第21章 ノックスの十戒7(2)
「では早速、こちらをご覧下さい」
少年は、ランドセルからタブレットを取り出し、動画を再生します。
画面には幼稚園らしき建物が映っています。
映像はその園内へと移ります。園の中では、3人の園児が遊んでいます。
男の子が2人と女の子が1人の組み合わせです。
3人はそれぞれ自分の画用紙にお絵かきをしているようです。
「ユミちゃん、赤いクレヨン貸してー」
坊主頭でどんぐりまなこの男の子が、おさげ髪でぱっちりお目めの女の子のそばにあるクレヨンの箱の方に手を出して声を掛けます。ユミちゃんと呼ばれた女の子は、
「ユウくん、いいよー。はい。コケシくんもクレヨンいる?」
と、坊主頭のユウ君に赤いクレヨンを渡しながら、横に座っている切れ長の目の男の子にそう問いかけます。
「・・・・・・」
コケシ君と呼ばれた男の子は返事をしません。
黙々と色鉛筆で画用紙に絵を描いています。
室内の壁には園児の描いた絵が貼ってあります。
遠足で行った公園のお花畑の風景です。
「コケシくんって変わった名前だね」
ユウ君がコケシ君に話しかけますが、
「顔がコケシに似てるからコケシくんだよー」
と、ユミちゃんが代わりに答えます。
「え?ニックネーム酷くない?」
思わずタルト所長が口を挟みます。
「まあ、見ていて下さい」
「・・・・・・フフ」
コケシ君は言葉を発しませんが、なぜか喜んでいます。
どうやら、このニックネームを気に入っているようです。
その時、幼稚園の門から夫婦と思われる男女が入って来ました。
男性はホリが深く、阿部寛似のイケメン。白の開襟シャツにデニムのテーパードパンツといったラフな格好で、車で迎えに来たのか、右手に車のキーをぶら下げています。女性の方も清楚ながらフランス人形を思わせる顔立ちですが、ナチュラルメイク、服装も薄いブルーの短めチュニックワンピースに黒のレギンス、足元はスニーカーという、動きやすそうな装いです。少し大きめのトートバッグを肩にかけています。
どうやら今は、園児たちのお迎えの時間帯のようです。
他の園児たちはすでに帰宅し、この組で残っているのは例の3人だけのようです。
3人の園児の傍らで園児たちを見守っていた幼稚園の先生が外に出て応対します。
「山田太郎の母親です。太郎を迎えに来ました」
奥さんの方が愛想よく先生に話しかけます。
旦那さんの方も奥さんの隣でにこにこと先生に会釈します。
「太郎くーん。パパとママが迎えに来てくれたよー」
先生はコケシ君に向かってそう呼びかけます。
コケシ君の本名は山田太郎君のようです。
「・・・・・・・」
コケシ君はまだ友達と遊んでいたいのか、ちらっと外を見ただけで、またお絵かきに戻ってしまいました。
「お絵かきはまた明日しようねー。ほら、パパもママも待ってるよ。おうちに帰ろうねー」
先生はそう言って、コケシ君の通園バッグを持ち、コケシ君を優しく立たせようとします。
「・・・・・・・」
あいかわらず返事はないですが、コケシ君も、うながされるまま立ち上がり、通園バッグを受け取って、夫婦の元へと歩き始めます。
プツッ
ここで映像は突然終了しました。
「ん?」
タルト所長は少々困惑気味です。
「さて、今ご覧いただいた動画について、名探偵の見解をお聞かせ願いましょう」
「え?」
「どうですか、赤岩探偵」
「・・・・・・・・」
「何も思うところはない、と?・・・・やっぱり”迷”探偵の方だったようですね」
「・・・・この先生は・・・」
「はい?」
「この先生は普段からこの園児たちの組を受け持っている先生なのかい?」
「・・・・いいえ。いつもの担任の先生が急病で休んだため、急遽その日だけ担当した先生です。・・・さすが、いい所に気が付きましたね」
「ということは、この先生はコケシ君の両親を知らない」
「・・・・・・ああ、はい。もうわかりましたか」
「・・・ふっ。君、オジサンをあまり馬鹿にしない方がいい。両親はこの通り、派手な顔立ちで目は二重。一方、コケシ君は一重。一般的に一重は劣性遺伝で、二重は優性遺伝。両親ともに二重の場合、子供が一重になる確率はゼロとは言えないが、それでもかなり低い。まあ、親が整形をしているという可能性もないわけではないが、今の映像の情報しか与えられていないこの状態で、『正解』があるのだとしたら、こういう事だろう。つまり、この夫婦はコケシ君の本当の両親ではない。そして、これが推理対決の問題になっている事を考えると、コケシ君が養子なのだとかそういう事ではなく、間違いなく犯罪。この夫婦、いや、夫婦ですらないのかもしれないな、この男女は両親を騙ってコケシ君を連れ去ろうとした誘拐犯だ!!!」
「はい、オジサン指数7京ポイントゲーーット!」
「なんで?!?!」
「『優性』『劣性』は今や『顕性』『潜性』と表現するのが推奨されています。ちなみに、ここまでの累計7京5兆10億103ポイントで、ランク『死んだ化石』になりました」
「もはや普通の化石!」
オジサンランク、とうとう最高ランクに到達してしまいましたね。タルト所長。
「ちょ、ちょっとタイム。なんか、動悸息切れが・・・・」
どうやらさっきのドヤ顔蘊蓄推理が恥ずかしくなってきたようです。
それともオジサンの体力低下でしょうか。
「・・・オジサン指数はとりあえず認めよう。君から見るとオジサンなのかもしれない。だが、推理対決の方はどうだい。私の推理、当たっているだろう?さあ、約束のチーズケーキを。なあ、君・・・・・ん?そういえば、君の名前・・・・」
そうでした。名前を聞いていませんでしたね。すっかり忘れていました。
「はい。僕の名前は江戸川コナ・・・」
「ダメーーーー!!それ絶対ダメーーー!!偽名を名乗るにしろ、もう少しオリジナリティをだね・・・」
「では、乱歩ドイルで」
「・・・君、知識はあるけどセンスはないね。まあ、どうでもいいけど早く約束のチーズケーキを・・・」
ガチャ
「たーだいまでーーーす」
「ニャンニャニャー」
事務所の扉が開き、スフレさんとエ・クレア助手が帰ってきました。
「さっきそこの角でスフレと偶然鉢合わせして一緒に帰って来たニャ」
「いや~、この前の満漢全席で食べた熊の手料理の話でトビハゼさんと盛り上がっちゃって~。クマ吉っちゃんも話せばわかるクマで、気が合っちゃって~。あ、これお土産にもらったっす。正月飾りのクマ吉熊手。クマ吉っちゃんの顔が象られた豪華な縁起物の熊手で、毎年飛ぶように売れるらしいですよ。トビハゼさん、これのおかげでクマ吉御殿を建ててウハウハだって。早速、事務所に飾りましょう」
「ちょ、ちょっと、は、早くチーズケーキ出して!!」コソコソ
「・・・あ、引っ張らないで下さい。服の生地が伸びます」
「い、い、い、いいから早く!!十戒と命の灯が!!」コソコソ
「だからなんなんですか、十戒って」
「・・・あれ?」
スフレさん、何かに気づいたようです。
「orz・・・・ヲワタ」
「カヌレ?」
そう言ったスフレさんの目は、タルト所長が誤って食べてしまったチーズケーキの空き箱ではなく、例のインテリ小学生男子の方に向いています。
「ああ、姉さん」
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「私の弟の青山カヌレ、小学5年生です。地元の私立進学校の小等部に通ってます」
「どうも。姉がいつもお世話になっています」
「スフレ君の弟だったの?」
「はい。こんな姉ですので心配になって。雇い主さんが本当に信頼できる方かどうか確かめに来ました」
「ずいぶんしっかりした弟さんだニャ」
「・・・・雇い主、ね・・・・雇った覚えもないんだが・・・しかし、カヌレ君5年生ってことは11歳くらいかな?スフレ君とはかなり年が離れているね」
「・・・・・はい。実は2か月前まで、自分とスフレ姉さんの間にもう一人兄がいたのですが・・・」
「えっ?!あ、ごめん。知らなかったとはいえ、悪いこと聞いてしまったね」
「今は姉になっています」
「・・・・・・・・・・」
「地元のおかまバーで元気に働いていますよ。今度飲みに行ってあげて下さい」
「・・・・は、はぁ・・・」
「飲みと言えば・・・所長、とりあえずみんなでお茶にしましょう。あ、カヌレの好きな(小)麦(粉)茶もあるよ~。そうそう。今朝、待ちに待ったスッテラ奥さんのスイーツ工房のお取り寄せチーズケーキが届いたんだった!」
というわけで、『私と猫と迷探偵と』はノックスの十戒を忠実に守って書かれています。
「え?今回、十戒守られてるかニャ?!」
※このあと、タルト所長がカヌレ坊ちゃんから半ば強引にチーズケーキを奪い、スフレさんに気づかれる前に空箱にINしたので、ノックスの十戒はもちろん忠実に守られているのであります(?)




