第62章 そして誰もいなくならない Day4(8)
放心状態のまま宿泊施設に戻った後谷マリネは、ふらふらと大広間を横切ります。
「やっと・・すべて終わったのね。島にはもう私しかいない」
いいえ。全員揃っています。
「私の他には9つのs・・・」
そんなものはどこにもありません。
「でももう気にすることはないわ。私は生きているんですもの!!」
ええ。あなた以外も全員そうです。
「・・・ほっとしたらおなかがすいたわ」
そう独り言ちて後谷マリネは食堂に入っていきます。
そこにはあいかわらず宇鷺ミラネサと旨川スブラキが座っています。
蜂蜜と、ニシンのスモークジャーキーを肴に2人で酒盛りをしているようです。
「ああ、後谷さん。あなたもどうですか、一杯」
「あなたのくれた蜂蜜を使ってニシンジャーキーの蜂蜜あんかけと、ニシンハニーピザトーストと蜂蜜ババロアニシン風味を作ってみたんだけど、いかが?」
後谷マリネはこの異彩を放つ奇妙な料理はおろか、2人の人間もまるでそこにいないかのように華麗にスルーし、食堂の隅にある例のテーブルに近づきます。
「コメディアンの壮年はたった一人残されたのよ・・・うふふ」
テーブルの中央には木彫りのコメディアン人形が3つ、あいかわらずのおどけた表情で立っています。
「あら、まだ残っていたの?おくれてるわね。」
後谷マリネはそう言って、2つのコメディアン人形をテーブルから取り上げ、窓から投げ捨て・・・ようとしましたが思い直し、2体を窓辺に立たせると・・・
パシューーーーーーン
パチャーーーーーン
パシューーーーーーン
パチャーーーーーン
ペイントボールマーカーで撃ちました。
「「?!?!?!?!?!?!」」
後谷マリネの突然の奇行に宇鷺ミラネサと旨川スブラキの酔いも一気に醒めました。
「あらーーーーーっっ!!!あららららー!!お姉ちゃん、何やってんのぉぉぉぉーーー?!」
乾パエリアがすっ飛んできます。
「室内でそんなもの撃っちゃダメよぉぉぉーー!お掃除大変なんだからぁーー!!」
乾パエリアはその足で掃除道具を取りに、慌てて食堂から出ていきました。
後谷マリネは相変わらず周りには誰もいないかのように、表情一つ変えずに再び部屋の隅のテーブルに近づくと、
「あなたは私と一緒に行きましょう。私たちは”罰”を逃れたのよ」
1つ残ったコメディアン人形を手に取り、ゆっくりと食堂を出ていきます。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
宇鷺ミラネサと旨川スブラキは絶句したまま、食堂を出ていく彼女をただ見送ることしかできませんでした。
~~~~
食堂を出た後谷マリネが2階へ上がろうとしたとき、ちょうど彼女を追いかけて玄関から入ってきた探偵事務所の3人と遭遇しました。
「ああ!よかった、間に合った!!」
1体のコメディアン人形を持ってふらふらと歩く後谷マリネにスフレさんが声をかけます。
「マリネさん!私たちと一緒に来て下さい!捜査会議しますよ!!」
「・・・・・・」
「1人でいては危険です。僕たちと行動をともにしてください」
「・・・・・・」
スフレさんの誘いもタルト所長の呼びかけも無視して進もうとする後谷マリネの前に立ちふさがったのはエ・クレア助手です。
「マリネっち、オレっち達と一緒にいた方が安全ニャ」
「はい。そうします」
「え?即答?」
「どんだけネコ好きなんすか」
~~~~@タルト所長の部屋~~~~~~~
「では!『第7回 そして誰もいなくならないように事件を回避しちゃうぞ捜査会議』をはじめます!」
「88888」
「ktkrニャー」
「今回はゲストに伝説の体育家庭教師、後谷マリネさんをお招きいたしましたー☆」
「88888888」
「wktkニャー」
「では、マリネさん。一言ご挨拶をどうぞ」
「・・・え?・・・あ・・はい。後谷マリネです。・・十・・歳独身。おとめ座のA型。得意なスポーツはエクストリーム・アイロニングです。ネコちゃん大好きですが、住んでいるマンションがペット不可なので、仕方なくネペンテス・ベントリコーサを飼っています。よろしくお願いします。ペコリ」
「え?何十何歳って言った?エクストリーム・アイロニングて何?ペット不可なのに何を飼っているの?!」
「エクストリーム・アイロニングはエクストリームな場所でアイロン掛けをするスポーツニャ。ネペンテス・ベントリコーサはウツボカズラ科の食虫植物ニャ。ペット不可でも全然OKニャ。何十何歳って言ったかはオレっちの聴覚でも聞き取れなかったのニャ」
「はい。では乾杯・・・ではなく、早速、現代長唄の10番の歌詞を見てみましょう」
「8888888888」
「うぽつニャー」
「10番の歌詞は、1人のコメディアンの壮年が後に残された 彼が首をくくり、後には誰もいなくなった・・・です」
「これもオリジナルそのままだねぇ」
「”首をくくり”の部分の謎解きだニャ。でも、これはもう単純じゃないのかニャ。意味は1個しかないニャ」
「うーん。たとえば、何かに決死の覚悟で挑んだりするとか」
「スフレ君、それでくくるのは”首”ではなく”腹”だ」
「やっぱり”首をくくり”の解釈は1個しかないニャ」
「・・・あれ?」
「どうした、スフレ君」
「ニャ?」
「・・・なんか、違和感が。・・・うん?いつもと同じ会話パターンなのに、何か変な感じが・・」
「そういえば・・いつもの3人の会話のはずなのに・・・」
「・・・いニャ!今回はいつもの”3人”の会話じゃないはずニャ!」
ええ。この第7回捜査会議にはもう1人参加者がいたはずですが、彼女は最初の自己紹介以降、一言も喋っていませんね。
「あっ!私の横に座っていたはずなのにいつの間にかいない!!」
「そういえば、なんかこの部屋、生臭くないか?!」
「磯のかほりニャ!」
てろーーーん てろーーーーーーーん
天井から例の生ワカメがぶら下がっています。
「何で?!」
そして何故かそのワカメの下に椅子が置いてあり、椅子の上には後谷マリネが立っています。
彼女はワカメの先をつかんで輪のようにしてその中に首を・・・・
「ストーーーーーーーーッッッップ!!!!!」
「わーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
「最後の最後に本気の事件とかやめてニャーーーー!!」
エ・クレア助手は華麗な猫ジャンプを繰り広げ、ワカメを食いちぎります。
ちなみにこのジャンプでは、スフレさんの顔が踏み切り板として使用されました。
バランスを崩して椅子から落ちてきた後谷マリネの体をタルト所長が受け止めます。
スフレさんは椅子に上って、天井に残ったワカメとゴム吸盤付きフックを素早く回収します。
「何やってるんっすかっっっ?!?!」
さすがのスフレさんも激おこぷんぷん丸です。
後谷マリネはうつろな表情のまま、か細い声で答えます。
「・・・・一人のインディアンの少年が・・」
「コメディアン!コメディアン!!」
「少年じゃなくて壮年ニャ!」
「・・・・1人のコメディアンの壮年が後に残された・・・最後の歌詞は何だったかしら・・婚約したとか結婚したとか離婚して慰謝料を請求されたとかだったかしら・・・それとも別の事だったかしら・・・ああ・・あれは何かしら。天井のフックからぶら下げてあるわ・・・・早く首をくくる輪を作らなくては・・・椅子もあるし・・・あとは足で蹴倒せばいいだけだわ・・・これが、大車輪のあの子が求めていることなのよ・・・そう、それが最後の歌詞なのよ・・・彼が首をくくり、後には誰もいなくなった・・・・・・・みたいな?」
「『みたいな?』じゃなくて!!」
「また何らかの力によって言わされてるよね」
「もうミステリーというよりホラーなのニャ・・・ブルブル」




