第22章 ノックスの十戒8
みなさんは、”ノックスの十戒”をご存じでしょうか。
ノックスの十戒とは
【イギリスの聖職者・神学者で推理作家でもあるロナルド・ノックスが、1928年に編纂・刊行したアンソロジー“The Best of detective stories of the year1928”の序文において発表した、推理小説を書く際のルール】
(参考文献:Wikipedia)
のことであります。
我が『私と猫と迷探偵と』も、このノックスの十戒を順守して書かれています。
例えば・・・・・・
ノックスの十戒
8.探偵は、読者に提示していない手がかりによって解決してはならない。
「おい、探偵。事件だ」
RR探偵事務所にて。この少々高圧的な物言いで初登場を迎えた男性は、タルト所長の大学時代の先輩で刑事の、黄島キンツバ28歳。
「また僕の力をアテにしてるんですか、先輩。この前も、警察内で起こった窃盗事件を秘密裏に解決してあげたじゃないですか。警察の威信にかかわるから、絶対に外に情報を漏らさず即日解決を、って無茶ブリされて。それって、隠ぺいですよね」
「いや、大丈夫だ。窃盗事件と言っても盗まれたのは、壊れて廃棄処分になる予定の拳銃と、廃屋から押収したものの持ち主のわからなかった白い粉の袋と、”空き巣に注意”のポスターを留めていた画鋲1個だから。それに、犯人の若手女優が自分の動画配信で『一日署長で窃盗チャレンジしてみた件☆』をアップしたおかげで、隠ぺいどころか全世界に知れ渡っちまったからな。再生回数250億だとよ」
「・・・・で、今回はどんな事件ですか」
「まあ、これを見ろ」
黄島刑事は警察手帳のページの間から1枚の写真を取り出します。
警察の身分を証明するために携帯する警察手帳は2002年よりバッジタイプになりましたが、黄島刑事はこれとは別に自作の手帳タイプの旧型レプリカも愛用しています。
写真にはテーブルと床のアップが写っています。
床には手書きの赤い文字で『fyiyfbernxy』と書かれています。
「・・こ・・これって・・・」
スフレさんも写真をのぞき込みます。
「ニャニャ、これは!」
エ・クレア助手も写真の赤い文字に絶句します。
「・・・・まさか・・・ダイ・・・」
「そうだ。ダイニングメッセージだ」
「黄島刑事!だめなんです!!うちは殺人事件お断りなんです!!!」
スフレさんが慌てふためきます。
ええ。我らが『私と猫と迷探偵と』は、ほのぼの猫エッセイですので、殺人事件とは無縁の物語のはずなのです。
・・・え?違いましたっけ?
「いや、これは傷害事件だ。ガイシャの安郷残宗さんは、何者かに頭を殴られ、このようなダイニングメッセージを残した。凶器は高野豆腐の角」
「高野豆腐の角?!」
「ぬるま湯で戻した高野豆腐だ。容態は全治2時間」
「全治に2時間もかかるかニャ?」
「戻してるんですよね?」
「ちなみに犯行現場はガイシャの自宅のキッチンと一続きになっている食堂だ」
「・・・・ああ・・・だからダイニングメッセージ」
「最初に意気揚々とツッコまなくてよかったですニャね、所長」
タルト所長もエ・クレア助手も黄島刑事の初手から気づいていたのですが、あえてツッコまずにいたのです。
賢明な判断でした。
言わずもがな、スフレさんは全く気づいていません。
「なら、この赤い文字は何ですか?」
「もちろん、ガイシャが食べていたボルシチの汁だが?」
「汁言うニャ」
「”もちろん”の副詞が意味不明ですが、不穏な生体物質でなくて幸いです」
「・・・・ていうか、犯行から2時間経った被害者に犯人が誰か聞けばいいじゃないっすか」
「聞いたに決まってんだろ。言わねえんだよ。犯人はガイシャの知り合い。当日、ガイシャの家に遊びに来ていた7人の中にいるのは間違いねえ。だが、犯人をかばってるのか、全く口を割ろうとしねえんだよ」
「じゃ、何故ダイニングメッセージを残したんだニャ」
きっと、戻した高野豆腐で頭を殴られた直後は動揺して血文・・・・じゃなくて、ボルシチ文字を残したものの、後になって犯人をかばおうと思い直したのでしょう。
「黄島先輩。犯人、わかりましたよ」
「おおっ!!探偵!さすが我が優秀な後輩!!」
「え?本当っすか、所長?!」
「もぐもぐ」
エ・クレア助手はサンショウウオジャーキーを食べています。
「『fyiyfbernxy』、これは一見、意味不明なアルファベットの羅列に見えますが、これをパソコンのキーボードを”ローマ字入力”ではなく”かな入力”にして打ってみると・・・・ほら、『はんにんはこいすみさん』」
「『犯人は”こいすみ”さん』?」
「ええ。犯人は”小泉さん”なのです」
「え?こいずみさん?濁点は?所長、濁点は?」
「そこは、殴られた直後の朦朧とした状態も加味して考えよう」
「ニャいニャい、・・・・ていうか、これ手書き文字ニャ。PCの画面上に残されたダイニングメッセージニャらともかく、ニャぜにこんな面倒なことを!全然朦朧としてニャいニャ!意識クリア!はっきりくっきりニャ!!」
「ふふ。エ・クレア君。僕の華麗なる推理に嫉妬して揚げ足を取ろうなんてみっともないよ。では、黄島先輩に聞いてみようじゃないか。先輩。容疑者の中に小泉という人物はいませんか?」
タルト所長はくるくるパーマ(本人いわくゆるふわパーマ)の髪をかき上げ、得意満面で黄島刑事に問いかけます。
「ああ、いるぞ」
「YE-----S!!」
ガッツポーズをするタルト所長。
「容疑者7人全員”小泉”だ」
「PARDON?!」
「1人目、ガイシャの弟”小泉月斗”。2人目、ガイシャの母親”小泉火世”。
この2人の苗字がガイシャと違うのは、母親が1年前に離婚して、弟だけ連れて家を出たからだそうだ。3人目、ガイシャの中学時代の後輩”小泉水也”。ガイシャはかなり可愛がっていたという話だ。4人目、ガイシャの自宅アパートの管理人”小泉木男”。いつもよくしてくれるらしい。5人目、ガイシャの高校時代の舎弟”小泉金彦。どうやら、ガイシャは高校時代、相当やんちゃしてたみたいだな。で、6人目、ガイシャの恋人”小泉土美”。2人は婚約中で、『残っち』『土たん』と、ラブラブな姿が毎日目撃されている。7人目、ガイシャの会社の同期でライバルの”小泉日介”。会社では犬猿の仲だとよ」
「どういう集まりだったんすかね」
「・・・・・ふふふ。ははははは!!!わかったさ、ああわかったさ、犯人が。」
魔王降臨のように笑い声をあげるタルト所長。
「待ってニャ。所長。これってどっかの推理クイズで聞いたことあるニャ。いニャ、これだけじゃなく、さっきのダイニングメッセージ解読も有名なクイズニャ。パクリはダメだニャ!!」
「さあね、僕は知らん」
「いえ。私も知ってるかもです、所長。推理披露はやめておいた方がいいかもです、所長」
「さあね、僕は知らん」
タルト所長は”知らない”で押し通そうとする気です。
「黄島先輩、犯人は管理人の小泉木男です。ダイニングメッセージには『犯人は小泉さん』とありました。ガイシャが”さん”付けするのはこの人物しかありえません。苗字が違うからって母親や弟を”小泉さん”と呼ぶはずもないし、後輩や舎弟はもちろん呼び捨てでしょう。会社の同僚、しかもライバルなら”さん”付けはしないでしょうし、恋人の事は『土たん』と呼んでいるようですしね」
「・・・・あちゃぁ~~~」
「とうとうドヤ顔で推理披露しちゃったニャン・・・」
~~~~~~~~後日~~~~~~~~~~~~
「おい!探偵!いるかーー?」
「いいえ。探偵はイルカではありません」
「オレっちはおしゃべりにゃんこだぞっ☆」
「私は優秀な美形女子大生探偵です」
RR探偵事務所にまたもや黄島刑事が登場しました。
「探偵がイルカでも何でもどうでもいいんだがよー」
「なご~り~ゆきぃ~も~ ふるぅ~とき~をし~り♪」
「やっぱりイルカだったニャン」
「犯人、小泉水也だったぜ」
「ぬおっ?!」
「もへっ?!」
「ニャニョッ?!」
「小泉水也は外国のセレブ令嬢と逆玉婚して、大金持ちになってたらしいな。で、ガイシャの安郷残宗は水也から多額の金を借りていたようだ」
「借金してたから”さん”付けだったの?」
「しかも、あのダイニングメッセージ、『犯人は小泉さん』じゃなかったぜ。正しくは『犯人はbernさん』。水也の結婚相手の令嬢の苗字が『Bern』、水也は養子に入ったという話だ。で、中学時代からの積年の恨みが今回の犯行動機だとよ。ガイシャ本人は後輩を可愛がってたつもりだったが、”かわいがり”の意味が違ってたんだな」
「・・・うそぉ・・」
「・・・タ、タルト所長・・・あ!あし〇のジョーのラストシーンみたくなってるニャ!!」
タルト所長は真っ白に燃え尽きています。
「さしもの名探偵も、ぐぅの音も出ないってか?しかしまあ、無事傷害事件は俺が解決したし、一件落着だろ?」
「・・・いや、1つ言わせてもらいますよ。・・・・・ノックスの十戒8.探偵は、読者に提示していない手がかりによって解決してはならない!!!先輩!!!養子だのベルンだの、読者にまるで情報の提示がなかった!!これはノーカウントですよ!!このお話は十戒を絶対に破ってはならないのです!!」
「は?俺、探偵じゃなくて刑事だし」
というわけで、『私と猫と迷探偵と』はノックスの十戒を忠実に守って書かれています。




