第14章 ノックスの十戒3(1)
みなさんは、”ノックスの十戒”をご存じでしょうか。
ノックスの十戒とは
【イギリスの聖職者・神学者で推理作家でもあるロナルド・ノックスが、1928年に編纂・刊行したアンソロジー“The Best of detective stories of the year1928”の序文において発表した、推理小説を書く際のルール】
(参考文献:Wikipedia)
のことであります。
我が『私と猫と迷探偵と』も、このノックスの十戒を順守して書かれています。
例えば・・・・・・
ノックスの十戒
3.犯行現場に、秘密の扉・抜け穴・通路が二つ以上あってはならない。
「一つならいいのか」
「赤岩タルットーと秘密の扉」
「今日のスフレは調子悪いのかニャ。ボケにキレがないニャン」
さて、3人さん。喜んで下さい。今回の事件は推理小説の王道、密室事件ですよ!!
「え?この話は、殺人事件が起こらないハートウォーミング推理コメディのはずではなかったのか?」
ハートウォーミングは謳っていませんが、殺人事件が起こらないのは事実です、はい。
密室事件とは言っても・・・・あ、早速依頼人が来たようです。
詳しくは依頼人さんから聞いてくださいね。
さあさあ、皆さん、お仕事始めちゃいましょう。
コンコン
探偵事務所の扉がノックされ、30代と思われる男性が入って来ました。
ごくごく普通の会社員といった風貌です。
ちなみに、RR探偵事務所の入り口は自動ドアではなく、重厚な外開きの木製洋風ドア(ライオンの頭部を象ったドアノッカー付き)となっております。
ここを建てる当初、探偵事務所を明るくクリーンなイメージにするため、ドアは透明な自動ドア、通りに面した壁もガラス張りにしようかと思った所長でしたが、やはり探偵は秘密厳守なお仕事。依頼人のプライバシーを守るためにもそれは諦め、壁部分を、”光の98%以上を反射するため、塗った物が冷える”と評判の『永久の白(blanc fixe)』との異名を持つ硫酸バリウムを使った塗料で塗ったくり、究極のクリーンイメージを演出しています。
「さすがに総ガラス張りはやばいっすよねー」
「美容院じゃニャいんだから」
「そうだよな。しかし、美容院ってなんでガラス張りなんだろうか」
「そうだニャ。中が丸見えで、客は恥ずかしいニャ」
「ショッピングモールのイベント広場横の美容院とか、もう地獄だよな。絶対無理だ。ブルブル」
タルト所長には何かトラウマでもあるのでしょうか。やけに具体的です。
「えーーー?だって、自分がかわいくなっていく過程をみんなが見てくれるんですよー。超テンション上がるっすよー」
「・・・・こういう人種もいるんだな」
「あまり多くニャい人種だと思うけどニャ」
「それに、もし洗髪用シャワーの排水の調子が悪くなって水があふれだし、室内に溜まって水位が上がってきて万事休すの時、ガラスをぶち破って脱出できるっす」
「どんな状況だニャン?!」
「・・・・こういう人種もいるんだな」
「いニャい、いニャい。1個体の希少種だニャン」
「あの・・・ちょっとご相談したいことがあるんですけど・・・・」
例のごとく、依頼人を放ったらかしにしていた3人。
あわてて、接客を開始します。
「ああ、すみません。どうぞおかけになって。お話を伺いましょう。私は当事務所所長の赤岩タルトと申します」
「そして私が超絶美人フレッシュ女子大生秘書の青山スフレです。お飲み物はいかがいたしましょう。コーヒー、紅茶、抹茶、番茶、玉露、ウーロン茶、玄米茶、ほうじ茶、昆布茶、(小)麦(粉)茶、ハブ茶、ルイボス茶、グァバ茶、プーアル茶、柿の葉茶、甜茶、ゴマ茶、甘茶、ドクダミ茶、トリカブト茶、茶碗蒸しがありますが」
「お、お茶の種類すごいですね・・・・・最後のは飲み物ですか?」
「はい。具無し茶碗蒸しですので、飲み物に分類されます。ああ、すみません。いつもはカレーもあるんですが、今日はあいにく私がさっき全部飲んじゃいまして」
「すみませんね。へっぽこな(自称)助手でして。代わりにベジマイトがあるんですがいかがですか」
「あ、大丈夫です」
「承知しました。では、スフレ君、キッチンの上の棚からベジマイト持ってきて」
「はいはーーーーい。少々お待ちを~~~」
「いえいえいえ。断りましたよね?!」
「『大丈夫』っておっしゃったじゃないですか。ベジマイトで大丈夫なんですよね」
「いえいえいえ。結構です、と言いたかったんですよ」
「承知しました。では、スフレ君、キッチンの上の棚からベジマイト持ってきて」
「はいはーーーーい。少々お待ちを~~~」
「なんで?!」
「『結構です』っておっしゃったじゃないですか。ベジマイトで結構なんですよね」
「・・・・・・・お冷を下さい」
「承知しました。では、スフレ君、トイレの下の蛇口から水くんできて」
「はいはーーーーい。少々お待ちを~~~」
「いい加減にしてください!!トイレの下の蛇口ってなんですか?!怖いんですけど!」
「そろそろ依頼を聞くニャ。タルト所長」
「・・・こほん。そうだね、エ・クレア君。・・・では、お話を伺いましょう」
タルト所長は一人掛けソファの中で居住まいを正します。
エ・クレア助手は秋刀魚ジャーキーと太刀魚グミのどちらを齧ろうか迷っています。
スフレさんはトイレの下の蛇口に水を汲みに行っています。
「こんな事を探偵さんに依頼するのもどうかと思ったのですが、RR探偵事務所はどんな依頼でも快く引き受けてくれると聞いて・・・・」
依頼人の名前は平凡凡平35歳。妻と3歳の娘がいる一般家庭で、職業はサラリーマン。
外見も中肉中背、顔にも特にこれといった特徴もなく、薄いグレーのポロシャツにベージュのチノパン。服装にも一切のアクはありません。
探偵とは縁のなさそうな、この至って普通の男性の依頼とは・・・・
「うちのテディベアの向きが変わるんです」
「はい?」
「自宅の客間に、叔母からもらったアンティークのテディベアを飾ってあるんです。そこまで高価なものではないのですが、汚れたりするといけないので、妻や娘にも触らないように言ってあるのですが、毎朝、客間に行くと、そのテディベアが元あった位置から少しずれているんです」
「ほぅ」
「妻や娘に聞いても”触れていない”と言うので、夜、テディベアの位置を確認した後、客間のドアにカギを掛けてから寝るようにしました。それでも、毎朝、テディベアの向きは変わっているんです!」
「ウニャッッ!!」
エ・クレア助手はホラーな話題は苦手です。
「お待たせしました。お冷です」
グラスとピッチャーになみなみと注いだ水を持って、スフレさんが戻ってきました。
「どうも」
出されたお冷をやんわりと手で横にどかし、依頼人は話を続けます。
ごくごくごくごくごくごく
エ・クレア助手がものすごい勢いでその水を飲んでいます。
猫は舌先だけを水面に軽く接触させ、舌を丸めて素早く引き上げることにより慣性で水柱を立たせ、素早く口を閉じて水柱が壊れる前に水を口に入れる・・・・という方法で水を飲むのですから、この「ごくごく」といった擬音が適切かどうかはわかりませんが、エ・クレアさんがホラー話にものすごく緊張しているのが伝わります。
以上、にゃんこ豆知識でした。
「いえいえ。特に”いわく付き”のテディベアだとか、そういうのではないので、心霊的なものじゃなくて、何か物理的な原因があると思うのですが」
この依頼人の言葉に少し落ち着きを取り戻したエ・クレア助手。
「・・・調べていただけるでしょうか」
「報酬によりますニャ☆」




