第69章 エ・クレア助手の事件簿(1)
「おはようございまーす」
元気よく挨拶をしながらRR探偵事務所のドアを開けて入ってきたのは、この事務所の自称秘書兼探偵助手の青山スフレさんです。
「おはよう、スフレ君。今日は大学、休みかい?」
「授業担当の教授達が、会食で食べたカキにあたっちゃって全員ダウンしたんで休講になったんですよ」
「怖っ。生ガキは気をつけないとね」
「ですよね。でも、普通は生でしか食べませんからね」
「いや、フライとか鍋とか、火を通した食べ方もいっぱいあるでしょ」
「はあ?!フライ?!鍋?!・・・所長、本気ですか?!」
「スフレ君こそ何言ってんの」
「一般的に揚げるとか煮るとかはしないですよー。せめて干すかスイーツに加工するか・・・」
「・・・ん?カキ・・だよね?」
「はい。カキです」
「漢字で発音してみて」
「もちろん柿です」
「柿に“あたる”とかあるの?!」
「ありますよ。『夏季に柿を食べるのは、冬期に投棄をするのと同じだ』っていう諺があるじゃないですか」
「聞いたこともないし意味もわからない」
「夏の、まだ青い柿を食べるのは、冬に不法投棄をするのと同じくらい危険だ、という意味ですよ」
「青い柿はともかく、不法投棄を冬にすることについての危険性とは?」
「私も詳しい事は知りませんけど、たぶん、不法投棄をするために冬の山奥に入りこんだら遭難してしまう、ということなんじゃないっすかね」
「・・・・なるほど、と言っていいものかどうか・・」
「あ、ところで所長。エ・クレアさんは?今日は調査に出てるんですか?」
「いや。彼は今日は休日だよ。ちょうど大きな依頼も片付いたしね」
RR探偵事務所には定休日がありません。
調査が一段落して新たな依頼も入ってない時など、交代で休みを取るようにしています。
とは言っても、タルト所長はほぼ毎日事務所に顔を出していますし、スフレさんは基本的には大学生なので、平日は学校が終わってから、休日は朝から事務所に入り浸っていることが多いので、ちゃんとした勤務体系をとっているのはエ・クレア助手のみです。
「休日は何してるんでしょうね、エ・クレアさん」
「そうだねぇ。マグロジャーキーでもつまみながらのんびりしてるんじゃない?」
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「さてと、今日はニャにして過ごそうかニャ」
商店街のシニタテピチピチ鮮魚店の2階を間借りして住んでいるエ・クレア助手は、久しぶりの休日をどう過ごそうか考え中です。
どうやら今日は特にすることもないので、近所へ散歩に出かけるようです。
「隣町の公園まで行ってみようかニャ」
隣町にはエ・クレア助手の顔見知りの飼い猫や地域猫が住んでいます。
しかし、人間の言葉を理解して会話のできる、言語ワクチンを接種したおしゃべりにゃんこ認定猫は、この近隣ではエ・クレア助手だけです。他の猫たちは地球の猫と全く同じ、ごくごく普通の猫たちです。
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エ・クレア助手は隣町へとやって来ました。
早速、1匹の猫が話しかけてきました。
「よう!エ・クレア!久しぶりだな!」
銀色の毛に黒の渦巻き模様のアメリカンショートヘア。
秋多さん家の飼い猫、キリタくん(オス猫)です。
ここジャペン国では、猫は放し飼いの事が多いです。
血統書付きの猫も普通に街を自由に散歩しています。
「ああ、キリタ久しぶりニャ。元気だったかニャ?」
エ・クレア助手は言語ワクチンを接種している“おしゃべりにゃんこ認定猫”で、人間の言葉を話すことができますが、この町にはワクチン接種した猫はいません。
言語ワクチン接種済みの猫というのはジャペン国でも結構レアな存在なのです。
キリタくんも、もちろん接種していないので、台詞は全て『ネコ語』です。
エ・クレア助手はネコ語も人間語も話せるので、相手によって臨機応変に使い分けています。
今回のお話は、天の声、またの名を地の文さんの特殊能力で、ネコ語を人間語に自動翻訳してお送りいたします。
エ・クレア助手も、猫との会話時はネコ語を話していますが、人間語に翻訳する際にいつもの独特な『ニャニャ語』口調に調整しています。
「元気、元気。体力有り余っちゃって、町内水たまり巡りしてたところさ」
「町内水たまり巡りニャ?」
「町内の、どの水場の水が一番美味しいかを調査するのさ。ちなみに2丁目の魚屋の裏の水洗い場に溜まってた水は魚の出汁がきいてて旨かったぜ。あと、そこの路地裏の側溝の水はちょっと酸っぱかったな。逆に3丁目の公民館横にあった水たまりの水は甘かったし、5丁目の香河さん家の犬の水入れの水は・・・あれは飲めたもんじゃねーな」
「・・・・・ご苦労様なのニャ」
2匹が猫世間話(?)に花を咲かせておりますと・・・
「エ・クレアた~ん!キリタた~ん!こんにちは~」
通りの向こうからぴょこぴょこと走ってきたのは、宮木さん家のマンチカン、茶色の毛並みに丸い顔のズンダくん(オス猫)です。
「ズンダくんも久しぶりなのニャ。今日はどこかにお出かけかニャ?」
エ・クレア助手がたずねます。
「ここら辺で愛智さん家のユカリんを見かけたって、今、Nwitterで話題沸騰だから来てみたんだよ~」
「えっ?!あの幻のご令嬢、ユカリ様か?!」
「この町内で有名な美猫、ユカリ嬢の事かニャ。オレっちも聞いたことあるニャ。町内に住んでいるのは確かニャが、なかなかお目にかかれない深窓の麗猫らしいニャね」
Nwitterとは、昨今の猫たちの間では常識の猫間情報ネットワークの名称です。
あまり深くはツッコまないで下さい。
いいえ。決して筆者が細かい設定を考えていないわけではありません。
「一目でいいから見てみたいよね~」
ズンダくんが丸々とした顔で目を細めます。
「見かけたところで、話しかける勇気はないだろ」
「そうなんだけどね~」
「そんなにアンタッチャブルなご婦猫なのかニャ」
「いや!今日は絶対話しかけてやるぞ!」
3匹の話に割り込んできたのは、地域猫で雑種の、通称“ミーちゃん”です。飼い猫ではないため、正式な名前はついていませんが、近所の人たちの大半がこう呼んでいます。
地域で可愛がられているため、そこら辺の飼い猫よりたくさん食べて、がっちり体型です。
「あ、ミーちゃんニャ。こんにちはなのニャ」
「ミーちゃんって呼ぶな!!」
ミーちゃんはオス猫です。町の皆さん・・特に子供やお年寄りから、性別を気にせず『猫=ミーちゃん』的に呼ばれている事に、かなり憤慨している今日この頃です。
そして、このミーちゃん以外にも地域猫はたくさんいますが、みんな一律に『ミーちゃん』なのです。
「俺の名前は『混沌の二律背反ダークネスマスター』様だ!」
「厨・・・」
「略して『ミー』ちゃんなのニャ」
「どこを略してんだよ?!」
「・・・それはそうと~、ミーくん、あのユカリんに声をかけてみるの~?」
「ああ。こんなチャンスは滅多にないからな。思い切って、ネズミーランドデートに誘ってみようと思う」
「ニャンだって?!ネズミーランドデートニャ?!」
「無謀だぜ」
「チャレンジャーだね~」
ネズミーランドとは、猫さんたちが大好きなあの動物がたくさんいる、猫のためのアミューズメントパークです。
その正体は、2つ先の町にある大きな廃墟ビル。
長年放置されたそのビル内はネズミの巣窟となっており、人間にとっては負の遺産なのですが、猫たちにとってはまさに夢の国。この界隈の猫の間では、デートスポットとして人気なのです。




