第18章 ノックスの十戒5(2)
というわけでやってきました。中華飯店『昇竜軒』です。
商店街の街並みになじんだ、いわゆる”町中華”なのですが、メニュー豊富で味もいいと評判で、店内も広々としています。
「店長以外の店員さんが常時5人もいるんですね」
「繁盛してるんだニャ」
「オカゲサマデー」
お昼時をだいぶ過ぎた時間なので、店内にいるお客さんの数はそれほど多くありません。
爆裂タンタンタン麺を食べている人もいます。満漢全席は・・・・さすがに食べている人はいません。
壁にはお品書きやビールの宣伝ポスターなどが貼られ、例の店長ポスターも20枚以上貼ってあります。
「え?爆裂タンタンタン麺のポスター多くない?」
「テンチョ 目立チタガリアルネ」
接客を担当する店員さんが1人、厨房の奥で調理をしている店員さんが2人、流し台で皿洗いをしている店員さんが1人います。そして、出前で外に出ていたチャンさんを含む5人が本日のスタッフのようです。
そして、以上、この5人が落書き事件の容疑者ということになります。
「トリアエズ コチラニ ドゾアルネー」
チャンさんは2人をバックヤードへと案内します。
厨房の裏のドアから入ると、そこは従業員用の休憩所で、会議用の長テーブルとパイプ椅子が数個置かれて、壁際には小型のブラウン管テレビが置かれています。
「あ、これテレビデオだ」
「もはや骨董品レベルだニャ!そもそもそれ、映るのかニャ?!」
長テーブルの上には持ち手の付いた小さめのカゴが置かれていて、中には数種類のお菓子が入っています。チャンさんによれば、従業員がお金を出し合って買ったおやつだそうです。
「今日ノ 担当ハ 接客ガ 李サン、厨房ガ 趙サン ト 呉サン 見習イノ皿洗イガ 尹サン デス」
「・・・・所長・・・ノックスの十戒、大丈夫かニャ?・・・」ボソ
「容疑者はまごうことなき”主要人物”だが・・・・」ボソ
「・・・・・中国人の方々なのかニャ」ボソ
「い、いや、まさか。チャンさんと同じだろう、きっと。うん、きっと」ボソ
「・・・一応、聞いてみて下さいニャ」ボソ
「・・・・・・・やっぱ、聞かなきゃダメか?」ボソ
「・・・・え・・・と、チャンさん」
「ナニアルネ?ナンデモ 聞クヨロシ」
「・・・みなさんの本名を教えていただけますか?」
「ホンミョウ?ワタシ以外 ミナ 本名アルヨー。ビジネス中国人 ワタシダケアルネー」
「NOOOOOOOーーーー!!!」
「ニャニャニャーーーー!!!」
「こ、この話は、き、き、聞かなかったことに・・・」
「だめニャ。それはだめニャ。公序良俗安寧秩序に反するニャ。『私と猫と迷探偵と』は清廉潔白法令遵守の小説ニャ!」
「ミンナ 韓国人アルネー」
「なんですと?!」
「ニャンですと?!」
「セーーーーーフ!!!かんっっぜんにセーーーーーフ!!」
最後のセリフを発したのはスフレさんです。
「ツイデニ テンチョモ 韓国人アルヨ」
・・・・・じゃ、韓国料理店やれよ。
「スフレ君、いたの?!」
「いつの間にニャ?」
「今来ました。もったいないんで満漢全席全部食べてて遅れました。すんませんっす」
「全部食べたのかニャ?!」
「代金は君の給料から天引くからね」
「冗談ですよね?!何日タダ働きになるんですか?!」
さて、実はこのノックスの十戒『主要人物として「中国人」を登場させてはならない。』の「中国人」というのは、諸説あるようですが、「奇術めいたことを行う謎の人物」といった意味合いで、とある作品に登場する、この謎の万能怪人が中国人だったためこういう表現になったとかいう話もあるらしいです。
ですので、十戒2.『探偵方法に、超自然能力を用いてはならない。』と少々被っているという説もあるようです。
「アア ソウイエバ 李サン ハンドパワー 使エルアルネ」
「ハンドパワー」
「昔 有名ナ 日本ノ ハンドパワー使イニ 弟子入リ シテタラシイネ」
「ハンドパワー使い」
「あの超魔術師の事かニャ」
「店ノ レンゲモ ドンドン 曲ゲチャウカラ 困ッチャウネ」
「え?陶器曲げるの?」
「逆にすごくニャいか?」
「きてます!きてます!」
「・・・・ハンドパワーは・・・マジックだからセーフか?」
「微妙っすね。あれ、マジックって言っちゃっていいんすかね?」
「大人に怒られたりしニャいかニャ」
「うん。じゃ、ギリギリセーフってことで」
「そういうことで」
「ウニャウニャ」
各所から苦情が来る前に、3人は調査を開始することにしました。
ポスターは元々、今いる従業員休憩室に貼ってあったものです。
現物はチャンさんがはがして探偵事務所に持ってきたので、壁にはポスターが貼ってあったと思われる場所にその痕跡が残っています。
落書き事件のあった日は、閉店作業をしている間に5人の従業員が1人ずつ1度だけ5分間従業員休憩室に入ったようです。
5人の店員は、店長がポスターの無事を確認して以降、誰かと一緒にではなく1人ずつ、そしてただ1回、5分間しか休憩室に入っていません。
ここ重要なので2回言いました。はい。
そして全員、自分が入った時にはポスターに異常はなかった、と証言しているようです。
「ブチ切レタ テンチョガ 尋問シタアルネ」
「全員”自分が入った時にはポスターに異常はなかった”・・・か」
「店員同士、かばい合ってるってことはないのかニャ」
「ソレハ ナイアルネ 4人トモ 韓国ノ 正直村出身アルネ ダカラ 絶対 嘘ツカナイノネ」
「正直村」
「なんか雲行きが怪しくなってきたニャ」
「え?でも、それじゃ、おかしくないっすか?全員、証言が正しいとしたら、犯人いなくなるっすよね。ポスターに異常はなかったって言ってるんですから」
「ふっ。甘いニャ、スフレ」
「ああ。グラブジャムンより甘いな、スフレ君。さすが(自称)の冠詞が付く助手だな」
「ぬぐぐぐ・・・あ、わかった!嘘をついているのはチャンさんですね!チャンさんはジャペン人です!犯人は・・・おまえだ!!田中権兵衛!!」
「違います。私はジャペンの気まぐれ村出身です。気まぐれ村民は必ず真実を言う日と必ず嘘を言う日がランダムに回っているのです。ちなみに落書き事件の日も次の日(店長に尋問された日)も今日も真実を言う日なので、決して嘘はついていません」スン
「気まぐれ村」
「かなり雲行きが怪しくなってきたニャ」
「今日の天気は?」
「晴レテルネー」
「今日が真実の日というのは間違いないニャ」
そもそも権兵衛さんが気まぐれ村出身というのが嘘の場合、いろいろとややこしいことになるのですが、それはわたくし”天の声”またの名を”地の文さん”が保証しましょう、権兵衛さんは気まぐれ村出身者で間違いありません。
ノックスの十戒には含まれていませんが、『地の文に読者を欺くための故意の虚偽があってはならない』は推理小説の基本中の基本だとわたくしは考えますので、わたくしの発言は信用していただいて構いません。
ちなみに、最初の事件の際も、わたくしはフランソワーズちゃんが『猫』であるとは一度たりとも言ってないんですのよ。
「ということは、チャンさんの全ての証言は真実であると確定していいな」
「じゃあ、じゃあ!やっぱり犯人たりえる人物いないじゃないですか!」
「ふっ。おめでたいニャ、スフレ」
「ああ。ハリラヤプアサよりおめでたいな、スフレ君。さすが(自称)の接頭語が付く助手だな」
「ぬぐぐぐ・・・ぬぐぐぐ・・」
「証言によく注目したまえ。自分が”入った時には”異常がなかったんだ」
「自分が”出た時”の事には言及していないんだニャ」
「なるほろ!!」
「つまりだ、犯人は『1番最後に休憩室に入った人物』ということになるんだよ、スフレ君」
「なるほろ!なるほろ!!」
「だから、みんなの証言から、休憩室に入った順番を突き止めれば、おのずと犯人も判明するというわけニャ!」
「なるほろ!なるほろ!!なるほろ!!」
「5人全員、真実しか言わないのだから簡単だ。早速、全員に話を聞いて、休憩室に入った順番を推理しよう!」
・・・・・・・
・・・・・・・
・・・はい。わかっています。
真実しか言わないのであれば、全員に一言、「あなたが犯人ですか?」と聞けば一発だという事を。
でも、それではお話が発展しないんですよね。はい。
ここはちょっとだけ目を瞑っていただきたいです。はい。
そうですね、では、正直村の人々は『はい』か『いいえ』で答えられる質問には答えない風習がある、とでもしておきましょうか。・・・え?なら「誰が犯人ですか?」と聞けばいいじゃないか、ですって?・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・うわーーーん、読者さんがいじめるーーー!!
「さて、”天の声”が暴走する前にサクッと証言集めよう」
「もう暴走しているんじゃ・・・」
~~~~~5人の証言~~~~~
※書くのが面倒・・・もとい、読者の皆さまに読みやすくするために”天の声”またの名を”地の文さん”の特殊能力を行使し、似非中国人風カタコト台詞は通常台詞に変換してお送りします。
店の閉店時刻は夜の9時。休憩室に入った理由は全員違っています。休憩室の中には、前述しましたが、お菓子の入ったカゴがあり、休憩室に入った際、全員1つだけそのお菓子を食べました。そして、食べたお菓子の種類は全員バラバラです。お菓子の種類はガム、チョコ、クッキー、キャラメル、シュネッケンです。
落書き犯は1番最後に休憩室に入った人物です。5人は、犯人を含め全員真実を述べています。
それでは、容疑者5人の証言をお聞き下さい。
張(田中権兵衛)「5人はそれぞれ、9時5分、15分、25分、35分、45分に休憩室に入りました。室内での滞在時間は全員5分きっかりです。いいえ、9時35分に休憩室に入ってチョコを食べたのは、電話をかけるために部屋に入った人ではありません」
尹「私は9時25分に休憩室に入りましたが、ガムは食べていません」
呉「普通にサボるために休憩室に入った人より、タバコを吸うために入った張さんの方が20分早く休憩室に入りました」
趙「キャラメルを食べたのは持病の薬を飲むために休憩室に入った人で、それは私でも尹さんでもありません」
李「たまごっちの世話をするために休憩室に入った呉さんは、クッキーを食べました。入った時刻は9時25分以降です」
「・・・・所長・・・これって・・・」
「探偵の推理というより・・・・」
「論理パズルニャ!!」
「・・・・『私と猫と迷探偵と』って推理小説ですよね?」
「うーーん。推理(風)コメディ小説?」
「どのジャンルに分類されるのか、きっと筆者もわかってないニャ」
まあ、こういった趣向もたまにはいいでしょう。
一応、ちゃんと解けるようになってますので、チャレンジして下さいな。
「え、と・・・この人がこうで、この時間に、お菓子がこれで・・・・はい!わかりました!!」
「早いね、スフレ君」
「スフレなのに」
「尹さんは犯人じゃありません!!」
「そりゃそうだろ」
「9時25分に休憩室に入ったって言ってるんだからニャ・・・一体さっきの『この人がこうで…』云々は何を考察していたんだニャ」
「なら、所長たちは犯人わかったんですか?」
「当然だ」
「モチのロンニャ」
「ワタシモ ワカタアルネー!」
「え?!マヂで?!チャンさんも?!」
「ワカタヨー 簡単ネー」
「というわけで、今回も一件落着だな」
「ハイ、アリガトゴザマシター。ア、謝礼デスケド・・・・」
「え?あの・・・所長?・・・で、犯人誰だったんですか?」
「謝礼は結構ですよ、チャンさん。結局チャンさん、自分で解いたんだし。でも、あれでしたら、今度タンタンタン麺でもおごって下さい」
「ハイ、今度ゼヒ ユックリ 来テ下サイアルネ」
「え?あの・・・所長?・・・だから、犯人誰だったんですか?」
というわけで、『私と猫と迷探偵と』はノックスの十戒を忠実に守って書かれています。
「ちょっと待ってーーーー!!!!」