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第39章 そして誰もいなくならない Day1(9)

全員の視線が乾ビリヤニと乾パエリアに集まります。


「・・は、はい・・・私奴わたくしめがかけましたが・・・MDの中身が何なのかは知らされていなかったのでございます。この時間にかけるようにとマニュアルに書いてございまして・・・」

「マニュアル?」


タルト所長が聞きます。


「はい。我々はこの宿泊施設へは派遣で来ているだけで、昨日、準備のために来たのがここでの仕事初日だったのです。このMDも、指定した時間にコンポに入れて再生を始めよとマニュアルに書いてあっただけでございまして・・」


乾ビリヤニはMDをコンポから出しながらそう弁解します。

MDには『白鳥の歌』というラベルが付いています。


若山牧水わかやまぼくすいの短歌に古関裕而こせきゆうじが曲を付けた、あの歌ですかね、所長」

「白鳥はかなしからずや空の青海のあをにも染まずただよふ・・・って、よく知ってるね、スフレ君。しかしそれ、”しらとりのうた”でしょ。こっちはたぶん”はくちょうのうた”だと思うよ」


「MDの裏に『”懐かしの昭和歌謡曲”より抜粋』ってラベルが貼ってありますけど」

「・・・・・・・・・」


「ということは、このMDはこの島のオーナーが用意したという事じゃろうか、それにしても今日はいい天気ですなあ」


根住ポトフが言います。


「しかしまあ、かわった、というか悪趣味な趣向なり。これがパンフレットに書いておった”夕食時のちょっとした催し物”ということか?確か、ここは元々島の所有者の別荘だったと聞いておるが、島の所有者はどんな人物なりか」


去取ボルシチが乾夫妻に尋ねます。


「はい。実は我々も派遣会社から仕事を割り振られただけでして、こちらのオーナーにつきましてはあまり詳しく存じ上げないのでございます」


夫の乾ビリヤニがそう切り出すと、


「確か、お笑い芸人でしたか、噺家でしたか、お名前は確か・・・習志野・・いえ、縄篠・・・でしたかしら」


妻の乾パエリアが記憶をたどります。


「下の名前は、千兵衛だか源兵衛だか・・・」


夫の方もあまり記憶が定かではないようです。


「・・・・古風な名前ですね、所長」

「習志野源兵衛・・・ならしのげんべえ・・・・なァしの・・んべえ・・・名無しの権兵衛(UNKNOWN)!!」

「無理がありすぎるニャッ!!!」


~~~~~~~~~~~~~~~~


全員が沈黙し、ただただ当惑する中、口を開いたのはまたもタルト所長でした。


「もう1つ、はっきりさせておきたいことがあります。このMDにより、我々は全員何らかの罪に問われているわけですが、その中に『櫃島ひつじまチャプチェ』という人物が出て来ました。しかし、先程の自己紹介で『櫃島チャプチェ』と名乗った人はいませんでした。そしてあなた!」


タルト所長は手のひらを上に向け、1人の人物を指し示します。


「MDの中で唯一名前を呼ばれていませんでしたね、ロバー・トデニ・ーロさん」

「ぎくっ!!」


「あなた、あの船着き場のカフェ前での初対面時から、僕の事避けてますよね?探偵の僕に対して何か後ろ暗い事でも?」

「本名は何なのニャ!!」


「・・・ひ・・・櫃島チャプチェ」

「やはりそうでしたか。・・・・ん?櫃島チャプチェ・・・どっかで聞いたことがあるな」

「指名手配の犯人かニャにかか?!」


「ま、まさか!指名手配犯だなんて、全く逆、あっ!・・・・い、いやなんでも・・」

「・・・・え?・・・・そうか!思い出した!エ・クレア君、確かに全く逆だよ。さっきの”声”も言ってただろ。この人は刑事だ!黄島先輩から、警察にそんな名前の同僚がいるって聞いたことがある。黄島・櫃島で『Wアイランド』という漫才師みたいなあだ名をつけられてお互い迷惑してるって。・・・・そういえば、その同僚は大の旅行好きで、すぐに有給を使い果たして、忌引きやら法事やら病気やらでっちあげて、嘘の申請で休みを取りまくっているって・・・」


「・・・・・・・」

「あなたがその櫃島さんだったんですね」


「・・・・はい・・・黄島から赤岩探偵の事は常々聞かされていたので、船着き場のカフェで名前を聞いたときにこれはヤバイと思って・・・」

「今日も嘘の理由で休みを取ってここに来たんですね」


「・・・・はい・・・自分の父親の一人息子が危篤だという事で・・・」

「それ、あんたの事やニャイかーい!!」

「これで騙されるジャペンの警察組織も相当ヤバイっす」


~~~~~~~~~~~~~~~~


「・・・えー。では、皆さん食事も楽しんだことですし、ここらでお開きにしましょうか」


タルト所長がツアー客に提案します。


「え?!所長?!さっきのMDの件はどうなったんですか?!」

「いや。別にいいだろ。大した内容でもなかったし」


「いやいや、大事な伏線っすよ?!」

「何のだね?」


「だから、これから起きる事件の!!」

「何の事だね?」


「ですから!あの現代長唄になぞらえた事件が起きて、人形が1つずつ無くなっていって、そして最後には誰もいなく」

「ならないからね」


「誰もいなく」

「ならないからね!!」


「いやいや。これだけ舞台が整って、伏線張りまくって、何もないってことないっしょ?!最初の被害者はあの人ですよ・・・・て、あれ?!いない!!どこ行った?!」


スフレさんは、指し示そうとした人物が食堂内にいないことに気づき、辺りを見回します。

その時・・・・


「うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー!!!!」


廊下の向こうから叫び声がしました。

一同はタルト所長とスフレさんを先頭に、食堂を出て声のする方向へと向かいます。


そこは男子トイレ。


「どうしたんですかっ?!」


男子トイレのドアが開いていて、その前の廊下にトイレの中の方を向いて尻餅をついたような姿勢でぺたんと座り込んでいる立見ケバブがいます。


「・・・・やばたにえんのムーリー春雨・・」

「自分を呼びましたか?」


と櫃島チャプチェ。確かに春雨はチャプチェの材料ですが、ここでは関係ありません。


「どうしたなりか?」

「何があったの?」

「今日はいい天気ですなあ・・・ゆえに雨は降っていないはずじゃが」


廊下の床は水で濡れていて、その水はトイレの室内からまだ流れ出てきています。


「水あふれまクリスティアーノ・ロナウド!」

「サッカーなら私の指導科目に入ってますよ。お教えしましょうか?」


と後谷マリネ。


「タタミじゃ~~!!八代村やつしろむらのタタミじゃ~~!!!」


宇鷺ミラネサは通常運転です。

そこにバケツとモップを持った乾パエリアがやってきました。


「あらあら~。トイレ詰まらせちゃったのね~。今日の料理の中に『納豆と黒舞茸のヨーグルトがけ』もあったからね~。大丈夫よ~。おばちゃんがちゃんと掃除するからね~」


と彼女は、座り込んでいる立見ケバブの頭を撫でながら子供をあやすかのように言います。


「スフレ君、納豆と黒舞茸とヨーグルトってなんの事だろう?」

「お通じが良くなる食べ物らしいっすよ」


立見ケバブはそれを聞き、慌てて


「そ、そんなんじゃナイチンゲールダンシングトゥーザナイト!!」

「恥ずかしがらなくていいのよ~。おばちゃんがきれいきれいするからね~」


またも乾パエリアは立見ケバブの肩や背中をなだめるように撫で、慈愛のまなざしで彼を見つめます。

全員の注目を集める中、辱めを受けた立見ケバブは、かわいそうに半泣きになっています。

しかし、乾パエリアはただただ善意の人ですので、そんな立見ケバブの様子も意に介さず、テキパキとあふれ出した水をモップで拭いていきます。


「目からカシオレ・・・」

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