所公認探偵助手猫、エ・クレアがソファの背もたれを歩きながら声をかけます。
「当然さ。英国紳士としてはね」
被っていたシルクハットのつばを片手で押さえてタルト所長が言います。
「いや、ゴリッゴリのジャペン紳士っしょ。てか、その帽子、私がこの前ミラクルイリュージョンで使ったやつ!」
「ニャニャッ!よく見たらこの新聞、全てローマ字で書いてあるのニャ!!」
どこでそんな新聞を調達したんでしょう。
「所長!その帽子、今度また大学の新歓で使う予定なんですから、丁寧に扱って下さいねっ!」
「君、またあの茶番手品をやるつもりなのかい?鳩がかわいそうだからやめなさい」
「ミラクルイリュージョンですって!でも、今度はもう生き物は使いませんよ。扱いが難しいっすからね。次は戻りガツオを使います」
「なんでだよ!」
「やっぱり生き物じゃニャいか!」
「生きてませんよ。シニタテピチピチ鮮魚店で仕入れるんですから」
「シルクハットから生魚が出てくるとか気持ち悪いし」
「そんな使い方するなら売らないのニャ!!」
エ・クレア助手はシニタテピチピチ鮮魚店の間借り人です。
お店が文字通り猫の手も借りたいほど忙しいときなどは、おかみさんを手伝ったりもしています。
「そういえば、スフレよ。さっきタルト所長に何か言いかけてたんじゃニャかったか?」
エ・クレア助手の言葉に、スフレさんは「ああ、そうだった」と、右手の拳を左手のてのひらにポンッと打ちつけて言葉を続けます。
「雇用主に対して、被雇用者から要望があります!!」
声高らかに宣言するスフレさん。
「雇用主・・・うん、もちろん僕の事だね。で、被雇用者?・・・ああ、エ・クレア君か。ん?何だい?何か要望があるのかな、エ・クレア君」
「なんにもないのニャ、タルト所長。賃金、福利厚生、その他もろもろ不満はまるでないのニャ」
「そうかい。それはよかった。これからもよろしく、にゃんこ助手君」
「こちらこそニャ」
このようにRR探偵事務所は誠実、優良、ホワイトな職場です。
従業員のエ・クレア助手も毎日生き生きと働いています。
みなさんも我々と一緒に働いてみませんか?
それでは皆様、また来週~
「ちょっと待てーーーい!被雇用者、もう1人忘れちゃいませんか?!」
「・・・???」
「ニャ~???」
「この件、さすがに飽きてきたっすよ」
「まあ、そうだね」
「まあ、お決まりの件だからニャ」
「そしてこのおとぼけ三昧にも飽き飽きしているっス」
「君が言うかね」
「仕方ニャいのニャ。この小説は気軽に読める推理コメディなのニャ」
「まさにそこなんですよ!私の要望は!」
「ニャ?」
「・・・というと?」
「コメディかギャグか知りませんけど、この小説のメインジャンルは“推理”なんですよね?!」
はい。そこは譲れませんね。
『私と猫と迷探偵と』はあくまでも“推理”ジャンルの小説です。
「だったら!たまには本格的に推理がしたいっす!だいたい、うちは探偵事務所なんですよ?猫探しとか猫探しとか猫探しとか、最近の依頼はそんなのばっかりじゃないですか!」
「うーーん。君の言うこともわからないではないけど・・・」
「実際の探偵事務所の仕事は、探し物(動物・人を含む)か信用・浮気調査がメインというのが現実なのニャ」
「なんかこう、血わき肉躍る!裏の裏の裏をかいた壮大なトリックを解明する!とか、そういう依頼、ないんすか?!」
「うーーん。そういえば昨日、商店街の逆流say!食堂”縁”で沖縄フェアをやってるからぜひ食べに来てくれって店主さんが言ってたな」
何の脈略があるんでしょうか。
「沖縄フェアっすか?」
「特製チーイリチーがおすすめって言ってたよ」
「チーイリチーってどんな料理ニャ?」
「豚の血液で豚肉を炒め煮にした沖縄の郷土料理らしい」
「血を沸騰させて肉をグツグツ・・・ニャ?」
「それ、血沸き肉躍る!!・・・って!そういうんじゃないっす!!」
正しくは血湧き肉躍る。ちょっと無理がありましたかね。
「映画の中の名探偵は難事件を鮮やかに解決していったというのに、うちの迷探偵は・・・」
「映画?」
「はい。昨日、グミちゃん・・・あ、大学の友人なんですけど、彼女と映画を見に行ったんです。グミちゃんがチケットを懸賞で当てたからって。えっと、確か地球で昔上映された映画らしいですけど。タイトル何だったかな・・・そうそう、確か『あくまがきたりてふえをふく』?だったかな」
「『悪魔が来りて笛を吹く』かい?それなら長編推理小説をもとに制作された有名な映画だよ。僕も見たことがある」
「オレっちもタイトルだけは知ってるニャけど、どんなお話ニャのか?」
「探偵の元に、女性がたずねて来るっす。その女性が持ってきた手紙には“あくまがきたりてふえをふく”と書いてあって、おびえる女性の前に、毛むくじゃらの猛獣がファゴットを吹きながら登場するんです!女性に襲いかかる猛獣!探偵は女性をかばい、傍らに置いてあったリコーダーを武器にその猛獣と戦います。ファゴットとリコーダーのぶつかり合う音が響き渡る、手に汗握るアクションシーンです。圧倒的に不利な探偵でしたが、最後は猛獣にチューバを投げつけて倒すんです!いや~、ドキドキワクワクの面白い映画でした」
「・・・そんな話だっただろうか・・・」
「ニャ?推理要素は?」
「ああ。その後、猛獣が持っていたファゴットが、とある楽器店から盗まれたものだったことが発覚して、砂占いで出た紋章が共犯者を示していたりとかなんとかかんとかで、動機が過去の復讐であることとかなんとかかんとかを探偵が推理するんです」
「・・・そんな話だっただろうか・・・」
「その“なんとかかんとか”がメインのストーリーなんじゃニャいのか?」
さっぱりわかりませんね。
「そうそう、パンフレットありますよ。見ます?」
スフレさんはバッグから映画のパンフレットを取り出します。
パンフレットの表紙には、主人公の探偵でしょうか、ボサボサ頭に羽織袴の中年男性と、ヒロインと思われる女性、そして2人の背後にはファゴットを手にした毛むくじゃらの猛獣。
その登場人物(プラス獣)達の横には映画のタイトルが・・・・
【あ、熊が来りて笛を吹く】




