第36章 そして誰もいなくならない Day1(6)
3人がそんなことを話していると、後発ハイヤーに乗ってきたスフレさん以外の3人も、各自荷物を運転手から受け取り、カフェの前へと集まってきました。
その時、係留されたチャーター船の方から、船長と思われる男性がカフェの方に歩いてきました。
そして、ハイヤーの運転手から引継ぎを受けると、一同に向かって呼びかけます。
「さあ、船の方へどうぞ。実はあと2名、この船着き場に直接自家用車でお越しになる男性がいるんですが、いつになるかわからないので、とりあえず先に皆さんを島の方へご案内します」
全員、荷物を持ち、船へと向かいます。
「むー。この船にダンスホールとか免税店とかあるんっすかねー、所長」
「あるわけないでしょ。言ったじゃないか。それにここも島もジャペン国内だからね」
「今日はいい天気ですなあ」
「タタミじゃ~~!!八代村のタタミじゃ~~!!!」
「朝のナパームの匂いは格別だ!」
「もう夕方ですよ、大尉」
チャーター船が出発しようとしたまさにその時、1台の派手なオープンカーが坂道を船着き場の方へと下ってきました。
金髪のロン毛を風に振り乱し、ハンドルを操作している青年は、マハラジャの伝説に出てくるギャル男のように見えます。
彼は、クラクションを鳴らし、その大きな音は淵戸内海のナメクジウオをも驚愕させ、現実とは思いたくない一瞬でした。
後になっても、この場にいた者の1人もこの瞬間の彼の姿を想い出すことはありませんでした。
「・・・ん?なんか、地の文さん、妙なナレーション入れてますけど」
「う、うん。無理矢理感強めで寄せてきているね」
「何にニャ?」
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さて、エ・クレア助手と遅れて車でやってきた青年を含む10人のツアー客を乗せた船は島へと向かいます。
船着き場からもぼんやりと見えていたコメディアン島が、はっきりとその姿を一行の前に現します。
周りを樹々で囲まれた島の南側に回ると、そこは少し開けた砂浜になっていて、その奥の方に洋風の建物が見えます。これが島で唯一の建築物であり、一行が宿泊する施設なのでしょう。
船はスフレさんが期待していたものとは全く違いましたが、この宿泊施設の方はなかなかのものです。
船は桟橋に横付けされ、船長が杭にロープをつないで固定し、一行を1人ずつ船から降ろしてくれました。
桟橋では宿泊施設のスタッフがツアー客を出迎えてくれています。
スタッフは男性と女性の2名、2台のカートに客の荷物を載せ、客を案内しながら宿泊施設に向かいます。
ツアー客を降ろしたチャーター船は、夕暮れの海を帰っていきました。
施設の中に入ると、そこは広々とした大広間になっていて、テーブルやソファもあり、ウェルカムドリンクなども置かれていました。
「夕食の方は8時を予定しています。時間になりましたら1階の食堂へとお越しください」
スタッフの男性はよく通る声で、そう全員に知らせます。
2人のスタッフの案内で、ツアー客は割り当てられた部屋へと向かいます。
スフレさんは女性スタッフの後について2階へ上りました。
彼女の部屋は廊下の真ん中にありました。
部屋の、海に面した窓からのオーシャンビューは素晴らしく、室内も清潔で居心地が良さそうです。
「何か御用がありましたら遠慮なく言ってくださいね」
「ありがとうございます」
「御用の際にはこのベルをお鳴らし下さい」
そう言って女性スタッフは部屋を出ていきました。
リンリンリン
「はい、何でしょうか」
すぐにスタッフさんが戻ってきました。
スフレさんはお弁当箱の中にまだ残っていた、激辛のポテトスナックを食べながら、
「淵戸内海にはスナメリがいるって聞いたんですが、スナメリって『カラムーニョ』食べるんっすかね」
「それは動物博士の田 誤憲さんに聞いて下さい」
「はい。トビハゼさんならマブダチなんで後でスマホで聞いてみます!・・・・あ、スマホ止められてるんだった」
「・・・・・はは」
スタッフは愛想笑いを浮かべて部屋を出ていきました。
スフレさんは窓のところに行き、しばらく淵戸内海を眺めていましたが、今度は部屋の中を見て歩きました。
すると、壁の額縁に目が留まります。
額縁の中には大きな画用紙がおさめられています。画用紙に書かれているのは唄のようです。
【現代長唄】
10人のコメディアンの壮年が食事に出かけた
1人が食事を詰まらせて、9人になった
9人のコメディアンの壮年がおそくまで起きていた
1人が心地よく過ごして、8人になった
8人のコメディアンの壮年がルヴァンを食していた
1人がそこに残ると言い出して、7人になった
7人のコメディアンの壮年が薪を割っていた
1人が真っ二つに割って、6人になった
6人のコメディアンの壮年が蜂の巣を採っていた
蜂蜜が1人を刺して、5人になった
5人のコメディアンの壮年が法律に夢中になった
1人が大法院に入って、4人になった
4人のコメディアンの壮年が淵戸内海に出かけた
1人が燻製のにしんを飲みこみ、3人になった
3人のコメディアンの壮年が動物園を歩いていた
大熊を1人が抱きしめ、2人になった
2人のコメディアンの壮年が日向に坐った
1人が陽に焼かれて、1人になった
1人のコメディアンの壮年が後に残された
彼が首をくくり、後には誰もいなくなった
「・・・・なるほど。ここはコメディアン島だ。・・・って、だから何?これ、何だろうか。そして現代長唄とは」
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8時になり、客人は食堂に集まりました。
どうやらこの施設のスタッフは先刻の2人しかいないようです。
客の誰かが、この数のスタッフで大丈夫なのかと聞いているようでしたが、スタッフの女性は料理が得意で、男性の方も施設内の事なら何でもできるようで、安心して下さいと言われているのが耳に入って来ました。
その言葉通り、並べられた料理は淵戸内の海の幸がふんだんにあしらわれた、とてもとても豪華なものです。
バイキング方式になっているので、スタッフが少なくてもやりくりできるのでしょう。
「わー!!どれから食べようかなーー!!エ・クレアさん、魚料理がたくさんあるよ!!」
「ウニャッ!ウニャッ!!」
「・・・・・・君たちのおなかのどこにそんな余裕があるんだい?」
「何言ってるんですか?電車内でのおやつなら、さっき運動したからすっかり消化しましたよ!」
「そうニャ、そうニャ」
「一体、いつ運動したと?」
「船の乗り降りにだいぶ体力使いましたよ。その後、ここで2階まで上がってまたおりて来たんっすから」
「そうニャ、そうニャ」
「・・・・・・・・・・」
「さあ!エ・クレアさん!!料理取りに行きましょう!さあさあ!」
「いざ出撃ニャー!」
「・・・・・・うぷ・・・見て聞いているだけで胸やけが・・・」
ちなみにタルト所長は、これまでに列車の車内販売のコーヒー1杯しか口に入れていません。




